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「いやはや……」
 幾度か唾を飲み込みウィリアムは努力して言葉をしぼりだした。
「いったいどういう流体学的な法則が働いているんだろう――見当がつかないな。ぼくはこの嵐はジオデシック外殻外部の重力圏内での大気のメカニズムが作り出したものとばかり思っていた。でもそうじゃないらしい。完全に無重力環境で生成した渦だったんだ」
「重力がなければそもそも気圧の差も生じないはず。これはいったいどういうこと?」
「わからないけど――確かなこともある。とにかくすべての気流はあの中心の一点へと向かっているらしい。たぶんすり鉢の底では水蒸気を含んだ大気は圧縮され多分大量に熱を放出しているはずだ……」
 動揺を妻に悟られぬようしいて平静な手つきでモニターカメラの画像を彼は呼び出し、つぎにそれを赤外領域に切り替えた。想像どおりすり鉢状の雲は青から赤へとじょじょに温度をあげていき底の面では白熱するまでに熱せられていた。
「うーん、それにしても温度勾配が急だな……そうか、渦に巻き込まれた岩石がたがいにぶつかりあって摩擦熱を発生しているとしたら理屈がとおる。ちょうどブラックホールの『降着円盤』みたいにね――まあ、これはあくまで憶測にすぎないが、たぶんあれこそがこの嵐のエネルギー源なんだ。壮大な熱機関――いわばカルノーサイクルってわけだよ」
「でも……底なしのブラックホールならいざしらず、カルノーサイクルなら動かしつづけるためには断熱したふたつの領域の温度差が必要なはずでしょ? 低温槽――つまり熱の捨て場はどこ?」
 ウィリアムは身をのりだすように観測窓に額を押しつけ周囲の空間を眺め回した。
「当然どこかに集中した大気の流れの出口がなければならないはずだ――見てごらん」
 ようやく目的のものを見つけた彼が指さす先、紺碧の空のただ中に針のように細いひとすじの雲があった。まさにすり鉢状の渦流の回転軸にそって数キロメートルにおよぶ極端に細長い錐状の雲がまっすぐ中心穴を指していた。

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