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『黄昏銀河のプログレカフェ』異聞

第一話 マスターマインドIII トラジック・シンフォニー
◆マスターマインド1994(前編)

KONDOK

 「虎よ! 虎よ! 夜の森に明るく輝き燃える 汝の畏怖溢れるたたずまいを…。」(*1)と英国詩人の詩が流れ出すと靄が一層はっきりと何かの形に集まり始め、あっという間に大きな人影が立っていた。
 何時の間にかマスターは人影に寄り添い、二、三言葉を交わすと、満足そうに足早にカウンターの後ろへと戻っていく。人影は一時、曲を楽しむように顔を上げで一寸振ると真っ直ぐに碑伊太の座るカウンターに向かってきた。
 カウンターのダウンライトに照らされたその人影はかなり大きく、銀と紫の縞模様におおわれた全身と虹色に輝く瞳――碑伊太には恐らく自分を見つめていると思われた。
―いつもの《ノーマッド》をここに……
 マスターがカウンターに注文の品を置くと、人影はスッと手を伸ばし、碑伊太の二つ向こうの席にすわった。ライトがよりはっきりと人影を映し出し、碑伊太はそれが初めてみるエクセルシア星人の女性だと分かった。尤もエクセルシア人は全て女性らしいのだが。しかも瞬間移動の名手らしい…。本当に全身が銀と紫の縞模様で覆われ、カフェの光量では皮膚と衣服の区別がつかないほどであるが、碑伊太にはそのすらりとした鼻筋とひきしまった唇が好ましく、肩まで豊かにたれた銀と紫の巻き毛が魅力的だった。
―ここでは、新しい種類ね。
 ハスキーな低い声であったこともあり、マスターに話し掛けたのかと思ったが、虹色の瞳がこちらを向いたので、碑伊太は再び緊張した。
―碑伊太って言います。人類です。
 我ながらまぬけな返事をしてしまったと思っていると、
―そう。私も人類。イルージェって言うの。宜しくね。
 何時までも夢を見ているような眼差しが神秘的な表情は意外に軟らかく、その大きく包み込まれるような雰囲気に、いつしか碑伊太の世界は銀河の豊穣な香りに満たされ始めていた。
 曲は次に進み、ファンファーレのようなギターリフが鳴り響く。イルージェの虹色の瞳は明らかにブルーに変わり、一瞬天を仰ぐ。直ぐに碑伊太の方を振り向くと瞳は虹色に戻ってくるくる回転していた。《ノーマッド》のグラスはもう半分になっている。
―この曲を聞くと思い出すの。あなた、初めてだから聞いてくれる。
―エッ、と言うまもなく、イルージェは語り始めていた。カウンターの向こうでは、何時の間にかマスターの気配が漂っている。
―ある戦士をめぐる物語よ。と言ってもつい最近の身近な話。彼女と私は士官学校からのライバルで親友だった。尤も、何時も彼女、ドレームが一番で私が二番だったけど。レスリングではいつも組み伏せられたわ。私の方が十センチは大きいのに、ファイトの塊だったわね。顔立ちは柔軟でエキゾチックなのに、筋肉は柔軟な鋼のようで、動きは機敏なのに判断力は冷静。典型的な部隊長タイプよ。仲間のわれわれは信頼を寄せたし、ドレームも良く面倒をみてくれたわ。夏の夜の大騒ぎの時なんて……、これは、あまり話の本筋とは関係ないわね。
―イルージェは《ノーマッド》を飲み干しながら、碑伊太の天空を見つめるように話を続けた。
―十年前、私たちは初めて近衛師団に配属になったの。

◇    ◇    ◇

 とてもよく晴れた日だった。姫ははじめてその近衛戦士団をみて一目で虜になった。彼女らの甲冑はコバルトパープルに輝き、よく鍛えられた紫色の肉体は今にも甲冑を吹き飛ばしそうなほどだった。にもかかわらず、顔立ちは皆端整で、特に最後尾の二人は、豊かな金と銀の巻き毛が肩までかかり、やわらかそうな表情は虹色の瞳でひときわ輝いていた。
 姫は、まだ九歳だったけれど、いずれ自分が彼女等を率いることを心に誓った。
 それから八年の間、姫は様々な習い事の間に、師団戦士達と交わり肉体の鍛錬に励んだ。
 姫は特に優れた戦士のドレームとイルージェがお気に入りで、十六歳になって三番目の姫として師団の指揮権を得ると、それぞれ一番隊長、二番隊長に抜擢した。ドレームは真っ青の甲冑に金に近い銀髪、イルージェは真っ赤の甲冑に濃い銀髪が良く似合った。
 近衛師団なので何時も戦いがあるわけではないが、定期的な演習を行うため、半年に一度の模擬演習に参加することが決りだった。十七歳の夏、姫はそれまでの演習で優秀な成績をおさめ、三度目の演習ではチョット大胆になっていた。
 ドレームとイルージェを交えて作戦会議を開いた後、明日の戦いを前に少し興奮気味の姫は侍女を従えて寝室に向かう途中、ある考えが閃いて踵を返した。
 作戦幕舎は明かりが灯り、隊長達が戦術の具体的な最終確認をしている最中であることが伺われた。しかし、姫が入ってみると既に確認は終り和やかな雰囲気が支配していた。特に、ドレームとイルージェは親密な様子で《ノーマッド》を飲み交わしており、姫には分からない猥雑な冗談を言い合っては笑いころげていた。その姿に、姫はなぜか胸を詰まらせて一層大きな声を張り上げていた。
―明日、私も一隊を指揮します。旗艦《ムーンチャイルド》を手負いのように振舞わせて仮想敵の心臓深く突っ込みますが、反転します。その混乱に皆は《トカゲの舌》を引き抜くのです。ドレーム、この作戦の成功確率は?
 ドレームは《ノーマッド》を傍らに置くと、金に近い銀髪をキャップにたくし込みながら、落ち着いて姫に説明した。
―恐れながら、奇策は成功しても評価はされません。統一を乱す行為とみなされるからです。
 姫は計算済みの答えに一度はうなずきながら、作戦指示板に向かうと振り向いてドレーム達に話しはじめた。
―古いのよ、お姉さま達は。演習は遊びじゃないわ。敵のあらゆる行動を想定できないとこのエクセルシアは何時か滅びるわ。どこかでそれを示さないとね…。いいわ、ドレーム。皆で私の作戦を仮想評価しなさい。作戦開始は明日0403時だから、その二時間前には結果を報告すること。
 呆気にとられる隊長達を尻目に、姫はキリッとした笑みを浮かべると再び寝室に取って返した。
 だが、意気揚揚として引き上げる姫には、今度は時空の僅かな歪から侵入した一匹のサラマンドラを引き連れていることを気付くことはできなかった。

 ドレームが作戦将校から最終評価の報告を受け取ったのは、すでに0200時を回った頃だった。報告をため息混じりに受け取ると予想通りの結果に目を通した。成功確率は99%。
 傍らでまだ少し寝ぼけているイルージュを引きずり起こすと、姫の寝室に向かった。
 姫の寝室に着いてみると、護衛の侍女もおらず寝室はもぬけの殻だった。急いで緊急体制レベル2を発動する二人に、鋭い爆音が響き渡り、マイクロホットラインで姫のホログラムが目の前に立ちふさがった。
―何をしているの。結果は分かっているわ。もう出発よ。あなた達、まさか旗艦だけで突っ込ませる気? さあ、さっさと追いかけなさい。自慢の船で。
 姫がウインクして消えると共に、三角翼の黒い物体が大きな爆音を残して夜空に舞い上がった。旗艦《ムーンチャイルド》はあっという間に輝く星の一つに紛れ見えなくなった。
 緊急体制をレベル4に上げながらドレームとイルージュはそれぞれの船に向かった。もう躊躇している暇はなかった。この動きは、既に仮想敵国に知られていると見なさねばならない。旗艦と分かるまでおよそ一時間。それまでに姫のランダム航路を推定し先回りできるか? あるいは、開戦を通告した姫に待ち伏せされて無能をさらけ出すか?
 ドレームとイルージュはそれぞれの指揮艦に乗り込み、何時しか笑みを浮かべていた。
―OK。姫、待って下さい。われわれの底力をお見せします。
 《ムーンチャイルド》に遅れること数分。ドレームの指揮艦《パペットマスター》とイルージェの指揮艦《ファイヤーウィッチ》は夜空を切り裂きながら星星の海原に飛び出した。更にそれから数分後、三機を追いかけて残りの全軍が飛び立った。

 追跡する二隻の司令室では既に《ムーンチャイルド》の航路を推定する膨大な計算が始まっていた。模擬交戦予定地域は定まっているので、大まかな航行宇宙域は分かるがその中の次元航路は無数と言って良い。航空禁止地区は除くとして、昨日の作戦会議と姫の思考をインプットした結果では、三十余りのルートに可能性が…… ドレームは一息ついて全てのルート番号に目を通した。すでに三十分がたとうとしている。仮想敵は、起こったことの分析を急いでいるだろう。姫の「跳ね返り」がインプットされたら奇策の勝算確率がぐっと小さくなる。
―賢い姫は、いくら演習とはいえたった一隻で先に突っ込むことはしないだろう。むしろ、われわれの出方を予測しているはずだ……。
―《パペットマスター》から《ファイヤーウィッチ》へ。航路0200を全速で航行し、交戦予定地域に向かってダミーを放出し続けよ。
―了解。
 コバルトレッドの三角翼が反転すると、あっという間にレーダー域から消えていた。
―全軍に告ぐ。航路0100から3300まで探査し、機影の存在確率を五分以内に知らせよ。なお、《パペットマスター》はこれより無位相潜行に移る。
 指令艦《パペットマスター》は宇宙のレーダー空域からフッと消えた。
―さすがね。あっという間に私を追い込んでいるわ。
 推定航路からチョット外れた時空莢の一つに留まって、自分のダミーが次第に追い詰められ、行き場を失っていく様子を眺めながら、姫は満足そうにつぶやいた。
―でも、ここの私を探すのに一時間もかかるようだったらチョット心配ね。もっと分かりやすい場所に移動したほうが良いかしら。マザーウィンドウ! 計算を。
―ただ今のは傍受されました。
―どういうこと?
―本艦は《パペットマスター》に探知されました。ドレーム艦長が乗船の許可を求めています。
―許可します。
 言うが早いか、姫は乗船ハッチに急いだ。
 ハッチでは既にドレーム艦長の実体化が進行しており、霧の段階は通り過ぎて、紫色の肌に金銀の髪がたなびく端整な顔立ちが自信と安堵の表情を交互に表していた。数秒で完全に実体化すると、艦長の正式な黒マントとサイバーサーベルを身に纏ったドレームはハッチから降り、真っ直ぐ大またで部屋を横切って姫の前で跪いた。サイバーサーベルの柄が床に当たってカチリと音を立てる。
―遅くなりましたが、ただ今到着致しました。ご無事で何よりです。
―ご苦労です。
 姫はうなずいて答礼を行い、ドレームを立たせると瞳をきらめかせて聞き始めた。
―予測より十五分も早いわ。あなたの部下達は轟音を撒き散らせて私のダミーを追い掛け回しているけど――全くお姉さま達は大騒ぎでしょうけどね――一体どうやって私を探知したのか聞いてもいいかしら。
 姫が思慮深さを取り戻し、普段の優しさが声に現れているの感じて、ドレームは胸を撫で下ろした。
―もう全軍にダミーの放置を指示しました。旗艦を中心に自由航行に移っています。《ムーンチャイルド》の探知は姫君との我慢比べが勝負でした。わざと部下達に轟音を発生させ、ランダムな方向からの時空波の歪みを解析して姫君のおおよその位置を推定していましたが、時空莢におられる限り正確には探知できません。侵入はできますが《ムーンチャイルド》にぶつかる可能性はゼロではありませんでした。そのため、《パペットマスター》は無位相潜行に移って、ただ探知のためだけにアンテナを伸ばしました。莢からの位相シグナルは極わずかですが、メインコンピューターなどの波形が強いものは探知することは可能です。《パペットマスター》のスキャナークルーは優秀で、自動冷蔵庫の開閉に伴なう位相のずれまで確定できます。というわけで、《ムーンチャイルド》のメインコンピューターに位相が出た瞬間に特定し、空かさずアクセスしました。
―あら、近衛師団にはもったいないわ。この部隊……。
 と思いながら姫は大きな空域スクリーンに目を向け、上目遣いでチョット意地悪くドレームに質問した。
―あなたの親しいお友達は何処で何をしていたの。あれだけのダミーを撒き散らせてあっという間に行っちゃったけど……。
 ドレームは額にかかった金銀髪をかきあげると転送機のほうに目をやり、大げさに生徒に説明する口調にならないよう気をつけながら、いかに話そうか一瞬考えた。姫に顔をもどし、口を開いたちょうどその時、《ムーンチャイルド》の艦内によく知っているもう一人の声が聞こえてきた、
―ようこそ、戦闘空間へ。こちらは《ファイヤーウィッチ》です。皆さんの船は識別していますが、念のためスキャンの受諾をお願い致します。正確には、あと0010で有視界宙域に入ります。もう敵さんは集結していますよ。
 姫は納得したようだった。
―なるほどね。私を先回りして、万一探知に失敗したら待ち構えていられるように……
―いいえ、正確には姫君の安全確保と囮の身代わりです。あれだけのスピードであの量のダミーをばら撒いておけば、その中を《ムーンチャイルド》が通常航行しても一時間ぐらいは探知されません。
 ドレームは演習に参加するシナリオをいくつか急いで頭で吟味しながら直ちに答えた。
―ついでにこの船団もでしょ。でも、囮はダメよ。《ムーンチャイルド》じゃないと意味がないわ。
―はい。でも、二艘だけでの戦いになったらどうされます。《ファイヤーウィッチ》は知る限り銀河で最速ですし、イルージェは、全員時空酔にさせるとしても、生き残ることにかけて最高のパイロットです。一方《ムーンチャイルド》は重装備されています。追いかけてきた敵を待ち伏せして叩くのは貴艦です。
 姫はまた胸が熱くなってくるのを感じていたが、ここは冷静に判断した。
―わかったわ。いまから実戦の指揮権をドレーム艦長に委譲します。で、作戦はどれにする?
 ドレームはシナリオを一つに絞ると、垂れた前髪をキャップにたくし込みながら姫の瞳を見つめ直してゆっくり言った。
―《ムーンチャイルド》が囮役です。作戦行動は0515時に開始です。それでは、私は《パペットマスター》に戻ります。姫君のご許可を。
―許可します。幸運のあらんことを。
 姫は満面に笑みを浮かべて、花を抱く乙女のように司令室へ走り出した。
 ドレームの指令で全軍が一斉に戦闘態勢へフレームシフトしていった。
 その時イルージェは、先ほど行った《ムーンチャイルド》のスキャンデータ解析結果にチョット違和感を覚えていた。
―あらこれは…。僅かに違う生物活性データがあるわ。侍女のペットかしら? でも変ね、ドレームが乗船していたので様子を聞くか。
 イルージェがドレーム専用のホットラインに手を伸ばした時、全軍模擬演習開始スタンバイの合図が下った。このまま行動命令が出るまで無位相で待機しなければならない。ということは全くみうごきがとれない状態を意味する。空調が完璧なのにもかかわらずイルージェの額には汗が一筋流れ落ちる。更に時が流れる…。
―これより模擬開戦に入る。全軍健闘を祈る。
 総司令官リンダ姫の機械的な音声が流れると同時にイルージェの指は緊急コードを叩いていた。
―ドレーム、《ムーンチャイルド》のスキャン結果よ! みて!
 イルージェはドレームに最短で情報伝達を行った。
―チーム《スー》は全軍緊急待機!
 イルージェからのデータで危険を直感で理解したドレームは、あわてて指令を発した。
 しかし既に一艘だけ動き出していた。銀緑の旗艦《ムーンチャイルド》は姫を乗せたまま、仮想敵が陣営を敷くウマグマ星団系の懐深く突入を開始していた。
―姫! 直ちに莢へ退避ください。《ファイヤー…
 ドレームが言い終わらないうちに、再びコバルトレッドの翼が閃き《ムーンチャイルド》を急追していった。
 この間にも、チーム《スー》全軍は仮想敵軍からの攻撃を受け続けている。
―全軍散開。待機中に受けた攻撃と被害状況は? 《ロストエンジェル》報告を。
―《ロスト》から《マスター》へ。主艦級は全て自由航行中です。シールド方向が定まらず、《エヴァーグレイ》の属艦3隻が仮想敵に無力化され、《アンジェ》の属艦2隻は待機解除を受け自力で自由航行に移りました。以上! 
―この状況で3隻とは優秀だわ。……でももう少し時間が欲しい……
―《センチュリーフォックス》と《ハイウェイスター》は属艦を連れて姫と《ファイヤーウィッチ》の援護へ! 《ホールラブ》と《ライジング》は外時空旋廻に就き、あらゆる近海の時空の位相を調査。五分毎に報告。
 そして、大きく深呼吸をすると更に続けた。
―《エリザベスリード》は後方に位置し、《パペットマスター》が無力化された場合に指揮をとること。その他のスターシップは、仮想敵の攻撃をさけながら、実弾攻撃の開始に備えよ!
 ドレームにはチーム《スー》全軍に緊張が走るのがよく分かった。
―《ホールラブ》より《マスター》へ。0010時420の位置に僅かな時空震の痕跡が認められます。
―確率映像を!
 ドレームの前に、昨夜の幕舎で上気した姫の卵形で美しい顔が現れた。

―古いのよ、お姉さま達は。
…侍女を引き連れて寝室に戻る姫。庭の立ち木の間に開いた幽かな空間の揺らぎの中をするりと現れた赤い悪夢はあっという間に侍女のすそに潜り込んだ。

―《ウィッチ》より《マスター》へ。
 イルージェの声は、さっきの緊急通信より更に早口になっている。
―《ムーンチャイルド》と交信できないわ。シールドが張られたままでウマグマに全速で突っ込んでいるままよ。ダミーも限界に近づいている……
 更に、哨戒船からの緊急通信が割り込んできた。
―《ホールラブ》より《マスター》へ。再び時空震が起こりつつあります。位置は021315。急速に動いています。0544時には99%の確率で確定します。
―まずい、《ムーンチャイルド》が狙われている。
 ドレームはすばやく判断し、イルージェに命令した。
―イルージェ。姫の船ごと莢に入れる? その後、何が起こるか分からないわ。出来るだけ長く持ちこたえて!
―OK。全員船酔いになるけどね。まだ間に合うわ。
 平走していた《ムーンチャイルド》と《ファイヤーウイッチ》は強引な融合をしはじめ、錐もみ状態でウマグマ星団の方へ落下していき、やがて霧のように霞んで消えた。

―チーム《スー》! ルール違反です。スーザンは直ちに、チームを解散し総司令官の元に出頭しなさい。莢の位置は確定しておくこと。
 総司令官のメインマザーから、演習中の全軍に待機の通達があり、姫の出頭を求めてきた。
―総司令官緊急事態です! 連絡が遅れ、申し訳ございません。対応に時間がかかりましたが、モニターをご覧下さい。確率映像お流し致します。
―ドレームね、了解します。……まあなんてこと!
 情の厚い総司令官は思わず全軍に口走ってしまった。
―スーザンは無事なの?
―現在、イルージェが一緒に閉じこもって敵を防いでいると思われます。しかし、限界があります。総司令官殿、《パペットマスター》に莢突入のお許しを下さい。
 沈黙が一瞬支配した。チーム《スー》各艦の空間ホログラムに、姫の消えた莢の場所を示す赤い光が点滅している。
―莢への突入で、おまえ達の誰かが傷つく確率は?
―0.4%です。
―確かにメインマザーも同じ計算をしています。しかし、その後……
―分かっております。莢から少しでも時空の破れる気配があれば総攻撃を開始してください。
 総司令官の息遣いが伝わってくる。
―許可できません。
 ドレームは、キャップを握り締めて追いすがった。
―これはサラマンドラの侵入を探知できなかった私の責任です。それに、私とイルージェには姫を無事保護し付き従う義務があります。
 死の果てまでも……とは言わなかったが、その意識はチーム《スー》全軍に行き渡っていた。もし二人がそれに失敗すれば、次にエマ達が、それでもだめなら次のチームが同じように行動するだろう。
 総司令官たちは緊急協議に移り、更に沈黙が流れていく。
―イルージェ頼むわよ。持ちこたえて……
 ドレームは密かに《パペットマスター》の乗員全員に戦闘態勢を整えさせ、自ら戦闘用の降下服を入念にチェックしながら、莢の中の状況を冷静に推定した。
 再び、哨戒機からの緊急通信が流れる。
―《ホールラブ》より《マスター》へ。時空震が確定しました。位置は021444。固定莢の内部と思われます。
―《ライジング》より《マスター》へ。ライジングも同位置を追認しました。
 ドレームは《パペットマスター》単独で戦闘開始のキーを打ち始めようとした。

―こちらも確認した。
 メインマザーの穏やかな声が《パペットマスター》に割り込んできた。
―莢への突入を許可します。貴艦以外の突入では確率が低すぎました。但し莢は三個師団で取り囲みます。 
 そしてまたチョット沈黙……
 次に、総司令官自らの肉声が響き渡った。
―時空の穴が出来なくても0700時には無力化します。そうなると、中の物質は何処の時空に吹き飛ばされたのか分からなくなります。急ぎなさい。姫と共に幸運のあらんことを!
―有り難うございます。
 すでにドレームの指は、叩いたキーを離れていた。
―《センチュリーフォックス》と《ハイウェイスター》は主艦のみで、《パペットマスター》と随行せよ。属艦は《エリザベスリード》の指揮下へ。《べス》、後は頼んだわよ。
 《エリザベスリード》の艦長エマは、直ちに命令を発した。
―隊長幸運を! チーム《スー》全軍は直ちに、チーム《マスター》の突入に備え散開!《ホールラブ》と《ライジング》は引き続き時空の測定を!
 三隻の翼がウマグマ星団の光を受けて一瞬輝いた後、星団の中心に向かって落ちていくと同時に、百五十隻余りの船団がジグザグに交差しながら、《マスター》達の突入で莢が破裂した場合の破片時空が到達する可能性の高い推定位置に散開していった。
―莢突入まで、0015です。
―《フォックス》、《スター》、融合するよ。用意は良い?
―準備完了。
―船酔いはなしよ。
 三つの矢じりのように莢に突き進む三隻のスターシップは見事な位置交換を繰り返しながらやがて一つの霧状にまとまると、宇宙の一部を輝かせてフッと消えた。莢に突入したのだ。それからしばらくして、輝いた宇宙のまわりに一つ一つ星のようなスターシップが現れ始め、千五百隻を擁する艦隊が全軍その位置についた。

―ハーイ! ちょっと遅いわよ。
 軽いめまいを起こしているドレームの頭上を、コバルトレッドの翼が掠め、宙返りをして、突入した三隻の霧状の顕在化する影に寄り添ってきた。
―まったく、コックピットが震えるほど近くを飛ぶなんて如何いうこと!
 ドレームは頭を振りながらつぶやいた。
 イルージェは苦言を無視して、報告した。
―ドレーム。とりあえず姫は無事よ。時空震の穴が《ムーンチャイルド》の中に開いたけど、私の強引な融合でズレたみたい。侍女に取り付いた火トカゲは、通信を切って姫に近づこうとした時に融合が始まったので慌てたのね。自身のスイッチを間違えて火達磨になっちゃった。取り付かれた侍女はかわいそうだけどね。姫は、嗚咽しながら遺体を船外に放出したわ。で、穴は船尾の排水溝に開いていて、次々に船酔いした火トカゲが飛び出しているの。でも、直ぐに姫の部下が破壊しちゃうけどね。現在、私の部隊も応援で旗艦にいるわ。
―OK。めまいは治ったわ。イルージェ、無事で何よりよ。直ぐに姫のところへ案内して。
―ついてこれる?
 コバルトレッドの機体を追って、三隻に分かれたスターシップは旗艦《ムーンチャイルド》に急行した。
―姫、ご無事で。
 ドレームは、通常通信が出来る距離になると、《ムーンチャイルド》に、肉声を送った。
―ご苦労。私の予測より三分遅いわ。
 ドレームは姫の冷静な声にホッとしながら、外宇宙の状況を手短に報告し、船内への乗船許可を求めた。
―もちろん許可します。
―これから私と一部の部隊は姫と共にいます。友軍の指揮はイルージェに委譲します。
―それも許可します。
―了解!
 傍聴していた三隻のスターシップは《ファイヤーウイッチ》の後方に散開した。 
 ドレームは戦闘スーツに着替えると、転送室に立ったが、ふと思い出し、乗り移る前にイルージェに質問した。
―イルージェ、なぜ私たちが顕在化する位置がわかったの。
―分からなかったわよ、ぜんぜん。でも、フルスピードで、莢の中心を360°旋廻したわ。どこで実体化し始めても、十五分以内に着けるようにね。必ず来ることだけは分かっていたから。
―それで、爆音を轟かしていたのね。
―船酔いには一番利くのよ。目が覚めたでしょ。
 戦闘服に身を固め、隊員と共に再び《ムーンチャイルド》に乗り込んだドレームは、姫を中心に艦長と姫の叔母である侍女長の出迎えを受けた。
―姫、先ほど申しあげました通り、余り時間がありません。あと、四十分余りで総司令軍がここを吹き飛ばします。偶然とはいえ穴を莢に閉じ込めたのは正解ですが、旗艦内にあることは厄介です。姫、旗艦を捨てるお覚悟をお持ちください。
 ドレームは単刀直入に、状況を説明した。
 息を呑む艦長と侍女長の間で、姫はその虹色の瞳を深紅色に染めながらじっとドレームをみつめると、静かに話し始めた。
―この事態の全責任は私に有ります。あの時、囮のアイデアに興奮していなければ、そして……いや、自動スキャンを日頃から怠り、また侍女の変化にも気が付いていなかったのですから。なにより《ムーンチャイルド》は空気を運ぶ風のように私の一部です。チーム《スー》の旗艦が吹き飛ばされる時は、スーザン・カスケードの魂が破壊される時です。
 思ったとおりの答えに涙をこらえながらドレームは、姫をそっと抱きしめ返答した。
―そうはならないよう全力を尽くしましょう。とにかく穴を確認させてください。
―こちらへ。
 侍女長が先頭になって、ドレームを船尾に案内した。
 時空震の穴は、《ムーンチャイルド》の大きな倉庫を一つ破壊し、排水溝の中に落とし込まれていた。辺りには、サラマンドラと思しき肉体の破片がこびりつき、垂れ下がったゼラチン質の一部が異臭を撒き散らせている。穴そのものは溝の中で目視できないが、閃光がほとばしり電磁的にまだ一部不安定であることが読み取れる。
―トカゲやろうの侵入は十分ぐらい前から止まっています。あきらめたのかもしれませんが、用心はしています。
 若い時空工作隊員の一人が、下をゴーグルで覗いたまま報告した。
 ドレームはサイバーサーベルを抜き放ち、部隊に散開を命じてから、閃光の出ている辺り近くに顔を近づけている先ほどの隊員に話し掛けた。
―伍長、名前は? 
―マーです。
 若い隊員は、隊長に声をかけられ、思わずニックネームで答えてしまった。
 身長はイルージェぐらい高く、銀の巻き毛は短く整えられて、男の子のような風貌であるが、そばかすの残るあどけなさと優しさは、まだ少女期が少し残っていた。
―OK マー、トカゲが飛び出す時、何か変化は?
―数秒、閃光が止まります。不安定だから一時的な時空中和機を使っていると思われます。
―穴を塞ぐための方法は?
―だれかが、時空震の穴を逆行して、敵の発信機を止めねばなりません。こいつは、喰らいついたヒルのようにしつこいですよ。あるいは……
……おや、この子には困難な状況でも冷静に考えられる力があるかもしれない
―あるいは?
 ドレームは、命令口調にならないように気をつけて先を促した。
 マーは頭の中で要点を整理すると、一気に早口で説明した。
―これは、危険ですが確実です。そのう、時空震の穴の少し手前で小さな時空震を起こすのです。そうすれば、より大きな相手の時空震穴に融合し振動が逆行することで穴が閉じます。また、緊急用脱出カプセルをトリガーに使えます。但し、カプセルは手動式なので誰かが入って中から操作しないと動かせません。私が志願したのですが……
―それは却下しました。
 いままでじっと聞いていた侍女長が話に割って入った。
―時空震の大きさを正確にコントロールできないと、船は吹っ飛ぶことになります。また、正確にコントロール出来たとしてもカプセル内の人間は七割以上の確率で行き先不明の空間に吹き飛ばされます。
 ドレームはすばやく状況と持ち駒を分析し判断した。
―少なくとも友軍から操作すれば、正確にコントロールできるわ。それに、その後のカプセルの追跡も《ファイヤーウイッチ》なら可能です。
―きまりね。なにをぐずぐずしているの。
 姫の声が割って入った。
―姫!
 慌てる侍女長をよそに、落ちついた声で姫は言い放った。
―ドレーム。時空震工作の指揮を! 艦長、《ムーンチャイルド》を無傷で莢から脱出させて。頼んだわよ。
―姫、いまどちらに? 
 ドレームも慌てて船内をスキャンする。
―勿論カプセルの中よ。あと二人入れるわ。
―姫、直ちにお戻りください。
 侍女長の懇願をよそに姫は続ける。
―ドレーム、時間が無いわ。チームを選抜して。ああ、ジュビリー叔母様ごめんなさい。でも、これは私の責任なの。
 ドレームは、姫の決意が固いことを理解し次々に命令を発した。
―侍女長殿、隊員をまとめ緊急の莢脱出にそなえること。マーをお借りします。イルージェ、コントロールは良い?
―用意できているわ。四機で測定するからより正確よ。
―OK。カプセルの追跡も頼んだわよ。マー、行くよ。
―はい!
 緊急事態に瞳がくるくる回るほど目を輝かせた若い隊員を従え、ドレームは駆け足でカプセルに向かった。

 カプセル内は既にスイッチ類がオンされていた。姫がパイロット、ドレームが航海長、マーが時空震のエンジニアとしてそれぞれ席に着き、カプセルは排水溝の中に着水した。
―ドレームから、全艦へ。時空震射出は0626時とする。位置を再確認せよ。
 それぞれが、持ち場に就き、カウントダウンが始まった。…十四、十三、十二…
 《ムーンチャイルド》の周りに散開していた四隻のスターシップから光線が《ムーンチャイルド》の一点に伸び、カプセルは僅かに左右に分離し始めた。マーは計算値のズレを分析しながら、より正確に火トカゲの時空震に痛撃と消滅を与える位置を確定していった。
―三、二、一……射出!
 カプセルは一瞬明るく輝いて不規則な形に変化すると、稲妻に吸い込まれるように消失し、あっという間に火トカゲの穴は消えていた。時空震穴は《ムーンチャイルド》から外れて退行し、暴れる火竜の口のようにあちこちに閃光を放ちながら消え始めていく。自由になった《ムーンチャイルド》の艦長は跳ね飛ばされて回転する船をあやしながら、友軍の先導する会合点に船首を向けた。
 《ファイヤーウィッチ》は自ら作った莢の一部を解除し、友軍に《ムーンチャイルド》を外宇宙に届けるよう託した後、莢が破壊される前に反転し、カプセルを追って火を噴くドラゴンのような閉じかけの時空震穴にダイブした。

 強烈なめまいが《ファイヤーウィッチ》の乗員を襲い、メインITのマザーベルによる自由航行がしばらく続いた。イルージェ達が覚醒するころには、船は網状銀河集団が迫る振動するような宇宙の中を漂っていた。―マザーベル、現在の推定位置を! カプセルもよ! 
 イルージェは
―二度とこんなダイブはするものか。
 と思いながら、宇宙震盪還元剤を噛み砕いて飲み込んだ。
―艦長! 敵の時空震射出点を原点として、99%の確率でΩ4771の位置にいます。カプセルはまだ位置が不確定です。本艦から半径二百光点間で、彗星の塵以外問題となるエネルギー源は有りません。
―最後のは、目が覚めた時船が自由航行をしているので分かったわ。さあ、急がないと。トカゲたちがこの宇宙の総量を測定していたらたちまち侵入者がいることに気が付くわ。カプセルはほとんど見つからないけど、このコバルトレッドはそうは行かないわね。なにしろ此処はトカゲたちの宇宙に間違いないのだから。
―マザー、カプセルが起こした時空震の残像を収集できている?
―現在、解析中です。まもなく確率映像を表示します。

 三、二、一……ドレームの指がキーボードの白いボタンを押していた。あっという間に、うす紅色に輝く稲妻が穴に吸い込まれ、融解しだしたカプセルは白い輝く糸のような残像を残して消滅した。

―トレース開始! 時空痕跡線をホロして。
 イルージェの眼前にカプセルの消滅した位置を原点とする四次元立体ホロスコープが現れた。この四次元ホロを読んで正確に位置をイメージできる人間は限られていたが、イルージェはその第一人者の一人であった。しかもその正確性はマザーベルにも不可能なほどで、多次元空間を高速で移動できる人間にのみ、しかもその一部にのみに可能な能力と言われていた。
 イルージェはホロスコープにおけるカプセルの痕跡線データから脳内で何枚もの確率座標面を組み立て、カプセルが最も吹き飛ばされていそうな空間を推定していった。幾つかの可能性が消されていき、残ったのはたった一つ……敵の時空震射出点近く、つまり火トカゲ達の惑星群のど真ん中だった。
―まいったな。飛び込むことはできても連れて逃げ出せるかしら?
―その確率は10%以下です。しかし決断は急いでください。トカゲたちの哨戒スキャナー船が近づいてきています。方位Ω477。接触まであと0020です。
……どうするイルージェ、莢にこもってやり過ごす時間は無いわ。
 イルージェは、虹色の瞳を深く沈静させ、眼前の映像に浮かぶ機影を凝視した。

(*1)作曲ヴァージル・トムスン、対訳 山崎智之(原詩 ウィリアム・ブレイク)

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