| TOP Short Novel Long Novel Review Interview Colummn Cartoon BBS Diary |

『黄昏銀河のプログレカフェ』異聞

第三話 ブレイブ、或いはエスケイプの物語
◆マリリオン 1994(中編)

KONDOK

 ―6―

―ここじゃない。
 月乃は風那とベットに潜り込みながらずっとそう反芻していた。
―どうしたの?
 風那の右手が月乃頬をなでる。月乃は、大理石のように滑らかで冷たい風那の手を取ると、風那に向かって囁いた。
―気持ち良い手ね。あなたも、異形人なの?
―イ・・・ケ・・・イ・・・ジン? 良くわかんない。
 風那は月乃が返事したので満足し、風那の胸元から飛び出して、天井付近を泳ぎまわる金魚を目で追い始めた。
―ねえ、風那。
―私は、月乃よ。
―ああごめんなさい。月乃・・・・・。その、ソマラってどんな人? 魅力的なんだけど、私にはよく分からない。
―ソマラはお母様よ。優しいし、守ってくれるの。
 風那は、舞い降りてきた金魚を両手で包み込み、そっと月乃の胸元に落ち着かせた。
―守るって、何から?
 風那は、不思議そうに月乃を見つめると、天井に目を戻して一つづつ数え始めた。
―争い、爆発、いじわる、時間、おしゃべり、ホログラム、お父様・・・・・・
 月乃は胸元の金魚を手の甲に乗せ、香りをかぐように顔に近づけながら更に尋ねた。
―風、いや、月乃のお父様って怖い人なの?
 風那は目つぶると、首を振った。
―とっても優しいわ。でも、優しすぎるの。 あっ、風那。さっき、『ここじゃない』って囁かなかった?
―うん。まあ。
 突然、自分に振られて、月乃は家族の幻想を記憶の底に戻しこんだ。
―その金魚、フガジーって言うんだけれど。フガジーの口を顔まで持ってきて、膨らんでいるおなかをさすってみて。
 言われたとおりにすると、月乃は香の強い香りを吸い込んでむせた。
―何よこれ。 
 月乃は、フガジーを遠ざけると、風那に文句を言おうとして目を見張った。

 月乃はエジンバラの家にいた。明るい笑い声がする。ふわふわと浮かぶ少年達と一緒に回りながら書斎に入って行くと、月潟博士が盲目の女性と楽しそうに何かを話し合っていた。
―お父様!
 月乃が声を出すより早く、奥のドアが開き風那が飛び込んで月潟博士の胸に飛び込んだ。
―風那! 風那!
 何度も叫んでいる自分の声に、風那の声が重なって、月乃は目が覚めた。

―大丈夫? 行きたかった所にちゃんと行けた?
 風那の無垢な眼差しにチョッと嫌悪さえ覚えて、月乃ははなじらんだ。
―すごいトリップの香ってことは分かったけど、いきなりなんてビックリするじゃない。
 風那は月乃の言葉に脅えると、今にも泣き出しそうに言い訳した。
―ごめんなさい。ごめんなさい。どこかに行きたいっていってたから。それに、RATASを知っていると思っていたの。
 月乃は、先ほど見た幻覚にまだ心を高ぶらせていたが、しゅんと縮こまった風那が急にいとおしくなり、落ち着いた声で尋ねた。
―ラタスって?
 風那は、優しくなった月乃に気を取り直して、嬉しそうに話し出した。
―フガシーの香よ。ソマラがラタスと教えてくれたよ。皆、喜ぶのよ。ラタスをいっぱい吸っってから私達と遊ぶの。
―あなたも吸うの?
―ううん、誰かが吸った世界に、一緒に入り込むだけ。傍でじっとしてると引き込まれるの。
―それにどこかに行けるとも言った?
―ええ、この世界にはみんな逃げてくるから、そのためのドアだと言っているわ。それって、何処かに行くってことでしょ。
―チョッと違うかも。
 考え込むかのような月乃の返事に、風那の顔が再び凍りつき、人形のような陰りに覆われていく。
―それでいいの。なれるのよ・・・・・・
―え、何か言った?
 白い大理石のような風那の頬に赤みが戻り、スイッチが入ったように月乃の方に瞳が動き出す。
―ソマラが、何時も言う言葉よ。お父様達に。
―ねえ、風那。お父様達って・・・・・・
―月乃よ。私は。でも、良いわ。答えてあげる。お父様達は、何時も特別な船に乗ってやってくるわ。地上なのか、もっと上のおそらなのかは分からないけど。
―さっきのは確かに私のお父様だった。とすると、月乃のお父様と、風那のお父様は・・・・・・同じ?
―同じとか、違うとか良く分からないわ。そんなにお父様っていろいろなの?
―えっ、でもさっきお父様達って言ったじゃない。沢山いるんでしょ。いろんなお父様が。
 月乃は、ベットから右手を突き出して、天井に浮かぶフガシーの痕跡を一つづつ指しながら尋ねた。
―お父様は、お父様よ。皆お父様。月乃は区別しなくってよ。皆同じ。楽しいことも、否なことも。
 再び近づいてきたフガシーを右手の薬指に乗せると、月乃は顔に近づけた。
―まあいいわ。こっちが混乱しちゃう。今度は大丈夫。さっきの呪文もう一度言って。

 風那はとてもまじめな顔つきで月乃の方を向くとゆっくりと言った。
―お姉さまって、チョッと先の私の未来ね。それでいいの。なれるのよ・・・・・・
 フガシーの出す香りに2人のベットは包まれ、月乃はたちまち薄明の眠りに落ちて行った。

 今度は、宮殿のようなソマラのサロンに居た。
 月乃と風那は、ふわふわと浮かぶ首だけの少年やフガシー達に囲まれいくつもの扉を開けて回った。薄い煙のような影が飛び出したり、絡み合っていた蔦の茎のようなものが弾けて粘液をかけられびっくりしたこともあったが、たいていは空で、ましてお父様達などは一人も居なかった。
 気がつくと、幾人もの月乃と、幾人もの風那がいた。それぞれ1組になって楽しそうに踊ったり、何かを話していたり、言い合いしたり、抱き合って泣いていた。
 月乃は突然胸が締め付けられるように感じて風那を振り返った。風那は消えていた。

 何時の間にか、月乃は地下水道の暗闇にいた。置いた鞄が遠くで光っている。
―行かなくっちゃ。先生に怒られる。
 月乃はピチャピチャと水を跳ね飛ばしながら、鞄の方に駆け寄っていく。とても遠く感じられる。やがて足も重くなり、まとわりつく水を振り払うようにどうにか身をよじって鞄に近づく。
 鞄はピカピカで一つの皺もなく、水道の途中に引っかかって月乃を待っている。鞄にどうにか手を伸ばそうとして、月乃は何かに身体を押さえられ身動きできなくなった。見ると、胸まで大小の目玉に覆われていた。辺りは真っ赤に染まっており、次から次に血だらけの眼球が押し寄せてくる。
 月乃はまとわりつく鬱陶しい目玉を次から次へと引き剥がし、体中をべとべとにしながら何とか上半身を鞄の方に押し出して、鞄の取っ手をしっかりと掴んだ。
 目玉はまだまだやってくる。
 月乃は鞄を引っ張るように身を寄せて立ち上がると鞄を持ち上げようとした。今度はとても重かった。
―何なのよこれ。
 泣きそうな月乃の前に霧が立ち昇ると人影に凝集した。
―月乃。遅刻よ。お仕置きはいつもの通りよ。
―先生! 助けてください。
―助ける、私が? あなたが私を助けてくれなかったのに。
 眉間から血のような汗が滴る素裸の人影は、呪縛されたように立ちすくむ月乃に何時ものように厚い抱擁を交わそうとしてゆっくり近づいてきた。
 その時、鞄が光っている理由に思い当たった月乃は片手で鍵を外して鞄の中から、黄金に輝く銃を取り出した。それは、先生の短銃だった。
 先生の人影はスローモーションでの移動のように、目玉の海を掻き分け、しかし着実なスピードで近づいてくる。
 月乃は、銃を鞄から引き抜いた勢いで仰向けに倒れ口に血の味を感じながら立ち上がろうとする。すかさず、目玉たちがからみつき、熱い息を吹きかけて月乃を押しとどめ、埋没させ、あるは体液で溶かし込もうとする。
 あっと開いた口に、先生の唇が吸い付くように押し付けられ、熱く焼けるような涎が流れ込む。
―私は生贄・・・・・・
 そう思い出し始めた月乃は、全身の緊張を解き眼球の血の海に浮かび始める。と、その時だった。先生に圧し掛かられ、無数の目に吸い付かれた月乃の耳元に、聞きなれた声が囁かれた。
―それでいいの。なれるのよ・・・・・・
 先生の上半身が反り上がり、潮を引いたように目玉たちが月乃から離れていく。水底から風那が立ち上がると、黄金の銃を掴んでいる月乃の左手を両手で挟んで銃身を先生の眉間に当てた。
―おおなんて勇気のある子だ。私に銃を向けるなんて。さあ、撃ってごらん。
 先生の期待に膨らんだ顔の輝きとは裏腹に、声はかすみ、手は銃口を遮るように左右に振られる。しかし、風那の力は強く確りと銃は眉間にくっついたままだ。
 カチッ。銃身が外れる音がする。
―ああ、まだよ。まだ、死にたくないの。お願い撃たないで。何処かに私達の扉があるはずよ。そうでしょ、ねえ。
 先生の輝きは瞬く間に失せ、狼狽と恐怖の色に変わり始めていく。
 先生は突然立ち上がり、全身を眼球の体液に濡らしながら後退りをはじめた。
―だめー!
 すっかり意識を取り戻した月乃が叫ぶと同時に、銃弾が発射され、眉間を射抜かれた先生の人影は脳漿が吹きとばされて水道に沈んだ。

 2人は戻ってきたベットの中で確り抱き合ったまま目が覚めた。風那は辺りを見回し、フガシーが窓辺でいびきをかいて寝ているのを認めて、改めて月乃を伺った。
―どうして、あんな世界に入ったんだろう。皆崩れちゃうわ。前にも居たし・・・・・そんな客。
 しかし、月乃は二度と口を開かなかった。天井を見据えたまま、潤むような目は世界を感じていなかった。
―どうしよう。まあ、いいか。私がこのまま月乃で居てあげる。あなたは、風那としてゆっくり休めば良いわ。
 風那は、そう勝手に決め込むと、身体の一部を大きくして外見ももっと月乃そっくりに作り変えた。

 ―7―

 ジェスは刺青の少女に肩を揺すられて目が覚めた。
 一瞬、ここが何処か分からなかったが、美しく輝く少女の刺青と、僅かなこうの香り、そして大きな赤い顔=フローティングフェイスの規則的な振動に、追跡中の月乃を思い出した。
 ジェスが声を出そうとしたとき、少女が指を唇に当てたので、ジェスは黙って辺りを伺った。
 かすかな息遣いがジェス達の潜り込んでいる穀物袋の辺りを取り囲んでいる気配がする。
 刺青の少女はジェスに覆いかぶさると肌から立ち上るやや甘い香りを強くして、ベット代わりの穀物袋が発する香りと同化した。息遣いはしばらく続いたが、やがてフローティングフェイスの発着口の方へ移動していくのがわかり、ジェスは少女をそっと脇にずらすとそちらに顔を乗り出した。

 そっと様子を窺うと、到着した時にアンモナイト船から真っ先に降りてきた人面の豹達が回りのにおいを嗅ぎながらコロイドの霧の中に入り込もうとしているところだった。
 鋭い呼び声が上がり、船倉に明かりがついたので、ジェス達は身をかがめゲートを見ると、銀髪の女性が数人の男達に囲まれて発着口に急いでいた。
―後数分で、あいつらが来るわ。急いで。
 ジェスが再び様子を窺うと、一人の大男が白い少女を抱えて、銀髪の女性に続いている。
 少女は眠りこけているような、夢見ているような定まらない瞳を中空に彷徨わせているかのようだった。
―その子は大切にね。宇宙のエースへの手土産よ。全く、見たときには驚いたわ。本物だとは。ソマラは気が付いていないね。心の中はよく見通すのに、全く皮肉なものよ。
 銀髪の女性と護衛の男達もコロイドの霧に包まれて見えなくなろうとしていた。
 ジェスは刺青の少女を促すと、コロイドの霧が気泡に変わろうとしている大気の中にダイブし、自由航行から追跡モードに変換したライダーに飛び乗って、動き始めた船の後ろに従った。

 フローティングフェイスの口が開き、眼前に暗黒の地下空間が再び広がった。アンモナイト船とともに口から飛び出すと、七色の気泡を翳めて上下左右に地下世界の明かりが点滅し、まるで、ビロードのカーテンが鏤められた宝石をくゆらしながら、逸れ出た魂を誘い込もうとしているかのようだった。
― 一体、おれは今何をしようとしているのだ? 本当にあの子を追いかけているのか? それとも、この奇妙な世界に閉じ込められてしまったのか・・・・・・
 ジェスは、腰にしっかりと回している刺青の少女の手を感じながら、生まれて初めて自問した。そう思ったとたん、いろいろな物が周りで息づきはじめ、特に少女の手のぬくもりと香りはジェスの心幹に重なった。
―おれは、ジェスだ。その・・・・・・未だ、君の名前を聞いてなかったね。
 ジェスは、探知されないよう注意深くライダーを操作しながら、刺青の少女に尋ねた。
―名前は、いつもあなた方がつけるのよ。
 ジェスはもう一々正さなかった。
―じゃあ、ブレイブだ。このへんてこな世界で、唯一正直でいられる。勇気のあることだね。
 少女が黙ったので後ろを振り返ると、驚いたことに少女の目が涙で光っていた。その光のこぼれた先に、こぼれた涙が細かく散らばるように小さな光が点滅し爆発音が聞こえてきた。
 巨大なフローティングフェイスのあご先が閃光を放って爆発し、大きな口が閉じられようとしている。
 フローティングフェイスは何者かの攻撃を受けていた。あれだけの火薬量を使えるのは軍隊かアンダーテイカーだけだった。
 ジェスは全身に緊張をみなぎらせ、ライダーを何時でもアンモナイト船から離脱できるように操作し始めた時、ブレイブがジェスの肩を揺すって船底に近づく閃光を指差した。
 ジェスのライダーがより濃密なコロイド気泡の中に身を隠すと同時に、アンモナイト船が大きく揺れ、周りのコロイド大気も大きくゆすぶられた。
 ジェスは離脱モードを展開すると、アンモナイト船の上に舞い上がり、比較的被害の少ない船のデッキから船室に侵入した。あちこちで煙が上がり、逃げまどう人間や異形人の姿と悲鳴が影や音響となって通り過ぎる。
 2人はライダーから下りると、倒れた扉や柱を何とか掻い潜って、最下層の船室にたどり着いた。コロイド気泡発生装置が止まりかけており、アンモナイト船が自力で航行できるのも時間の問題だった。
 耳から血を流した少年の首がブレイブに話し掛け、船倉に少女が取り残されていることが分かった。最悪の事態も考えられ、ジェス達は急いだ。
 船倉は無残に引き裂かれ、大きく開いた穴から地底と近づいてくるアンダーテイカーの船が見える。積荷の一部は燃え上がり、強烈な香りが充満している。
 積荷の下ある白い衣服の端が、ジェスの目に止まった。ジェス達は急いで駆け寄ると、燃えている積荷を取り除き、少女を抱きかかえようとした。
―あんたが、この子のナイトかい? 大丈夫だよ。気を失っているだけだから。
 銀髪の老女がしっかりと少女を抱きしめ座り込んでいた。
―あなたも怪我をしていますね。さあ、その子をこちらへ。
 ジェスは身を屈めると、できるだけ落ちついた口調で話しかけながら手を差し出した。
―ふん、あんたも警官だったら私がもう助からないことぐらい分かっているだろうに。
 老女の右胸には折れた柱の一部が突き刺さり、口からは鮮血が溢れていた。
―しゃべらないで。まもなくアンダーテイカーの船が着船します。そうすれば医療チームが直ぐに来ます。
 ジェスはそっと老女から少女を受け取ると、ブレイブに介抱を任せ、老女の状態を調べた。
―むだだね。あいつらは本当は皆殺しにしたいだけなのさ。チョッとだけ無害にしたものを地上に出して、如何にも助けたようにしてね。
 ジェスがしゃべらないように手で静止を促しても、老女にはもう見えていなかった。だが、最後の気力でジェスの手を掴むと震える手で嘆願した。
― 一つだけ、あいつ、ゴトーに合ったら聞いておくれ。なんで、このサンライトのいる船を襲ったのかってね。まあ、あんたも無事生き延びられたらだけどね。さ、少女を連れてお行き。やつらのことは良く知っている・・・・・・
 ジェスの手を掴む力が弱くなり、もう老女は何処も見ていなかった。
 ジェスはそっと老女の手を合わせ、開いた瞼を閉じると、立ち上がりブレイブと少女の方を見た。少女はもう立ち上がり、しっかり老女の方を見ていた。
―月乃?
 ジェスが声をかけると、少女は頷いた。
 そのときアンダーテイカーの船が着船したことを示す軽い振動が伝わってきた。
 ジェスはチョッと考えて直ぐに上へと引き返すことにした。3人は急いで船室に登り、まだ残っている異形人達も促して甲板に上がって行った。
 思ったとおり下から発砲の音と悲鳴が聞こえ、爆弾の微かな振動も伝わってくる。アンダーテイカーの殺戮が始まったのだ。

 異形人達の話では、サロンで有効だったスチールセルは役に立たなくなっているとのことだった。今度の接着船は鋼鉄製ではなく、強化バイオプラスチック製の様だった。
―だれがこの船を操縦していた?
 ジェスの質問に、巨大な渦巻貝のような羽を背中に纏った大きな瞳の少女が長い触手をくゆらしながら答えた。
―私の仲間よ。船全体の外郭を蔽っているの。いま攻撃を受けて穴が開いてるけど懸命に修復中なの。でも、このままだとまもなく神経が遮断され気泡が止まるわ。そうなったらやつらの思うがままよ。
―それだ! その神経叢に接続したい。どうすればいい?
 再び爆発音がして、船が傾き始めた。
―わたしの身体を使って。
 渦巻く羽を大きく引き伸ばした少女は、触手をジェスの脳幹に伸ばしトランス状態に入る微かな振動が七色の羽を波打たせた。
 ライダーを呼び寄せたジェスは、急いでアンモナイト船のバイタルサインをチェックし、応急処置の治療電流を神経叢に注入した。一気に気泡が船底から湧き上がりアンモナイト船は体勢を立て直す。
―ひとまずこれでよし。次は、厄介なものを排除して船を動かせるかだが・・・・・・
 船が安定し、今まで陰に隠れていた者供が甲板によろよろと這い出てきた。その中に、老女の護衛らしきものを認めジェスは異形人に近くまで運ばせた。
 護衛の身体は下半身が失われ、剥き出しのメカニックな片面が緑色に光っている。ジェスはモウルキャノンの戦いを思い出した。
―もうおまえは助からない。なぜ、サンライトの護衛をアンダーテイカーが務めていた?最後に聞いてやる。
 半メカニックな金属音がヒューヒューと護衛の肩口から漏れる。
―まぬけな警官には分からないだろうよ。どうせ・・・・・おまえら・・・・も助からないから教えて・・・・やるが、司令官とサンライトは異母姉弟だ。共に・・・・・地下・・世界で産み落と・・された。あまり仲は良くなかったがそ・・・れぞ・・・・れのやり方で、のし・・上が・・ろうとして・・いた。ある計画があり・・・・俺たちが・・・護衛にまわされた。
―では、なぜアンダーテイカーに襲われた。サンライトは死んだぞ。
 ジェスはサンライトの疑問を投げかけた。
―そ・・・・それは・・・わ・・からない。しかし・・・・・おおいなるゴトー様の意思に違いない・・・・・
 護衛の緑色に輝く半面がみるみるどす黒く変色し、肩からシュウシュウ聞こえていた呼吸音も止んだ。その時、ジェス達のいる甲板後方のハッチが吹き上がり、そこから飛び出たアンダーテイカー達が銃を乱射しながら近づいてきた。
 そのいくつかが、逃げ惑う異形人達に降り注ぎ、豹のような男女が数人殺された。
 ジェスは神経叢を操作し大量のコロイド気泡を作って周りを固め、浮き上がる甲板にアンダーテイカー達をぶつからせて急場をしのいだが、船を操縦しない限り危機は脱し得なかった。

―私の身体も使って!
―つ、月乃・・・・・
 今まで貝のようにじっと黙っていた少女は、驚くジェスを尻目に突然機械のようにしゃべり始めた。
―私をアンモナイトに繋いで!早く!
 ジェスに接続していた触手が後退し、少女の額にするすると延びて巻きついた。どこかで、グーンとバイオシスの歯車がまわる心地良い音と振動が始まり、2人の少女を通じて接続が正常に作動したことが感知された。
 急カーブで船は上昇し、機甲化されたアンダーテイカーの多くは船の後方から滑り落ちていった。

 ―8―

 ソマラは攻撃された衝撃で目が覚めた。ランドベルグは既に情報を探るために司令室とコンタクトを取ろうとしている。
―どうしたの? 
―司令室はもぬけの殻です。
―どう言うこと?
 ソマラは動きやすい戦闘型タイツ姿に身を固めると、ランドベルグに従ってて司令室に駆け上がった。フローティングフェイスは第二波の攻撃に揺れ、ソマラは無人の操縦席にぶち当たった。
 いるはずの老女達は消えていた。しかし、いまはその行方を如何こうしている暇はなかった。
 ソマラはランドベルグを通じて周りの状況をすばやく把握すると、攻撃機が着艦するまえにフローティングフェイスの修復を図り、反撃に転じようとした。
―使える仲間は何人いるの?
―豹人5人と機械鳥人3人、あとは無数の異形人。それに寝室の少女と金魚一匹のはずです。使えるとして・・・・・・後は、攻撃の前に、あのアンモナイト船で脱出した模様です。人間達も。船に残っていた異形人の一部はそのまま連れて行かれたと思われます。
―豹人、鳥人、少女、サンライト、アンモナイト船・・・・・・
 ソマラはめまぐるしく考えをめぐらせ、ランドベルグと情報中枢の脳髄細胞室に指示を送った。
―豹人を引き連れて、攻撃機の着艦に備えて。それと、鳥人達に少女達をここに連れてこらせて。細胞室、被害状況を!
―細胞室のメインスイッチが作動しません。壊されています。バックアップを使うと10分ほど待たなくてはなりません。
―サンライトの仕業ね。良いわよ、待ちましょ。それまで持ちこたえてね。
 黒い大きな猫は、豹人を従えて、攻撃されて穴の開いたフローティングフェイスの顎の部分に急行した。

―それにしてもサンライトのお婆さん、随分焦ったものね。慌てて逃げ出して、アンダーテイカーにここを襲わせるなんて。確かにこれで、私の安全な場所が無くなって困ることになったけど。宇宙のエースと侵略者のカードは未だこちらの方が握っているんだから。
 ソマラはランドベルグにホットラインを通じて話し掛けながら操縦席に座ると、次々に入る報告に聞き入った。
―細胞質が作動するまで後8分です。
―アンモナイト船の振動が記録されました。何者かに攻撃されている模様です。
―え?
 驚くソマラの後ろから機械鳥人の声がする。
―少女と金魚を連れてきました。少女は風那と思われます。
 ソマラの後ろに白い服装の少女が大きな機械鳥人に挟まれて立っているのが感じられた。
―ここへ。
 ソマラは少女をとなりのシートに導くと、いぶかしそうに尋ねた。
―もう一人は?
―その子一人でした。確かにもう一人いたようですが、既に部屋を出た様子でした。
―サンライトが一人だけ連れ出したのかしら? それじゃ、あの船に。
 ソマラがアンモナイト船の行方をトレースしようとしている時、ランドベルグから連絡が入った。
―アンダーテイカーの船が着艦します。つかま・・・・
 3度目の衝撃がフォーティングフェイス全体に伝わった。

 ランドベルグはもうもうと煙る倉庫の中で身をひそめ緑の瞳を輝かせて獲物の出現を待った。
 やがて薄くけぶる靄の中を、機甲アンダーテイカーの一群が現れた。ランドベルグ達は、十分に引き寄せすれ違いざまの足首をねらって噛み付いた。
 豹人達の牙からは、機甲服同化細胞が注入され、内側に向かって自滅する胞子がはじけ出す。あちこちで、機甲アンダーテイカー達の苦悶が始まり、中の人間達は半ば溶けた状態で死を迎える。
 しかし、直ぐに次の一群が侵入し、一番近くにいた豹人が吹き飛んだ。
 ランドベルグ達はじりじりと後退しながら、巧みにレーザー砲や機銃掃射を掻い潜り、時折後方から襲うゲリラ戦法を繰り返しては、次第に後方の起動源部へとアンダーテイカー達を誘った。
 やがてランドベルグ達の後ろに電磁波の渦巻く巨大な立柱が見えてきた。侵入者達は通常先ずここを占拠するのでほくそえんでいることだろう。
 機銃掃射の弾が立柱に当たって火花と煙が立ち上がり、虫の羽音のような音が聞こえる。
 ランドベルグ達は電磁波の後ろに回りこみ、体格を小さな猫の大きさに縮小させると、電磁波の下にある退避坑に潜り込んだ。
―エネルギー充電を!
 ランドベルグは猫のサイズに縮み、退避坑を通ってフローティングフェイスの顔面に戻りながらソアラに叫んだ。
 アンダーテイカーの一群が起動源部に入り込むと同時に入り口の弁が閉じられ、降りてきたエネルギー吸収針が上下左右から取り囲み、機甲服をさしつらぬいて生身の人間に突き刺さった。これが、フローティングフェイスのエネルギー吸収法の一つで、突き刺さった針の先からさらに細胞融合と生体エネルギー変換の棘が犠牲者の体内を駆け巡り、瞬く間に骨や皮も残らず吸収し尽くしてしまう。
 エネルギー充電が始まると、火器やレーザー等の全ての武器エネルギーも吸収されその威力は無効となってしまうため、数人のアンダーテイカー達はエネルギー吸収針を避けて果敢に戦っていたが、数分で制圧され何れも目に見えない電磁エネルギーに変換されてしまった。

 ソアラの面前のホロコープランプが発光し、細胞室のバックアップが完了したことが示された。ソアラは、早速全体の損傷と侵入者の状況をスキャンするため、操作ビームの作動を指示した。
 フローティングフェイスの瞼が開き、司令室からは地底空間の暗闇と瞬く小さな集落の集まりがあちこちに点在している様子が窺えた。
 とりあえずフローティングフェイスへの侵入者は全て生命活動を停止しており、彼らのエネルギーを吸収した起動源はたっぷりと潜在力を蓄え、顎の破損部は自動的に修復が開始されていた。
 外部からの攻撃は今のところ直ぐにはなさそうだった。アンダーテイカーの指令船と思われるものは辺りに潜んでいそうも無かった。

 ソアラが前面のデスクに手を翳して細胞室と知覚感応を始めると、サンライトとアンダーテイカー達との連絡記録に侵入した。

―サンライトからアンダーテイカーへ。今から、フローティングフェイスを離れる。エースへの手土産は確保したわ。
―確認した。今から10分後にフローティングフェイスへの攻撃を開始する。本当に良いのだな、ソアラを攻撃して。
―やむを得ないわ。プラチナアヘンを通じて、単独でエースに近づいている証拠があるの。まったく、15年前に記憶喪失で地下水道の中にしゃがみこんでいたのに、あそこまで育ててやったのは誰だと思っているのかしら。
―とにかく俺たちの計画にとって危険ならば排除する。ここまで来て横取りされては堪らんからな。
―エースが侵略者達を懐柔すれば達成するわ。さ、急いで!

 記録はそこで終了していた。
 とすると、やつらは寸前まで協力していたことになる。まあ、私の意図はいずれ感知されるとは思っていたが、サンライトがアンダーテイカーに攻撃されたのが解せなかった。しかも、お土産まであるのに。とすると・・・・・・・

 再びホロコープランプが点滅する。
 アンダーテイカーの司令官が直接ソアラにコンタクトしてきた。
―ソアラか?悪運強いな。だが、時間の問題だ。そのフォーティングフェイスを無傷で渡すんだ。
 知覚感応では、醜悪なゴトーの存在が直接脳内にあるように感じられる。
―サンライトの次は、私かい?
―うむ、悪いがエースには私が単独で面会する。おまえ達が2人でいると、まったく悪知恵が何倍にも膨れ上がるからな。
―大事なお土産も殺してまでかい?
 操縦席のとなりの少女がピクンと身じろぎする。
―あれはダミーだ。おれの情報ではお土産はフローティングフェイスにいる。
 ソアラは神経の一部をとなりの少女に注力した。これは、私の作った生体人形じゃない。何で今まで気が付かなかったのかしら。この子、ラタスを嗅いで脳神経が未だ麻痺しているのね。きっと。それで、風那と同じ波長しか感じられなかったのかもしれない。
 ではこの子は一体? ソマラの盲目に写る情景はジグソーパズルの一片が嵌るように全貌が透けて見えてきた。
 サンライトが私に風那を作らせたのもきっと何か関連がある。
 波長がこんなに似ているなら、きっと外見はもっとそっくりなはずだったから。

―いいわ。手を組みましょう。あなたはこの手土産。私は、プラチナアヘンの独占よ。

 ゴトーは、フローティングフェイスでの部下の損失を計算していた。彼の流儀からすると、ソアラの存在そのものも消したかった。プラチナアヘンと共に地底に埋もれさせねばならなかったが、とりあえずは共闘が賢明かもしれなかった。

―司令官! アンモナイト船が仲間を振り落として急上昇しています。
 突然、アンモナイト船を急襲していた前線司令官から連絡が入った。
―サンライトか?
―いえ、船倉に予め対通常生命用致死スモークを注入しましたので、サンライトの生存痕跡は極めて微小です。しかし、船には異形人で溢れ返り、彼らが思いがけない反撃に出た模様です。
 ゴトーの緑色に輝く顔面に蕁麻疹のように青く太い幾つもの筋が現れ、隣においてあった飲物のグラスをこなごなに握りつぶすと、全隊に発した。
―全隊に告ぐ。全力をあげて、アンモナイト船を消滅せよ!
 そして、ソアラには平静な声で伝えた。
―良いだろう。フローティングフェイスに乗船させてくれ。私一人が丸腰で行く。

 ―9―

 ジェスは様子の変わった月乃に唖然としながらも戸惑っている暇はなかった。傾く甲板に慌ててライダーにつかまると、異形人達と共に浮き上がり、転落をこらえながらコロイドの気泡をもっと大量に発生させて更に周りを固め、上昇する船のコントロールに集中しなければならなかった。
 甲板から転げ落ちたアンダーテイカー達も直ぐに追って来るだろうし、接着している船に未だ残っているかもしれなかった。それに、フローティングフェイスもこの船も襲われているとすれば、アンダーテイカーの大掛かりな作戦が進行中ということだった。
―この少女のために?
 ジェスは、ブレイブ達に回りを固めるよう指示した後、改めてこの風変わりな少女「月乃」に注意を向けざるを得なかった。
―月乃、君はいったい・・・・・・
―時間がないわ。接続したいなら急いで!
 ジェスの質問を遮るように、少女の思考が、突然接着してきた触手を通じて脳内に響き渡った。と、同時にジェスは船の目を通じてこの世界を眺めていた。
 眼下に地下集落の明りが瞬き、はるか後ろには顎を痛めつけられたフローティングフェイスの赤黒く点滅する様子が、けぶるコロイドの霧を通じて認められた。
 船全体の様子も一体となって伝わってくる。左わき腹下にあけられた穴の痛みは治まってきており、突き刺さったままの接着船はコロイドに含まれた船の体液で徐々に包み込まれて排出されようとしていた。
 接着船の生存反応はなかった。接着船に限らず、ヒトの生存反応はアンモナイト船も含めてなかった。
―月乃。君は一体何者だ?
 ジェスは五感をアンモナイト船と徐々に一致させながら、少女の意識を探索したが、巻貝のような羽の少女と混濁しているのか、明確に意識を捉えることが出来なかった。それよりもアンモナイト船を通じて、緊急の事態が迫っていることが知覚された。
 ジェスの脳内に今度は直接アンモナイト船の神経叢からコンタクトがあり、眼の前に巨大な巻貝の羽を持った女性が現れた。
―これは、あなたが戸惑わないように、あなたの脳内にイメージとして射影したものです。実際には、私はこの船そのものです。名前はエストニア。大きな傷で傾いた私を立て直してくれてありがとう。しかし、危険はもっと増しています。仲間の少女達のおかげで緊急脱出と傷の治癒は何とか成功しましたが、新たな敵が迫っています。
 私達は戦闘型に作られていないので、戦うためにはあなたのような機敏な判断と動作が出来るヒトが必要です。
―別に戦う必要は無いだろう。アンダーテイカーと。
 ジェスは五感に緊張を走らせたまま返答した。
―彼らの真の目的は、われわれ異形人や侵略者の地底からの排除なのです。その徹底さは執拗極まりないものです。嘘じゃ有りません。私は、サンライト達の船からの通信で良く知っています。それでも信じてもらえないのならば、これを見てください。
 突然、ジェスの視覚がズームアップし、昨日暴れまわった地底の集落付近が映し出された。そこには、このアンモナイト船を映し出した井戸のように開いた穴もその周辺の集落も消え失せ、時折燃えあがる炎と煙で舞い上がる衣服の切れ端ぐらいしか動くものは無かった。
 人々は体の一部を溶かされたり焼かれて倒れ重なり、異形人の塊は原型が分からないほど引き千切られ、沸き立つ泥水と共に焦土に溢れかえっていた。
―やつらは最初の失敗に怒り心頭し、その何倍もの火力を注ぎ込んで破壊し尽くしました。その集団がわれわれに狙いを定め攻撃を始めています。
―分かった。どうしたら良い?
 ジェスは未だに自分達の住んでいる世界の下でこんなことが進行しているとはとても信じがたかったが、惨状を、地下で見たゴトーの緑の顔面に重ね合わせ決心した。

 尋ねたとたんに、ジェスは地底の空間に浮かんでいた。足元辺りに刺すようなな痛みが走り、コロイドの応急処置が心地よく染み渡る。
―まったく、私達より鈍いのね。早く回避しないと胴体が吹き飛ぶわよ!
 少女の声が、脳髄を響き渡る。下を見ると信じられないスピードで、モウルキャノンが接近していた。フローティングフェイスも、口を閉めて顔面を緑の邪悪な形相に染め上げると追撃し始めていた。
 先ほどの痛みは、モウルキャノンの一つから発射されたものだった。更に、5つほど閃光が近づいている。
 ジェスは全身の神経を神経叢に集中させ、強固なコロイド気泡を作り上げるとアンモナイト船の腹面から放出し、甲板の仲間達が転げ落ちないように気をつけながら大きく旋回し、フローティングフェイスの方に向かった。
 5つのミサイルは間一髪でコロイド気泡に突き刺さると中に取り込まれ、エネルギーを吸収分解されて消滅した。十分エネルギーを吸収したコロイド気泡はより大きく強固になり、閃光があったほうに引き寄せられて行った。
 ジェスは必死だった。船にはこれといった武器は無く、体内を化学反応させていろいろな気泡を発生させる以外、攻撃を回避する策は思いつかなかった。
 咄嗟にフローティングフェイスの方へ向かったのも単なる勘だった。あの顔は確かに迫力があるが、動きは鈍そうだった。あの上か下にもぐりこめば勝機はあるかもしれなかった。ただし、伏兵が居ないとしての話だったが。

 アンモナイト船の甲板では、ブレイブ達が不気味そうに近づいてくる大きな緑の顔を凝視していた。ブレイブは、巻貝の羽の少女とライダーに繋がって昏睡しているジェス達に寄り添って、2人の身体を異形少女の触指を使ってより強固に船と繋ぎとめていた。
 再び、甲板の周りに濃厚なコロイド気泡があわ立ち、ブレイブ達を包み込むのが分かった。
―また動くわよ! しっかり、甲板に捕まって!
 ブレイブは仲間の異形人たちに注意を促して、自らもライダーに掴まった。

 アンモナイト船は沈み始め、細かな気泡が七色に輝いてははじけ、ブレイブの刺青を濡らして消える。船は徐々にスピードを上げ、緑の顔は一気に中空に昇っていった。
 下降するに伴って、煙のような浮遊物と共に、生暖かい湿ったような空気とものの焦げるにおいが漂ってくる。
 ブレイブ達は覚悟していたが、改めて集落の惨状に目を見張った。
 アンモナイト船に乗り遅れたり、集落を脱出し遅れた者達が惨殺されたのは明らかだった。赤テントの2人の青年がテントの柱にくくられて黒焦げにされているのが、ブレイブの目に入り、思わずラタスをいっぱい吸い込んでいたことを祈った。

 モウルキャノンは、アンモナイト船が奇妙な泡でミサイルを無害化し、下降し始めたことを探知すると5隊横並びで展開し急襲を始めた。なにせ、先陣を切った接着船の副隊長は味方を鼓舞する良いやつだった。いま、アンモナイト野郎から振り落とされて、生死も不明だった。復讐に燃えたモウルキャノン達はいきり立ち、魚群を追い詰める船団のように我先に獲物へと迫っていった。
 その眼前に先ほどの奇妙な気泡が漂っていた。
 隊長は、視界に入った気泡を打ち落とすように命じ、至近レーザー砲が一斉にモウルキャノンの先から放出されて、辺りの空間は目もくらむほど明るく輝いた。次の瞬間だれもが、大きく視界が開け、獲物のアンモナイト船が眼前に迫っていると考えた。しかし、その読みは大きく外れていた。
 輝きが収まると相変わらず気泡がゆらゆらと立ちはだかり、しかも更に大きくなっていた。
 隊長の判断は一歩遅かった。退く前に気泡が接着した。突然、モウルキャノンの電気系統が停止し、隊員たちを暗黒と沈黙が襲った。
 仲間の息遣いも聞こえなくなり、アンダーテイカーの隊員達は初めて地下世界の圧迫される恐怖に襲われて、叫び声を上げた。しかし、その叫び声も聞こえなかった。手を伸ばすと、あるはずの操縦桿は消えていた。変わりに軟らかい茎のようなものが手首に絡みついた。あっという間に、全身のエネルギーが吸いだされ隊員たちは消滅していた。

 ジェスはエネルギーを吸収する気泡の効果に驚いていた。良く見ると、気泡の中が何かの模様になって渦巻きはじめている。
―あれは、我々の子供です。気泡から胞子が芽生え、特に強いエネルギー源があると真っ先に吸収し、一気に成長します。それを放出するなんて、種が違わないと考えも及ばなかったでしょうね。
―われわれって?
―あなたは今私と一心同体です。これ以上の性交ってありえますか?
―チョッと待ってくれ。さっきはそんなこと言わなかったぞ。
 さっきの女性がジェスの眼前に現れ、うれしそうに微笑んだ。
―冗談です。われわれは、2倍体でも増えますから。気泡の胞子はストックしてある大事な子孫なのです。幾分、やんちゃですが。ああ、あのフローティングフェイスも同様ですよ。ある程度、エネルギー源を吸収すると分裂します。顎の修復が終わったら、あんな怖い顔がいっぱいだとこの地下世界も住み難くなるかもしれませんが。
 とりあえずの危機が去って、アンモナイト船は思わず饒舌になっていた。と言っても全ての危機が去っているわけではなかった。何よりも緑のフローティングフェイスは、より一層醜悪は顔つきになって下降し始めている。しかし、スピードではアンモナイト船のほうが上回っていた。
―教えてくれ。俺の五感はまったく経験の無い世界を知覚している。それも、お前達、異形人の作り出した感覚なのか?
―われわれは、ヒトの作り出した異形人ではありません。
 チョッと思考に時の間が開いた。
―われわれは、アンダーテイカーやあなた方政府の一部が知っているいわゆる「侵略者」なのです。でも、数千年前からここに住み着いているので、われわれは「先住民」だとおもっていますが。
―何処からここへ?
―祖先は、まだ生命の息吹きが始まったころの太古の海から数億年を地中で過ごして、ここにたどり着きました。
―原始生命体だというのか?
―殆ど同系の。
―ありえない。それならば、もっと早く我々が探知しえていたはずだ。特に、現代の科学ならば・・・・・・
―もちろん、知っているヒトもいますよ。しかし、さっきも言ったようにごく僅かで、地上や地下の政争に利用しようとしていてあまり好ましくはありませんが。それに、ヒトが作った異形人の存在も、われわれのカモフラージュに役立ってます。普通のヒトから見れば、見分けがつかないでしょう。それも当然です。異形人は、我々侵略者の一部がモデルなのですから。
 ジェスは脳内の会話に現実感が遊離し、五感が麻痺していくような感覚に襲われていた。
―そんなことをなぜ僕に?
 その答えを聞く前に、ジェスはアンモナイト船としての現実に引き戻されていた。
 ついにフローティングフェイスの背後から、綺羅星のようにアンダーテイカー達の大軍団が現れた。

トップ読切短編連載長編コラム
ブックレビュー著者インタビュー連載マンガBBS編集部日記
著作権プライバシーポリシーサイトマップ