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ソル・オ・テラ/ヤーヴェイ

プロローグ/パート1

Vincent Ohmor / 白田英雄訳

プロローグ

ビオスの中央宇宙港におかれたそれは、人々の注目をいやがうえにも集めていた。
それはかつて地球(テッラ)とよばれた伝説の星に野性で生息した、二枚貝のような外観をしていた。ビオスでは貝の養殖が盛んであったから、なおさらそれは関心を集めることになった。何しろそれは、二枚貝にしては異常に大きかったから。
数日前に、それが地上に降りてきたところを目撃した人もたくさんいた。ビオスのこの周辺で、貝の消費量が一時落ちたことが、これとまったく関係ないとはいいきれまい。(もっとも、ここから数十ミーリア離れたところでは、相変わらず人々は貝を食べ続けていたが。)
ビオスの宇宙港には、それはただエア・ネータとだけ記録されていた。


パート1
1・ERIDU

「ほう? 同郷人ですな。私もここの生まれでしてね。ところで、エリドゥには何日ぐらいの滞在ですか?」
 入国審査の人のよさそうな係員は尋ねた。貴族や異星人が通ることの方が多いここでは、たまの民間人は歓迎される。
 宇宙でもっとも入出国の多い星ではあるが、エリドゥ人自体の大気圏外への出入りは少ない。エリドゥ人用の入出国カウンターはいつも閑散としているのだ。
「二、三日ぐらいかな。」
「それで、そのあとはどちらへ?」
「ビオスさ。船を置いてあるんでね。」
 男は鼻の辺りまで垂らした髪の毛の下にわずかにのぞいている口に笑みを浮かべた。係員もそれにつられて笑みを浮かべながら、重ねて尋ねた。
「船を置いてとは、エリドゥへはお休みでいらしたのですかな。」
「いや、商用なんだ。契約をまとめに、補給の合間をぬってきてね。ま、ついでに、オルミティア殿下のお顔でも、久しぶりに拝見できたらと思ってるんだけどね。」
 係員はちょっと眉を顰めて言った。
「オルミティア・ポスタ殿下ですか? エルノクさん、いったいどれくらいエリドゥを留守にしてたんですか。有名な話ですよ。父親殺しに夫殺しの噂なんか。」
「夫殺しだって?」
 係員は前に乗り出して声をひそめた。
「しーっ。知らないのですか。昔は聡明な方だったんですがね。公と結婚なさってから人が変わられた。あ、いや。」
 係員は軽く咳き込んでみせた。
「ああ、失礼。最近外国人ばっかり相手にしてましてね。」
 係員は笑顔を浮かべたまま入国用の書類に目を戻したが、項目のひとつのところで彼の視線は止まった。
「滞在中の連絡先、……トリギア人グレ・ウル邸? 失礼ですが、エルノクさん前髪の下を確認してもよろしいですか。」
 エルノクは口をまげて難色を示した。
「どうしても?」
 係員はがんとして通してくれそうに無かったので、彼は仕方なく髪をかきあげた。
 エルノクの目を見て係員は顔をしかめ、小声で悪態をついた。
「まったく、この蛮族め!」
 そして事務的な口調でつづけた。
「駄目ですな、混血ならそうとはじめに申告しなければ。入国は許可するが、きみには監視が付けられるのでそのつもりで。」
 またか。
 エルノク・イアムは、はっきりとソラリスの生まれであることを示す黄色っぽい肌の色をしていたが、事実、彼はターガス王国の首都のあるソル星系第三惑星エリドゥの生まれだった。しかし、目の色が他のソラリス人と違う澄んだ青に生まれついたため、昔からこうして髪を伸ばしてまで目をかくそうとしていた。パスの写真はちょっとピンぼけだし、目の色までは判別できないのだが。
「目の色が青だとどうして監視を付けられるんだい?」
「規則だ。」
「じゃあ、あのエルノク・クセルクス殿下も監視されていたのかい?」
 係員が怒りだしそうになったのを見て、エルノクは口をつぐんだ。自分の生まれた星に帰るときぐらいソラリスのパスポートで通りたいと思ったのだが、ちょっと無謀だったか。
 エルノクは、ポケットから二枚組の許可証の一方を取り出して、係員の目の前に突き出した。
「これは条約違反にならないか?」
 いぶかしげに許可証を受け取って専用の装置で走査した係員は、文字どおり飛び上がった。
「こ、これは失礼いたしました。もちろん、当然のことながらこの港は条約の適用内にございまして…… その、身の安全を考えまして、このような処置をとらせていただこうと……」
「いいから、通してくれるのか、通してくれないのか。」
「あ、どうぞ、どうぞお通りください。」
 自由商人組合は両文明のどちらにも属さず、それでいて潜在的には両文明に匹敵する勢力をもっていた。両文明間にまたがる自由商組合が唯一使用していることを公表している魔法がこの許可証のなかに封印されていた。それを読み取ることのできる設備や魔術師のいるところなら、エルノクはソラリスだろうがイプシロンだろうが好きな惑星に好きなだけ滞在することができた。そして、魔法使いというものはどの星(エリドゥは除く)にもいるものなのだ。
 この許可証を所持する者は両文明からある種の特権を与えられていて、下手な対応をすれば国際問題ともなりかねなかった。
 もっとも、自由人としての生活に根っから馴染んでいるエルノクなどにとって、そう長い間、自然の重力に縛られて生活することは耐えられないだろうが。
 それでも、たまに踏む故郷の土はなつかしいもので、彼は今回の短い滞在を楽しみにしていたのに。
 最初から水をさされた気分で、彼は王家の直轄惑星に足を踏みいれた。
「エル、……いや、キャプテン。ここの空気が以前来たときとなにか違うような気がするんだが。」
 ガリガリにやせた、目つきの悪い男がちょっとかすれた低い声でささやきかけてきた。
 後からの声にエルノクはふりかえりもせずに答えた。
「おまえも気が付いてたか。ここいらの連中が一番気にしていることってなんだ?」
 エルノクの横に並んだ、彼の右腕であるゲオルゴスは、軽く目を閉じて『聞き耳』をたてた。
「係員たちは当然シールドしているが、その他の一般の客たちはみんな、オルミティア殿下の噂で持ちきりだ。疑惑、恐怖、期待……」
「ちょっと待てよ、なんだその期待っていうのは?」
「民衆ってものは常にこういったことに興味ある。自分たちの身に直接関わりが無いことだから。それで、その噂というのが……」
「父殺し、夫殺し。」
 ゲオルゴスはうなずいた。
「またなにかやらかすんではないかと。さすがに王都だけあって星全体に妨害が入っているから、思考がとらえにくくなっているんだが。」
「当たり前だ。シャルク大帝はそのテのことにやたらと神経質だったからな。」
 エルノクは状況を整理してみようとした。
 彼の知っているオルミティア公は、民衆に人気のある美しく聡明な女性だった。九年ほど前に彼女の夫のポスタム卿の死亡の噂を耳にはしていたが、その間にいったい何が公に起きたのか。
「ちょっと調べてみたほうがいいかな。」
 ゲオルゴスはちょっと呆れてエルノクを見た。
「どこで情報を仕入れようってのか、だいたいの見当つくが、余計なことに首つっこまないほうがいいですよ。」
 エルノクはにやっと笑って見返した。
「でも、その『余計なこと』にいつも首を突っ込む俺の方が賭けには勝ったんだ。俺にとっちゃこれは余計なことではすまされないかも知れないんだぜ。」


 エルノクはその晩、こっそりとグレ・ウル邸を抜け出した。入国審査官はあのときしきりに恐縮してみせていたが、結局エルノクに監視を付けることにしたらしい。しかし、昼間彼が予備的に探りをいれたかぎりでは、それほど厳しく見張られているわけでもないことがはっきりしていた。これしきの目をかいくぐれないとあっては、エルノク・イアムの名折れだ。
 目的の屋敷はそう簡単にはいかなかった。何しろ、現ターガス王の義理の叔父にあたるクセルクス大公の屋敷だ。大公夫人は、なんといっても、前ターガス王の武王ハーメティスの妹であり、つまりはシャルク・ターガス大帝の娘なのだ。順位は低いとは言っても、一応王位継承権を持つ身だ。もちろん屋敷の警戒は厳重、虫一匹入るすきもできないほどであった。
 しかしエルノクは、十何年前と警備システムに変更が無いのを見てほくそ笑んだ。何しろこの屋敷が建てられて以来、侵入に成功した賊はひとりもいないのだ。おかげで、彼しか知らない秘密の抜け道は、昔から変わっていなかった。
 子供には楽に通れそうなその抜け道も、今のエルノクには少々きつかった。埃まみれになりながらもなんとか屋敷内の廊下におりたった彼は、埃を払う愚挙を犯さずに無音のクリーナーで服の汚れを吸い取った。  壁や床にも汚れは残していない。屋敷全体が透視防止のための撹乱P波で満たされているから、あとで王国が重用しているサイコメトリーで侵入経路がばれる心配もない。魔法で探知される可能性だけは残っていたが、こればっかりはエルノクの守備範囲外だ。王家が今も魔法をあまり積極的に活用していないという噂を信じるしかないだろう。いったん屋敷内に侵入してしまえば、あとは楽だった。主(あるじ)の大公の部屋は昔のままだったから。
 大公の寝顔を見てふといたずらっ気をおこした彼は、足音を忍ばせて大公の枕元に近付き彼の耳元にささやいた。
「おい、ヤーコブ。寝てる場合じゃないぞ、泥棒だ。」
「だれだ? いったい、泥棒が入れるわけがないでは……、あ、あ……」
 ヤーコブ・クセルクス大公の寝呆けた目は一挙に焦点を結んだ。エルノクはあわてて人差し指を一本、自分の口の前にたてた。
「俺は捕まる意志はないからな。再会をなつかしんでる暇はない。ちょっと聞きたいことがあってね。」
 エルノクはかいつまんで空港でのことなどを年下の男に話した。
「いったい王家はどうなってるんだ。」
 ヤーコブはしばらくいいづらそうにしていたが、エルノクに促されてゆっくりと話しだした。
「オルミティア殿下がポスタム卿を亡きものとされたのは事実だ。武王殺害については何ともいえない。むしろキアサ陛下の手によるようにも見えるから。しかし私は、誰が手を下したのであれ、それをそそのかしたのはオルミティア殿下だと思う。あの方はサキアのためにはなんだってやる。」
「サキアだって?」
「そう。知ってるだろう?古来、トゥンガールの王族はサキア、つまり運命の血統の濃いものから選ばれてきた。
 トゥンガールの末裔を名乗るとはいえ、ターガスは田舎からの成り上がり者に過ぎない。王権の証となるのは太古から伝わるサキアの血を用いるしかないではないか。シャルク大帝は、自分の国家の基盤を揺るぎないものとするために、そのサキアの血を引くものどうしを掛けあわせようとした。オルミティア殿下も私もその犠牲者だ。サキアの薄い私は、兄上さえ家をでなければこんな責任を負う必要はなかった。」
「馬鹿にするなよ。少なくともおまえが知ってるぐらいのことは、サキアについての知識はある。」
 エルノクはため息をついた。
「しかし、エルノク・クセルクスは貴族社会にうんざりしていたんだよ。多くの規則にがんじがらめにされて、自由のきかない社会だったから。オルミティア殿下への憧れだけが彼をつなぎ止めていたんだが。そのオルミティア殿下が手の届かないところにいってしまったから、彼は見切りを付けたんだな。」
 大公はげんなりした顔でうなずいた。
「まったく迷惑な話だ。だがオルミティア殿下は逃げられなかった。意のそまぬ相手のもとに嫁がれ、大帝の意志のもとに暮らすうち殿下の歯車はどこか狂われた。王位継承順位が下がられたのにもかかわらず、自ら権力を握ろうとされたのだ。」
「おんなの幸せをふみにじられた者の恨み、か。」
「いや、むしろシャルク大帝の執念の産物と言うべきか。
 武王が長生きなされば、殿下が政権を握られるチャンスは薄くなる。ただでさえソラリスの歴史で女帝が統治したことは少ない。それで当時の王位継承者のキアサ陛下をそそのかされた。
 それに、継承権を得られるためには、サキアを持つとは言っても平凡な貴族のポスタム卿は邪魔。だから……」
 クセルクス大公は首を振ってみせた。エルノクはむかっとして少し声を荒げた。
「それはちょっと言い過ぎなんじゃないのか? 第一、証拠はあるのか?」
 大公はエルノクの視線を真っ向から受けとめた。
「ポスタム卿が亡くなって、今までにオルミティア殿下の王位継承順位はどれくらいになったと思う? サキアス殿下についで第二位だ。いや力関係から言えば、ほとんど並んでる。それに、今は女帝が立つことに対して異議を唱える王家の人間もいない。」
 エルノクは反論できなかった。
「しかし、よくおまえたちは消されなかったな。」
「私は、大公とは言っても、大公家の養子の息子だ。妻の王位継承権はオルミティア殿下よりも下だ。
 それよりも、あなたがここに忍びこんできたときには、本当に驚いた。キアサ陛下が毒殺されたもので、警備はいつもよりも厳しくなっていたのだからな。」
 何気ないそのことばにエルノクは心底驚いたが、表情をかくし通した。
 それでゲオルゴスのことばも納得がいく。エリドゥの外には決して漏れるはずのない情報でも、王都の人間は敏感に感じとっていたのか。
「貴重な情報をありがとう。さてっと、俺はここの土産に例の石をもらっていくぜ。」
 大公はきょとっとして言った。
「例の石? もしかしてソル・オ・テラのことか!」
「ただで帰るのも馬鹿だしな。でも、俺だったら、石が盗まれたことは公表しない。無用な騒ぎはさけたいだろ。」
 にやにや笑うエルノクに、ヤーコブ大公は忌々しそうにこたえた。
「わかった。公表はしないでおいてやる。どうせ大方、警備システムの変更をしてほしくないだけなんだろ。」
「いやいや、いかなる警備の御迎えがござりましょうとも、このエルノク・イアム、御用あればいつ何時であろうと、御前に参上つかまつりまするぞ。」
 芝居がかったおじぎをしてみせ、エルノクは闇に飲み込まれ姿を隠した。屋敷を去るその懐には、いつしか魔法の石が収められていた。
「どうせ、あそこにおいといても役に立たないんだ。シャーンに売り付ければ、資本の回転が少しでもよくなるってものさ。」

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