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ソル・オ・テラ/ヤーヴェイ

3.YAHVHEI/4.YUH TERRAE

Vincent Ohmor / 白田英雄訳

3・YAHVHEI

 飛び出していったエルノクの代わりにゲオルゴスは、数人を船に残してクルーたちに自由行動を許したが、入国ゲートで解散したあとも、メインポートの反対側にあるブリッジブロックの最下層まではほとんどのクルーがついてきた。この付近にはいつの頃からか店が立ち並び、ヤーヴェイで最大の繁華街と化していた。
 自由商の他にも、観光客が多く集まるこの街で、ビオスで船に足止めされていたクルーたちは、羽をのばすべく方々へと散っていった。エルノクとゲオルゴスだけはもうひとつ上の層まで上がり、そこのホテルに宿をとった。部屋で礼服に着替えた二人は、普段着馴れない服を互いにチェックしあった。このホテルには比較的高級なものらしく、ブリッジブロックの最上層で行なわれている自由商のパーティーの会場まで直通のエレベーターがあった。
 会場は一ケントリア、つまり四百八十パッスース四方の正方形の面積と同じぐらいの広さがあって、そこにはさまざまな星系からやってきた人類がひしめいていた。ソラリスやイプシロンなどの人類がやはり一番多かったが、それについで樽型の宇宙服に身を包んだ一つ目のトリギア人や、人類亜種の人類猿バコーンズ、それにフォーマルハウトの類猫人などが見えた。エルノクは、口の広い皿のようなカップの飲み物を舐めるそのフォーマルハウト人のとなりに、テラ出身で、かつてそこを我がもの顔で支配していた爬虫類たちの子孫であるという伝説がある、龍人ディノサウロイド(もしくは河童族)をみつけ、はじめてみるそのスマートな姿にしばし見とれた。さすがにほとんど自分たちの星からでることのないという、小ネフィリム人ギビアンタレカは見られなかったが、これだけの混乱状態では、非友好種族のリゲーア人が混じっていてもおかしくはないかもしれない。もっともそんなことはありえなかったが……
「やあ。何にやにやしているんだ?」
 エルノクはまわりの亜人種に気をとられていたので、古い友人の一人のイアノ・アークレ・イアンが近付いてくるのに気付かなかった。
「にやにやしてるだって? そいつはおまえの間違えだろ。」
「相変わらずだな。笑い顔の方が人は安心するもんだろうが。」
「そうして油断させておいて、それとなく情報を聞きだすってわけか。あの時はひどい目にあったからな。」
 イアンの口の端が引きつらんばかりに持ち上がったが、彼は別にそれを否定しようとはしなかった。
「ところで、変な噂を聞いたんだが。」
「変な噂?」
 エルノクは眉をひそめて、少々煩わしげに聞きなおした。
「おまえなら興味を持ちそうな話さ。何でもターガス王家になにかあったとかって話で、一番可能性がありそうなのが、キアサ王の死亡説かな。」
「王が?」
 エルノクは内心どきっとした。
「あまり大きな声出すなよ。ところで、嫡男のハーメティス三世は二十六才だが、キアサ王の妹オルミティアは長い間王の右腕を務めてきたしな。」
 一体こいつはどこまで知ってるんだ?
「何が言いたい?」
 エルノクはむすっと言った。
「何を言ってほしい?」
 イアンは笑い顔のまま聞き返した。
「俺には関係ないことだ。俺は自由商であってソラリスではない。」
「ほほう? それは本心かな。自由商にだってこのことは関係あるぞ。もし死亡説が真実なら、お家騒動のなか帝国が黙ってみていると思うか? ここのところ国境付近の情勢は不安定だからな。間が悪ければ、自由商たちが今の仕事を続けられる保証はどこにもないんだぜ。」
 そりゃそうだろうけどね。エルノクは気の抜けたような声で答えた。
「おまえが言うんだから、それは事実なのに違いないんだろ。その時は海賊にでも転業するさ。」
「おまえはそれでもいいだろうさ。」
 イアンはさっと前にでて、エルノクの顔の上半分をおおっている髪をはねのけた。青い瞳が咎めるように彼のことをにらんだが、彼はにやにや笑いながら平然としていた。
「なあ、エルノク・クセルクス。エリドゥで誰かに噂でも聞いたんじゃないのかい?」
 エルノクはイアンの手を振り払って、イプシロンカットと呼ばれるその髪型をもとに整えながら素早く辺りを見回した。
「何もおまえが知りたそうなことは聞いてないよ。」
 イアンは、一瞬エルノクを怒らせたことに後悔したようだったが、このことばを聞いて一瞬だけ例のにやにやを復活させ真顔にもどった。
「どうも晩餐会なんてものは俺の性に合わないな。おまえみたいな奴がうろうろしているとなるとなおさらだね。早めにおさらばしてシュロタムラへ行くよ。」
 鋭く見つめるゲオルゴスににやにや笑いかけながら、イアンは付け加えた。
「それにしてもシュロタムラなんて、趣味の悪い名を付けたものだ。」
「それはあんたがイプシロニアンだからだろうが。」
 シュロタムラは、ソラリス星系第二惑星の首都にちなんで名付けられた酒場だった。
 イアンはにやにや笑いを浮かべたまま人込みに紛れてしまったが、エルノクは内心ほっとしていた。無遠慮なことばに一瞬腹がたったのは事実だが、イアンが必ずしも真実をすべて知っているわけでもないということがわかった。時々、エルノクはイアンには本当に知らないことはなにもないのではないかと錯覚することがあったから。

 さて、エルノクは自由商を始めてからまだ十年もたっていないような若造である。本来ならこのような上流階級のパーティーに参加できるはずもないのだが、組合長のヤレーのつてで自由商になった縁か、よくこのようなパーティーに招待された。しかし、いくら名誉あるパーティーだからといって、エルノクは今までは一度も参加したいと思ったことはなかったし、実際パーティーに来たのは今回が初めてだった。
 今回のパーティーは特別だったから。
 ヤレーは、十七人の古い仲間が揃うといった。ヤレーがそういった場合、それは大長老たちのことに他ならなかった。
 いまから三十六年前、ヤレーを中心に自由商組合を作り上げ、この短期間のうちに、人類文明間のほとんどをカバーするほどの勢力を持つほどの組織にまで育てあげたのが、伝説的集団大長老たちだった。この内、三年前に亡くなったゴルマン・エーファ女史をのぞく十七人のなかでも、ヤレー・メニドク、イッテリオ・ヴィルト・ユー、ジョシュア・アウグストゥス、エルモ・クラーゴ・ペートなどはよく名の知られたほうであったが、それでも、たとえばヴィルトなる大長老は名前だけが知られるだけで、会った人はほとんどいないし、ほかの十三人にいたってはその名すら一般には知られていなかった。そのことはかえってますます彼らを伝説的な存在にするのに役立っていた。
 エルノクは別に深い意味があって彼らを見てみたいと思ったわけではなかった。むしろ伝説がどれほど馬鹿馬鹿しいものか、その目で確かめてやろうという程度の気分だった。しかしこうして会場にきてみて、彼は大長老の顔をほとんど知らないことを思い出した。
 そもそも顔も知らないからこそ興味をもったのだから当然だが。
 ゲオルゴスのように深読みしすぎるタイプは、エルノクの行動になにか深い意味を見いだそうとするが、実はそれほど深く考えていないエルノクは、よく彼らを翻弄する。ゲオルゴスが理屈にこだわらずに直感に頼っていたら、今ごろエルノクの命は無かっただろう。しかし、エルノクはゲオルゴスの性格を見抜いていたし、賭けはエルノクの方が勝ったのだ。
 それはともかく、取り合えず彼は組合長ヤレーを探すことにした。会場は広かったが、人の動きが少なかったおかげで、しばらく歩き回っているうちに彼らはヤレーの姿を見つけることができた。ヤレーは黒い髪に褐色の肌をしている、データーゴーグルをかけた背の高い男と話をしていた。
 エルノクがヤレーの方に足を向けようとしたところで、ゲオルゴスが彼の袖をひっぱった。その時には、エルノクの方も視界の隅を通り抜けようとした、白いドレスの主に気が付いていた。
「エル、ありゃ……」
「ユウ・テルライ!」
 オレンジのスペース・スーツを純白のドレスに着替えていたとはいえ、それはたしかにユウだった。エルノクは大長老のことはおいといて、ユウをとっちめてやることにした。
 彼女は髪を結いあげ、白の地味なデザインのドレスに着飾っていた。アクセサリーはつけていなくて、唇に紅をさしている他には目立った化粧もしていないようだった。しかし一見地味な格好の割りには、彼女にはどこかはっとさせられるところがあった。
「またお会いできるとは光栄ですよ。」
 エルノクは慇懃にあいさつしたが、少女は振り返って首をちょこっと傾けただけだった。
「そういえば、さっきは自己紹介する暇もありませんでしたね。私はエルノク・イアムと申します。最初の自由商と同じ名前をもらったんですよ。」
 少女は不思議そうな顔をしてエルノクを見つめ返した。
「さあ、ユウ・テルライ、俺はあんたに色々言いたいことが……」
 眉をひそめて考え込んでいた少女が突然くすくす笑いだしたので、エルノクは出鼻をくじかれた。同時に、ようやっとなにか違うことに気付き始めた。
「ユウ・テルライとおっしゃいましたよね。あなたは勘違いをなさっているようですわ。私は『
』。イプシロニアのです。」
 少女は自由商たちの間でよく使われる、ヴェガアール語で答えたが、その名前はエルノクの聞いたことの、いや、聞き取ることすらできないものだった。
「ユ……なんだって?」
「イプシロンのアベリア神官が使っている古語ですの。ちょっと特殊な発声をしますものですから、普通の方には発音できない音なのです。私のことはユーとお呼びください。みなさんもそう呼ばれますから。」
 エルノクはユーが顔を赤らめるのにも気付かないで、まじまじとその顔を見つめた。そういえば、たしかにユウ・テルライと比べて表情に鋭さがない。ところが、それ以外の点に関しては、まるで同じ卵から孵ったのではと思えるほど、二人はそっくりだった。
「あなたはユウ・テルライとお知り合いなのですか。」
「い、いえ。つい数時間ほど前にメインポートの近くであっただけなのですがね。」
 エルノクの失礼な態度に怒った様子も見せずに、少女はにっこりと笑った。
「ユウ・テルライを知っている人からは、たしかによく似ているといわれますが、でも、実際にその方に会ったことのあるという人は本当に少ないようですわ。まるで今回集まる大長老のようにね。それにしても本当にそんなに似てるかしら?」
 ユーは髪の毛の後にかくれたエルノクの瞳をじっと見つめた。今度はエルノクの方が赤くなる番だった。
「え、ええ。そりゃあもう。」
 エルノクは丁寧に先程の非礼を詫び、彼女と別れた。
「エル、組合長はもうどっか行ってしまった。まったく、生涯愛する君はただ一人とは、聞いてあきれるね。」
 しかしゲオルゴスのぼやきも、ぼんやりとユーの立ち去るのを眺めるエルノクの耳には届かなかった。
 その日は結局、もうヤレーを見つけることはできなかった。そこで二人は軽い服装に着替えて一杯やることにした。

4・YUH TERRAE

 色々な星系から来た、さまざまな「人類」が招待されているこのパーティーは、途切れる事が無く三日間ぶっ通しで行なわれる。それぞれの「人類」の生活サイクルは異なるため、参加者は入れ替わりたち替わりとなるが、たとえば、トリギア人は寝ることはないし、龍人たちも三日ぐらいなら寝ないですませることができるから、この手のパーティーで彼らは最初から通していることが多い。それに対して、ホストであるヤレーたちは二十四時間ないし二十五時間サイクルで行動しているので、時々休憩を挟まなければならない。いま、組合長のヤレーが休んでいる間、ジョシュア・アウグストゥスとユウ・テルライが客人たちの相手をしていた。
 ユウが男物の白いスーツを着て化粧もせず、髪も無造作に垂らしていたのに対して、大長老のアウグストゥスは、最近ターガスの貴族たちの間に流行り始めた古代ローマ風の服装、つまり、幅広く長い一枚布を体にぐるぐる巻き付け、形を整えた姿に、サンダルを履いただけだった。ソラリスにしては色白のアウグストゥスは、きつくカールした黒い髪とあいまって、むしろ浅黒い肌にさらりとした髪のターガス貴族よりも、よりローマ貴族的な貫禄があった。
 どう見ても十代後半の少女にしか見えないユウに比べて、ジョシュア・アウグストゥスはかなりの歳を感じさせていたが、それでも他の大長老たちと同じように実際の歳よりもずっと若く見えた。
 ちょうどいま、客の対応が一段落ついたところで、二人は小休止をとっていた。
「すまんなユウ、こんなことまで手伝わしてしまって。」
「ぼくは全然かまわないよ、ジョーシャ。こんなことぐらいでしかみんなの役にはたてないからね。」
 アウグストゥスは、ユウ独特のどこか古くさい響きのある愛称で呼ばれて、にこにこしながら答えた。
「ユウ、お願いだからそんなことは言わないでくれよ。きみがおらんかったら、我々はいまだ定まった組織と権利を持たない、ただの自由商だった。正直言って、きみがシャルクめに直談判にいったときには肝をつぶしたがね。」
 ユウは少し顔を赤らめて、彼の話にストップをかけた。
「その話はもうやめようよ。若さゆえの過ちということにしておいてくれ。」
 二人は孫と祖父ぐらい歳が離れているように見えたが、まるで同輩のような気軽さで話していた。
 丸々太った老人と背の低い老人が近付いてきたことに、まずユウが気付いた。ユウは自由商の間の公用語であるヴェガアール語に切り替えた。
「やあ、ペート。やあ、ヨアキム。」
 丸々とした気のやさしそうに見える老人はエルモ・クラーゴ・ペート。背が低くしかめっ面をしている方がヨアキム・コクマー。どちらも大長老だ。
「ユウ、そんなに大事なのかね。」
 あいさつもそこそこにコクマーは切り出した。
「そうなんだよ、ヨアキム。長老会の判断が必要になったんだ。」
「まったくター……」
「いまはまだ駄目だよ、キーミャヨアキム。あとで使いをよこすから、それまでなんとか暇をつぶしていてくれないかな。」
 ヨアキム・コクマーは渋々うなずいてみせた。
「まったく、おまえの頼みだからこそ聞いてやるんだぞ。」
 二人の遠ざかるのを待って、アウグストゥスはくすくす笑ってコクマーの口調を真似てみせた。
「まったく自由商になにかあったときには、真っ先に飛んでくるくせに。」
「そういえば、他の連中は一体どうしたんだろう。」
 アウグストゥスは肩をすくめてみせた。
「ヤレーに聞いておくれ。私にはわからないよ。おおっと。噂をすれば影だ。」
 ヤレー・メニドクは、ユウともう一人の女大長老をのぞけば、大長老のなかでいちばん若く見えたが、実は一番歳を食っていた。そのせいか、最新の整形手術にもかかわらず、若返り術を受け付けぬ彼の闘士型のがっちりした体格にも、確実に老いの兆しがあらわれ始めていた。
「すまないな、ジョシュア、ユウ。交替するよ。」
「いま、ヨアキムとペートが来たよ。」
「うむ、さっきそこですれ違った。他の連中はまだのようだが、じきにつくだろう。」
 アウグストゥスがうなずいた。
「じゃ、私たちも休むとするか。」
「ぼくはユーと交替してくるよ。」
「ちょっとまってくれ。」
 横から突然口を挟まれて、彼らはエルノクとゲオルゴスがヤレーの後にいることに気付いた。二人は起きてからシャワーを浴びてすぐこの会場にきていたのだが、そこで偶然ヤレーが通りかかるところを見つけ、後から追い掛けてきたのだった。
「ヤレー、紹介してくれないのかい。」
「一体どうしてこんなところに?」
「またおまえか!」
 エルノクとヤレーとユウがいっせいに口を開いた。一瞬彼らは顔を見合わせたがエルノクが最初に答えた。
「どうしてって? あんたが招待してくれたんだろ。」
 ヤレーは質問しなおそうかとも思ったが、馬鹿馬鹿しくなってやめた。
「わかった、わかった。
 みんな、こちらはエルノク・イアムとそのパートナーのゲオルゴス・エルクレイオスだ。そして、こちらはジョシュア・アウグストゥスとユウ・アヤ、もしくはユウ・テルライだ。」
 エルノクはアウグストゥスと握手した。
「お会いできて光栄です。それと、あんた、先日はどうも。」
 ユウはむすっとしたが、アウグストゥスが笑ってそれを制した。
「じゃあ、ぼくたちは行くよ。ヤレー、あとはよろしく。」
 ユウはエルノクに話す機会を与えないうちに、アウグストゥスと行ってしまった。
「あのユウってのも大長老なのか?」
 三人は場所を少し移動しながら話した。
「まあ、似たようなものだ。大長老のなかにその名はないのだがな。お、きみもいま起きたところかね。」
 最後のことばは、前の日にヤレーと話していた黒髪の褐色の肌の男に向けられたものだった。データーゴーグルをかけているせいで表情がよくわからない。
「そちらの方は?」
「クセノス・レピドゥス。ターガスのツオン貴族院議員の秘書を務められているそうだ。いまは休暇でここにきている。」
 ヤレーはクセノスにも二人を紹介した。エルノクは彼に右手を差し出したが、クセノスはそれをとらないで、両方の手のひらをあわせてあいさつした。ゲオルゴスも同じように合掌しているのをみて、エルノクもあわててそれにならった。エリドゥのすぐとなりのマルスで広く行なわれている習慣だというのに、いつのまにか彼はそれを忘れ、イプシロンの方法が身についてしまっていたようだ。
「えーと、レピドゥスさん、議員の秘書とはいえ、このパーティーに招かれるとは、実はなかなかの重要人物なんですな。」
 むすっとしていたクセノスの唇が少し引きつったのをエルノクは認めた。これはつっついたらおもしろいことがでてくるかもしれないぞ。
「いや、たまたまビオスからここへくる途中の船のなかで、ヤレーさんと知り合いまして、そこで招待されたわけなのですよ。私は少々急いでおりましたが、次の便が遅れておりましてね。」
 エルノクは心の奥で少し驚いていた。ヤレーがヤーヴェイを離れることなんて滅多にないことだ。
「へえ、それじゃあやっぱりあの映像はビオスで撮ったものなのか。ヤレーがここを離れたのは何かい、もしかして大長老を集めるためなのかな。」
「そういうわけではないのだが……」
 ヤレーは言葉を濁した。
「そういえば、そもそも、なんでまたこんな情勢が不安なときに大長老を集めたんだ。」
「なんのことだ?」
 クセノスはまた口元を少し引きつらせてみせたが、ヤレーはポーカーフェイスを崩さなかった。
「キアサ・ターガスの話を、昨晩エルの、いや、キャプテンの知合いに聞いたばかりなのですよ。何でもお家騒動がどうとか。」
「その話、他の誰かにもしたか?」
 二人は首を振った。今の今までそんな話のこと自体忘れていたのだ。ヤレーは重ねて尋ねた。
「それでは誰に聞いたのだ。」
 ゲオルゴスには、ヤーコブから聞いたことは話していない。これは言わないでおいたほうがいいだろう。
「例のイアンだ。イアノ・アークレ・イアン。」
 ヤレーはほうっとため息をついた。
「またか。イアンは自由商でないから、自由商に直接、ないし間接の被害を与えるような行動を起こさないかぎり、私の権限も通用しない。」
 ヤレーはきょとっとしているクセノスに説明してやった。
「彼は情報屋なのだ。
 そうか、君は情報屋を利用したことがないのか。
 王国の法律が情報屋の権利と自由を保証しているのと同じように、帝国もそして自由商人たちも情報屋に対しては干渉せずの原則を守っているのだ。」
 情報屋のもたらす情報は重要で、それで国が傾くこともありえた。情報屋の自由を保証するかわりに、彼らは正しい情報を得ることができた。
「奴は俺たちと別れる前には、シュロタムラに行くといっていたが。」
「まあ、一応は手配してみる。」
 ヤレーが人を呼んでいる間に、エルノクは改めてクセノス・レピドゥスの様子を観察する機会を得た。彼のラテン語にはどことなく異国的な響きがあって、背の高いがっちりとした体格も、どちらかというと、ソラリスというよりイプシロニアンのものに近い。
「失礼ですが、あなたは生まれもソラリスですか。」
「あなたはどのようにお思いになられますか。」
 クセノスはかえってその質問を楽しんでいるように見えた。
「うううむ。ひょっとすると帰化人の二世かなにかですかな。」
「帰化人の子供を、あのプライドの高く人種的偏見のもっとも激しい貴族が、秘書としてまで雇うと思いますか。たしかにここまでいきつくのはたいへんでしたし、自らの血を呪ったこともありますが……。」
 クセノスは口元をすこしほころばせて種明かしをした。
「私はゲオグコロニーの出身なのですよ。」
 エルノクとゲオルゴスはすぐにその意味を悟った。
「ゲオグコロニーとは何ですの?」
 エルノクの後に、昨日と同じ簡素な白いドレスに着飾ったユーがいつのまにか来ていた。会場は広いようでいて、こうしてみると結構狭いものなのかもしれない、とエルノクはふと思った。みんなは彼女を輪のなかに招き入れた。
「『大戦』のあと、ソラリス文明圏で最初にできた大王国トゥンガールですが、それは二回の分裂でなくなってしまいました。その分裂のあとに残った国のひとつが、ゲオグ王国であったことはご存じですか?」
 ユーがうなずいたのをみてエルノクは話を続けた。
「その国はかつて、イプシロンがリゲーア人に侵略されたときに、一緒に侵攻されたのです。それから一千年期の間、イプシロニアンたちと一緒にリゲーア人の支配下にいたために、ここの人たちはイプシロンの血が濃くなっていったのです。ほんの三百年ほど前にドストギス王国が、ソラリス領としてとり返したばかりのこの宙域のうちで、特にイプシロンの血の濃いところを、ゲオグコロニーというのです。彼らはやっとターガスの時世になってから、正式な領民として認められたばかりなのですよ。」
 なおも説明を続けようとするエルノクを、先程からちらちらとユーの顔を覗き込んでいた、ゲオルゴスがさえぎった。
「それよりも、私は彼女の生まれの方に興味があるな。」
 ゲオルゴスに、エルノクとクセノスも賛成した。
「そういえばきみたちがユーと会うのはこれが初めてなのか。」
 用が済んで戻ってきていたヤレーは気の進まない様子で言った。
「いえ。昨日ちょっとだけ会っただけなのですが……。
 ヴェガアール人は、ヤレー組合長のように、顔つきなんかがソラリス的でしたよね。でも、そこでブロンドなのは王家貴族だけだし。」
「ああ、ヴェガアールの貴族は、イプシロンからの亡命者だからな。」
「当然、ゲオグコロニーを知らないのだからそこの出身というわけでもないな。」
 それまで黙って聞いていたユーが、少しヒステリックな声で二人の話をさえぎった。
「まったく、どこの出身だっていいじゃないですか!」
 みんなは驚いて彼女に注目した。
「あなたたちは生まれを重大なことだと思っているようですが、ソラリスもイプシロニアンも、たかだか同じホモ・サピエンス・サピエンスにすぎないでしょ!」
 エルノクにゲオルゴス、そしてクセノスまでもが、ユーに非難の視線を浴びせた。もっとも、彼女の方はまだまだ言い足りないようだったが。ヤレーはあわててユーの肩に手をおいた。
「きみたち、そうかりかりする必要もないだろ。ここは自由商の基地なのだよ。」
「しかし、ヤレー……」
 ソラリス―イプシロニアン同根説を、今更否定しようとするのは、一部の神秘家や宗教家ぐらいのものであったが、三千年前におきた両文明間の戦争からこのかた、大規模な全面戦争こそ起きていなかったとはいっても、一度も平和が両国の間に訪れたことはなく、その対立の歴史が人々の心の基調をなしていた。
 もちろん、互いを常に憎しみ続けることは人類にはできないことであり、つかのまの平和がおとずれた時代もあった。しかし、今はイプシロニアやソラリスにおける王朝の交替から半世紀もたっておらず、両国の間にはまだ緊張感がただよっていた。
 エルノクもゲオルゴスも生まれついての自由商というわけではなかったし、丁度このような時代に生まれついたため、対イプシロン感情の影響を強く受けていた。純血主義の最右翼である王家の出身であるということもあって、混血児のエルノクはもとから周囲の偏見を感じていたが、それでもふたつの人類が生物学的に同じということは、感覚的には受け入れられなかった。エルノクはむしろ自分以外のすべてを、龍人のようなまったくの異生物と考えることでバランスをとっていた。かえってそう割り切ってしまう方が楽なのだ。
 エルノクの表情にこれだけのことを見て取ったヤレーは、攻撃の手を変えてみることにした。
「エルノク、君と同じ名をもっていた男がどうして自由商を始めたか知っているか。」
「あ、ああ。そのことなら、前にターガスにいた頃に習ったことがある。有名な話だからな。
 えーと、たしか結構複雑な背景があったんだ。はじめの自由商の生まれる少し前の銀河では、イプシロン文明圏はリゲーア人に侵略されていて、一方のソラリスでは、辺境の小さな独立国でただの一兵卒がクーデターを企て、それでもって下剋上の成り上がりで王国を作ってしまい、その王国はやがてかつてのトゥンガールの全版図を平定してしまったんだ。一部の人々は、これがきっかけで同じ人類同志憎み合うことへの虚しさを感じた。何しろ永遠につづくかと思われてきたふたつの大帝国が、いとも簡単に滅んでしまったのだからね。」
「そう。そうした考えはこの一千年期の間、静まるどころかますます勢いを増し、そしてきみの先祖があらわれた。」
「リゲーア人を平定したのがイプシロンのヤハン・エプサイニャI世だから、イプシロン王国になってからのことになるかな。自由人のエルノク・カミマ・イアムが、両文明間の平和的文化的交流をめざして、最初の自由商人になったというのだろ。」
 ヤレーはうなずいた。
「そう。本来自由商は、いつかふたつの文明がひとつになることを悲願としている。」
 エルノクは半分呆れたようにしてヤレーをみた。
「あんたはそれを信じているのかい?」
「ヴェガアールや、他の辺境の中立国で生まれた自由商は、みんなそう思っているよ。」
「ばかばかしい。たしかに、ある程度平和な状況でなかったら、商売なんてものはやりづらくなるけどね、こんな広い領土をひとつの国家が治めようなんて言うのは、土台無茶な話だし、だいいち、今の対立関係がなくなってしまったなら、自由商の存在意義はなくなってしまうだろ。」
「私も現状維持に賛成ですね。対立が緊張を生み出し、それが文明の停滞を 食いとめてるんですよ。ここまで複雑な社会に、理想論など求めても無駄です。」
 クセノスも二人の意見にうなずいた。
「公式には、イプシロンへの友好をうたっていますがね。それでも世論の方が非友好の方に傾いています。」
 エルノクは肩をすくめた。
「所詮、自由商創立の理念なんてやつは虚構にすぎないのさ。」
「虚構ですって? それを真剣に考えている人たちだっているのよ!」
 ユーが癇癪玉を破裂させた。
「あなたたちの人種偏見講義は、よっくわかりました。どうにも、今の人たちに生まれに対する興味を忘れさせることはできないみたいね!」
 ユーは腕を組んで三人を見上げた。
「いいわ、お教えいたしましょう。私は『エメル』にストックしてあった遺伝子を人工受精して生まれたのよ。だから、私は人種的には純正の『地球人テッレーナ』よ。イプシロンだとかソラリスだとか分かれる前のね!」
「エメルというとあの?」
「しかし、エメルは三十年か四十年前のクーデターで破壊されたんじゃ?」
「五十七年前よ。信じる信じないはあなたたちにまかせますわ。」
「しかし、それでは計算が……」
 エルノクはゲオルゴスを手で制した。
 その話のとおりなら、たしかに生まれを突かれるのはつらいだろうに。しかし、テッレーナ? テラ人だって!?
 ユーにユウ・テルライ。テラのユウ。まさか……
「わかりましたよ、お嬢さんフィーリア。この話はここまでにしましょう。」
 ユーはまだ少々興奮していたが、思ったほどの反応はなく、エルノクは肩すかしを食らったような気がした。

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