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ソル・オ・テラ/ヤーヴェイ

5・IANO ACRE IAN/6・GEMINA

Vincent Ohmor / 白田英雄訳

 その日は、ヤレーの紹介でほかにも数人の大長老に会うことができた。丸々太ったエルモは、みんなをいつも楽しませてくれ、相棒のコクマーは、しかめっ面をしている割りには人の気持ちに敏感で、他人のことに非常に気を使っていることがみてとれた。エルノクもゲオルゴスも彼らの顔を知っていたが、こうして直に紹介されるのはこれが初めてだった。
それにシロエ・キョウ。彼女は組合が発足した当時まだ独立したてだったそうで、大長老のなかで一番若い。そして事実、歳の割りには非常に若く見えた。(自由商組合ができたのは、いまから三十六年も前のことなのだ。) ユーの美しさを愛らしい若い妖精にたとえるなら、彼女のは成熟した女神だった。シロエ女史は体質のせいかしわが目立たず、その結いあげた髪にもほとんど白いものは混じっていなかった。
「あれはサキアのせいだな。」
 エルノクはゲオルゴスにささやいた。サキアの発現は隔世的できまぐれなので、大昔の貴族の末裔のなかにまれに強いサキアを持つものが生まれることもあった。ターガス王国の創立者自身がそのいい例だった。
 エルノクたちは、威厳にあふれ、まさしく長老の名にもっともふさわしく見えるアウグストゥスにも、再び会うことができた。
 こうした個性的な人たちが、それにもかかわらずその大半が自由商に知られていないというのは、本当に不思議なことだとエルノクは思った。
 いやそれよりも、不思議、というよりも不可解といったことであるが、エルノクのような一介の自由商が、ヤレーの知り合いだったからといって、こうもやすやすと大長老たちとお近付きになれたことだ。今までヤレーはよくパーティーに招待してくれたが、今回ほど重要なパーティーに招待してくれたことはない。もっとも、ヤレーはなんとかエルノクにパーティーに参加してもらいたく、それでこれほどのパーティーにまで招待してくれるようになったと、まあ考えられなくもなかったが。エルノクは自由商のなかで、いや、ヤレーとの関係で、特殊な位置にいるのだから。もっとも、そのことは二、三人しか知らないはずだし、エルノクは組合に加盟してからまだ数年しかたっていないうえに、目立った活動もしていない。
 大長老がこうも簡単に紹介されるような集団なら、どうして彼らがこうも伝説的でありうるのだろう。
 一度こうしたことが気になりだしたら、大長老たちがみな、彼を妙な目付きでみているような気がしてきた。それからはすっかり気が滅入ってしまい、ホテルに戻る頃にはくたくたになってしまった。
 部屋の前でゲオルゴスと別れたエルノクは、何気なくノブを回してドアを開け、そこで初めて鍵がかかっていないことに気が付いた。
 部屋のなかは明かりがついていて、正面のソファにはイアノ・アークレ・イアンが座っていた。
「勝手に入らせてもらったぜ。」
 エルノクは一瞬ことばを失ったが、すぐに気をとり直してドアを後に閉めた。
「やっぱりシュロタムラには行ってなかったんだ。」
 イアンの唇が見る見る左右に広がり、お得意のチェシャキャットばりのにやにや笑いが浮かんだ。
「俺が行きたい場所は俺が選ぶ。そして会いたい奴もな。おまえに関係ある話だ。キアサ・ターガス自らの身に起きた不幸に対して、帝国と王国の諜報員が動き回っているんだ。帝国は王国の足をすくうネタを常に探し回っているし、王国は王国で、その情報が帝国になんとか伝わらないようにってね。」
 エルノクは反対側のソファにどっかと腰をおろした。
「そのどこが俺と関係あるって?」
「話は最後まで聞け。つまりはだ、帝国が決定的証拠を掴んだんだよ。いや、正確に言うと、帝国の諜報員のひとりがだが。テレパシーを国境を越えて送ることはできない。国境はいつも半分戦争状態にあるし撹乱装置があるから。かといって、S波はソラリスから一番近くの帝国の基地までも届かないうえに、下手に送信したら王国に傍受されてしまう。それでそいつは自分で情報を運ぶことにしたのさ。と、ここまでは他の情報からの外挿なんだが、王国の方はかなり前からこの仮想諜報員を追っていて、しかも、追いつめちまったってわけだ。今のところ、その諜報員が情報を他人に洩らしていないことからそれは裏付けられる。」
「なんで、洩らしていないってことがわかるんだ?」
 イアンは相変わらずにやにや笑いを浮かべながら答えた。
「情報の信頼度が落ちるからだよ。王が崩御したという確実な情報は、王室関係者とその諜報員しか持っていない。ところが噂なんてものはほっといても勝手に流れてくる。それについては、おまえもよくわかっているんじゃないか? 一度口に出されたことは、尾ひれがついてネット中で驚くほど早く広まる。」
 イアンはにやにやしながら続けた。
「だからもしも、生の情報以外で帝国が軍を動かしたら、連中は手痛いしっぺ返しを受ける可能性がある。そうした情報は、王国がわざと流したものと区別がつかないからな。帝国が混乱に乗じて奇襲を行なおうとしたとしても、それが王国の罠だったら、待ち伏せにあって打撃を受けてしまうかもしれない。」
 エルノクは無関心な様子を装った。
「それこそ情報屋を雇えばいいじゃないか。」
「ギルドはまだこの情報の正当性を証明していない。しかし、末端の情報屋のなかには確実な情報をつかんだやつがいたようだな。」
 エルノクは長い髪の下で目を細めた。
「あんたが、流したのか?」
「さあてね。
 生の情報だって、行動に際しては危険がともなうものだ。しかし、キアサ王が死んだのは確実なことだし、王国が王位継承でもめているのは事実なんだ。だから、帝国が動いていないということは、つまりまだ生の確実な情報は伝わっていないことになり、結局は、諜報員はまだターガス領内か、S波の届かない辺境の国、つまりこのヴェガアールみたいなところにいることになる。」
「それで?」
「仮想諜報員は実は特定されていない。消去法で絞りこむことはできたがな。そしてそのリストのなかにおまえもいる。」
 エルノクは内心どきっとした。ヤーコブの屋敷では、たしかに誰にも見つからなかったはずだ。エルノクは眉をしかめた。
「なんで俺の名が入っているんだ?」
「消去法といっただろ。船の旅行名簿を片っ端からふるいにかけて調べたんだよ。」
 ということは、王国は別にエルノクを意識して追っているわけではないのだろうか。
 エルノクはまたエリドゥからビオスまで彼をつけていた影のことも思い出した。そいつはあのエアに乗っていた客だった可能性もある。大長老たちが全くこの件と無関係だとは考えられない。
 一体イアンの情報はどこまで信じられるのだろう。しかし、イアンは耳まで裂けんばかりににやにやしていた。
「それで? その情報の代償に何がほしいんだ。」
「今のところは新しい顧客以外に興味はないな。もっとも、おまえにこんなこと話してもしょうがないな。
 でも、情報を欲しがっている奴がいたら、俺のことを宣伝しておいてくれ。」
 めずらしく真顔で言いながらイアンは立ち上がりにやっと笑った。
「それはともかく、懐刀は良く研がれているか? その刃がどちらを向いているか常に覚えておくことだ。」
「?」
 エルノクは彼を目で追ったが、彼の横まできたところでイアンはふと立ち止まり、はたからみたら恐いほどのにやにや笑いを浮かべた。
「そういえば、王権争いでおまえはどっちを応援する? やっぱりオルミティア殿下か。いや。サキアス殿下の方も、おまえとは縁が深いんだったっけな。何しろ一緒に家出までたくらんだ仲だ。」
 エルノクはがたっと立ち上がった。
「そうそう。こいつはおまけだが、おまえ、あのユーとか言う女には気をつけろよ。俺にすら正体がつかめないうえに、あいつは本当はイッテリオ・ヴィルト・ユー・ヤ・イプシロニアと言うんだそうだ。俺は信じちゃいないがね。何かわかったら俺に教えてくれ。それと……」
 イアンはドアのところでふりかえって、またにやっとしてみせた。
「俺が知ってる情報を、すべて話しているなどと思うなよ。」
 イアンとの付き合いの長いエルノクは、廊下まで彼を追いかけるなどという無駄をしなかった。どうせいつものように姿をくらましてしまったはずだ。
 ふとエルノクの脳裏を、銀河を真に支配しているのは王家でも皇帝でもなく、一握りの情報屋だという古い格言が横切って、背筋に一瞬冷たいものが走った。頭を振ってそんな考えを振り払うと、エルノクは考えをまとめた。このままここにとどまれば、足止めを食らわされるのは確実だ。もう、休暇は明日いっぱいまでしかないのだから、すぐにでもここを発たなければ、次の商談に影響を及ぼしかねない。
 エルノクは、いそいで部屋をでて隣の部屋の戸をたたいた。
 しばらくしてぶつぶつ言う声が聞こえてきた。
「だれだ? 部屋の戸をたたいて呼ぶような奴は。や!」
 素早くドアのロックが外されドアは開けられた。
「エルか。」
 部屋に招き入れられながら、エルノクはさっきのイアンの話をかいつまんでゲオルゴスに話した。
「奴の情報の信頼度は、あのにやにや笑いの度合いでわかる。いま俺たちの置かれている立場は、最悪とまではいかなくても、かなり悪いことだけは確かだ。」
「すると、早いとこ逃げるが勝ちというわけか。」
 エルノクはうなずいた。
「どのくらいでクルーを集められる?」
 ゲオルゴスは少し考えてから答えた。
「連中が行きそうなところは大体決まっている。そう、『夜』のうちには全員。」
「よし、その間に俺は出航手続きをして、エンジンに火を入れとく。確か機関士がブリッジに残っていたよな。」
「シェムが当直だ。」
「もし万が一の場合は遅れたクルーはおいていく。朝の二時までに全員集められないとわかった時点で、伝言でも残してロンギウスクルスに来い。あとで騒ぎがおさまったところで、残りを拾いにくればいい。」
 ゲオルゴスはうなずいてすぐに荷物をまとめ始めた。エルノクの方も部屋へ戻って、荷物を抱えながら、礼服のままで飛び出していった。

 メインポート付近はエルノクが思ったよりもすいていた。というよりも、エルノクが勝手に他の自由商たちもいそいで『出国』しようとしているのだと、思い込んでいただけなのだが。彼らがもしイアンの情報を持っていたとしても、いそいそとここを出ようとするものは、そんなにはいなかっただろう。ここは彼らの母港なのだから。
 自由商たちは、取引などを『国外』であるポートにおいてのみ行なう限りは、入国の手続きは簡単にできるのだが、出国手続きはそうはいかず、他の普通の旅行者並みだった。現実問題として、コンピュータ同士のデータのやりとりにすぎないこの手続きも、最終判断を人の手によって行なっているからである。このあたりにヤレーのこだわりがあった。これによって、不審者は確実にヤーヴェイ内にとじこめることが出来る。
 エルノクが突然ブリッジに入ってきたので、キャプテンシートに寝そべっていた留守番のシェムは飛び上がった。
「緊急事態だ。愚図愚図してないで、さっさと補助系統のチェックをしろ!」
 怒鳴られたシェムはあわててブリッジの中を動きまわり始めた。エルノクはそんなシェムを一瞥しただけでパイロットシートについた。
 エクノクはダミーの目的地として、シュロタムラのあるソル星系第二惑星エルドゥを選んでコンピュータに入力した。これであとは最終許可が下りるまでは機械がやってくれる。その間に出航準備を始めなければ。建前上は、ロンギウスクルスは人数が揃わなければ動かすことができないほどの、複雑な機構を持った超大型船である。しかし、多少時間がかかったとしても、初期起動程度なら二人もいれば十分できるよう設計されている。
 エルノクは補助系統の立ち上がり具合を確認してからコントロールシートについた。
 まずはエンジンだ。
 メインの重力転換装置を作動させると、コンデンサーに貯えられていた余剰エネルギーが、動力炉を囲んだ形の重力転換装置に流れこんだ。エルノクが重力転換装置の極性を調節すると、ディスプレイ上に動力炉内の擬重力勾配の変化を告げる数値や図形が表示された。このままあともうしばらくすれば、炉内の擬曲率が臨界値を超え、炉の中心に非常に小さい事象の地平が生じる。そうなればあとは燃料となる質量(ゴミのようなもので十分である)をそこに放りこむだけで、位置エネルギーが高エネルギー電磁波として放出されることになる。慎重に計算された方向から質量を投入することで、特定の方向にいわゆる宇宙ジェットを発生させることができ、その反動質量が船の推進剤の役を果たしていた。効率の非常に高い重力転換装置のおかげで、系の維持には、発生するエネルギーよりもずっと小量のエネルギーですむ。しかも、この人工疑似ブラックホールの質量は非常に小さいので、重力転換装置が切られると、それは一瞬にしてホーキング放射により蒸発してしまう。再起動に使うエネルギーはその時に発生するガンマ線だけで足りてしまう。
 曲率が順調に変化するのを確認したエルノクは、他の機械の起動にかかった。
 予定の時間よりも三時間ほど前からクルーたちは集まりはじめ、出航準備は順次彼らに引き継がれていった。みながみな急な出航に不満げな表情をしていたが、誰も文句を言うものはいなかった。理由もなしにエルノクが緊急召集をするはずがないことを、彼らは知っていたから。しかし、当のエルノクは、ゲオルゴスが二時十三分前に息を切らせてブリッジに入ってきた頃には、イライラしはじめていた。
「全員搭乗終わった。そっちは?」
「どうも悪い予感がしてきたところだ。出港申請の回答が遅れている。まだ許可が下りてないんだ。いま、ステーションに問い合せているところだ。」
 回答は、予定の時刻を三分ほど回ったところでやっと届いたが、結局、出航許可は下りず、船長のエルノクに対して出頭命令が出された。
「遅かったか。」
「どうする?」
 船をいつでも出航できるように、計器を調整しながらゲオルゴスが聞いた。
「こいつは任意出頭なんかじゃないんだ。評議会の名において命令がだされてるってことは。どうやら予感があたったようだな。イアンの忠告も生かせなかった。」
 少し考え直してから、エルノクはゲオルゴスに指示を与えた。
「すぐ出航できるように待機してろ。俺はヤレーに会いにいく。」
「今更?」
「もしかしたら、万が一が……」
「え?」
「いや。あとは頼んだぞ。」

6・GEMINA

 ヤレーはメインブリッジ上部の、ヤレーの部屋と呼ばれる管制室となりの小部屋にいる。そこまでは専用通路を使わなければならなかった。何しろこのメインポートとメインブリッジはまるで正反対にあって、十ミーリアも離れているから、普通のエレベーターを使ったら一時間以上もかかってしまうのだ。専用通路のエレベーターは、ステーションのほぼ全体にかかっている重力も含めて、最大一・二Gの加速で数分で到達できる。一般用エレベーターは停止回数が多いうえに、直通で最上階まではいけなかった。ヤレーが手配しておいたのか、エレベーターはメインポートまで降りてきていた。
 人払いをしていたらしく、それほど広くない部屋に、ヤレーとドレスを着けたままのユーと、データーゴーグルの男クセノスだけが待っていた。
 エルノクはわざと肩をいからせて見せながら、ヤレーにつっかかった。
「俺は急いでいたんだ。なぜ許可をださないんだ。」
 ヤレーは黙って双眼鏡をエルノクに渡して、窓の外に見える巨大な放熱板のそばの船影を指差した。エルノクはそれをもぎ取るようにして受け取ると、その方向をのぞいてみた。
 そこには、中型巡洋艦隊が漂っていた。
「正面に見えるのは、ガンプ級--ターガスだ。数分ほど前に百ミーリアの距離にウォープアウトしてきた。」
 エルノクは双眼鏡のゲージを調整して仰天した。
「百ミッレ・パッスーム? 条約違反じゃないか。なんでまた?」
 ヤレーはディスプレイに向かいながらいらだたしそうに答えた。
「それをこれから確認するのだ。
 それにもうひとつ。」
 ヤレーはエルノクを反対側の窓のところに連れていった。
 そこにはほとんど芥子粒のような艦隊が見えた。
「クラスまではわからないが、明らかにロザ帝国のものだ。条約に定められた距離を保っているからこちらから手出しはできんが、包囲網を展開しようとしている。」
 ターガス艦隊との回線はすぐにつながったが、向こうは映像を送ってこなかった。
「こちらは自由商組合長ヤレーだ。貴艦隊は第四種通常接近距離を犯している。ただちに所属を明らかにし、すみやかに撤収することを要請する。我々は条約第十三条を適用する用意ができている。」
 無表情な声による返答が、間髪を入れずに返ってきた。
「本艦隊は、ターガス王国第十九連合艦隊所属、ユリアヌス艦隊だ。条約補則第六十九条にもとづき、貴ステーションの調査許可を乞う。ご協力願いたい。」
「何条約だって?」
 クセノスが後の方でつぶやいた。
「イェレミー条約です。」その隣でユーが小さな声で答えた。
「組合が王国に対して結んだ安全保障条約で、組合の船籍をもつ船、もしくはステーションはこの条約によって軍に対して保護されているのです。当然、イプシロンに対しても同様の条約を結んでいるのですが。」
「補則というのは?」
「こうした条約の特色として、軍が『特殊任務』で行動しているときには、ウォープによる近距離接近の限界の緩和や、船やステーションの調査の権利が特例的に認められるのです。実際に適用されることはまれですけどね。」
 ヤレーは二人のやりとりにかまわず通信を続けた。
「調査内容は非公開かね。」
「いや……、いいだろう。我々はとある人物を追跡している。」
 おいでなすったな。ヤレーは軽く顔をしかめた。
「我々に用のあるのはその人物だけだ。他の乗客には迷惑を掛けないということを約束しよう。」
『どう思うかね?』
 ヤレーはヴェガアールの高速言語でユーとエルノクにきいた。通信回路はこの音声だけを自動的にカットするし、画面を通しては読唇術がきかないよう作られているから、艦隊にその内容が伝わる心配はなかった。
『約束したって、結果的には迷惑を掛けることになるって知ってるくせに。』
 ユーが同じことばで返した。
『でも、彼らは結果として起こることを予測しながら、あえて行動に出たのかも知れませんよ。』
「きみたちの言うところの人物とは誰のことなのかね。」
 ヤレーはターガスの通信からほとんど間を空けないで続けた。しばらく沈黙したあとで返答が返ってきた。
「実は、具体的な名前の方はわかっていないのだ。」
『どこまで計算しているやら。』ヤレーは高速言語でつぶやいた。
「ヤーヴェイの中で、私に知られる事無く行動することは、きみたちのためにならないということを警告しておく。事実きみたちの諜報員は、このステーションに関するデータを何一つ得られていないではないか。」
 これはある意味では真実だったが、ある意味では嘘だった。完全に人の口に蓋をすることのできる権力はないし、コンピュータ同士を超光速波回線で結んだネット内では、情報はあっというまに広まる。しかし、虚偽の情報で真実を隠蔽することはできる。
「しかし、逆に私がきみたちの調査の手助けもできるということをお忘れなく。」
「よかろう。」
 声はぞんざいに答えた。
「二週間以内にソラリス星系をでて、その後一週間以内にビオスの税関を通過した人物が数名、貴ステーションに立ち寄ったことが確認されている。もし、彼らがまだそちらに滞在中であるならば、彼らの身柄を保護させてもらいたい。」
「わかった。しばらく待ちたまえ。」
 ヤレーは通信を切ってふりかえった。
「これが私がロンギウスクルスの出航を認めなかった理由だ。」
 ヤレーが低い声で言った。
「それだけでない、ここに集まった四人と、きみのところのゲオルゴスのみがいま連中の言った条件に当てはまっている。」
「それで?」
「無論私は可能な限り罪のない逗留者の安全を保障するつもりだ。彼らにきみたちを渡す意志はない。」
「そりゃそうだろう。自分もそのリストに名をつらねているんだからな。それで、どうするつもりなんだ?」
 エルノクは、ヤレーがヤーヴェイを離れてビオスにむかったのみならず、ソラリス星系にまで行っていたことに意外性を感じながらも、こう尋ねた。
「きみたちがもう、すでに出航したことにして、私が時間稼ぎをする。」
「冗談じゃない。」
 クセノスが興奮した声で叫んだ。
「連中は二週間もかけて調べ続けてきたんですぞ! 考えてもみなさい、普通それだけの時間があったら、容疑者を絞ることなんて到底不可能だのに、彼らはそれをやったのだ。そんな連中をいつまで誤魔化しつづけられるって言うのだね!」
 最後の方はクセノスの国のことばになってしまい、エルノクには聞き取ることができなかった。ユーがクセノスを制して言った。
「そう長い間誤魔化し続けるわけではないのですよ。キアサ王関係のことなら、彼らが狙っているのは時間稼ぎでしょう。」
 単純にいってくれたものだったが、エルノクはそう簡単にいくものかなと思った。クセノスは今度はユーに矛先をかえた。
「私にはどうしてもここを早くたたなければならない理由があるんだ。あなたたちが引き止めたりしなければ……」
「もっと早く密入国できていたのに?」
 ユーが後をつぎ、クセノスは息をのんだ。密入国? 帝国へか?
「だとしても、どうやってここから抜け出すつもりなんですか。」
 ユーは必死になってクセノスを止めようとしたが、それはかえって火に油を注いだ。
「ヤレーさん。
 王国の兵力がほとんどこの調査に向けられていると考えてもいいはずだ。いまならヤーヴェイにある武装だけでも艦隊を振り切ることができる。」
「そして、王国は自由商への報復をはじめる。今では自由商はそう簡単につぶしのきかない連中の集まりとなっているから、争いは長引く。王国の兵力が分断されたところを狙って、帝国が宣戦布告する。銀河は二大勢力の全面戦争に突入して、勝者のない果てしない戦いが始まる……。
 そんなふうにして歴史をおわらすわけにはいかん! きみがどんな用をかかえているかは知らんが、頭を冷やすんだ。
 第一、今の我々に勝ち目はないのだ。
 商船に積んである武装だけでは、小回りのきく艦載艇の餌食になるだけだ。それに、我々を包囲しているのは王国だけでなく、帝国の艦隊もいるのだ。」
 ヤレーはクセノスの肩をつかんだが、彼はそれを振り払った。
「強行突破というのもどうかと思うが。」
 エルノクが口を挟んだ。
「俺だって急いでるんだ。戦争云々よりも、俺は商談の方が大切なもんでね。」
 ユーはエルノクを真っすぐににらんだ。
「これは決定事項です。艦隊がたち去るまでは、ヤーヴェイからは一隻も出航することは許されません。」
 エルノクは一瞬その迫力にたじろいたが、このことばにかっとなった。
「あんた何様のつもりなんだ? どういう権限で俺たちを拘束しようってんだ。」
 ユーはため息をついてちらっとヤレーの方をみた。彼は肩をすくめてうなずいた。
「これは隠しておくつもりだったんだけど、この際仕方ないわね。私は正式にはイッテリオ・ヴィルト・
・ヤ・イプシロニアといいます。」
「だからどう……あっ!」
 エルノクは唐突にイアンの残した捨て台詞を思い出した。あの、伝説の大長老の名とともに。
「そんな、……まさか、娘かなにかじゃぁ……」
 ユーは寂しげなほほ笑みを浮かべた。
「いいえ。あなたの思った通りよ。私は、ヤレーたちと一緒に自由商組合を作り上げた者のひとりです。私は見かけよりもずっと歳とってるのよ。」
 エルノクはのどの奥から流れる空気が、うなり声をあげていることに気付いてはっとした。
「だ、だが、だからといって、あんたが俺たちに命令するいわれはないはずだろ。」
「なぜ大長老がヤーヴェイに集まったんだと思うの? 評議会命令は伊達じゃないのよ。」
 疑問がすべて氷解したわけではない。だが連中がある程度情報を入手していて、時間稼ぎのために動きだしたというのは確からしい。何が真実かはわからない。しかし、彼らにとっては、たしかに時間稼ぎする意義はあるというわけか。
「エルノク、頼むから言うことをきいてくれないか。」
 ヤレーも説得に加わった。
「ここでへたに動くことはきみたちの利益にもならんぞ。」
 エルノクは口をつぐんで考えをまとめようとした。クセノスは反論の糸口を見いだそうと肩を震わせた。ユーとヤレーはそんな二人を黙って見守った。
 沈黙は電話の呼び出し音で破られた。ヤレーはデスクのうえの受話器をとった。ヤレーは大きく息を飲み込み、ただならぬ雰囲気にみんなはヤレーの方をみた。
「ヤーヴェイのコンピュータのひとつをクラックした馬鹿者がいた。ヤーヴェイの対艦粒子砲ひとつが占拠されたのだ。」
「何のためにそんなことを。」
「ここに来ているのは自由商だけではないということだよ! おそらく軍に追われているものの仕業だろう。」
 ヤレーは窓の外を双眼鏡で覗いて舌打ちした。エルノクも窓の外を見たが、光点がひとつ、やけにはっきりと光ったところだった。するとすでに……。
「そう、粒子砲はすでに発射されたあとのようだ。」
 反動は重力転換で吸収されてしまうし、真空中のビーム弾道は、肉眼ではほとんど確認できないから、発射に気付かなかったのは無理もない。
 足の底の方から低いうなり声が聞こえてきた。うなりは次第に周波数を変え、ついにはかすかに響く甲高い叫びに取って代られた。ヤーヴェイのメインブロック奥の、超巨大重力転換装置が最大出力に達したのだ。
 超太古の伝説の英雄 ユロード ユロードゥス グラーブ グラウィウスエローニカヘロイクスによって発明されたといわれているこの重力転換装置だったが、その不思議な能力のひとつに、高エネルギーの粒子の軌道を曲げてしまうという作用があった。普通は有害な宇宙線から身を守るのに使われているこの作用も、ある程度の出力を出せるほどのシステムがあれば、場の特性を調節することによって、粒子ビームの軌道すら曲げることができるようになる。(複雑な計算が必要となるが。)重力転換装置をこのように使用していることがヤーヴェイの特徴でもあった。
 その重力転換装置が出力を上げたということは、彼らのおかれた状況を如実に物語っていた。クセノスはここぞとばかりに大声で宣言した。
「いまこそ、武装している船を展開させてあの艦隊を突破するときだ!」
 ヤレーはうつむいたまま、低い声でつぶやいた。
「もはやこれまでか……」
 ユーは? エルノクはモニターの前でコンソールを操作している彼女を見いだした。彼女が振り返ったとき、そこにいたのはもはやユーでなく、やさしかった瞳は鋭さを見せ、表情は一段引き締まって見えた。鋭角的な動作を生み出すその体は、気のせいか一回り大きくなったような感じがする。この雰囲気はむしろ……
「ユウ・テルライ!」
 ユウはエルノクに、一瞬ふっと笑みを見せた。
「オレがおとりになって時間を稼ぐ。いいかヤレー、ヤーヴェイの粒子ビーム砲を占拠したのはテラのユウだ。おあつらえ向きにユウ・テルライの名もリストにのっている、動機は十分だろ?」
 ユウはヤレーにウィンクしてみせた。
「ユウ・テルライは逮捕されそうになって、エアでヤーヴェイを脱出した。ちょいとポートを傷付けちまうかもしれないけど、損害はあとで請求してくれ。」
 ヤレーはユウに抗議しかけたが、それよりいいアイディアがとっさには浮かばず口を閉じた。
「わかった。エアが出たところで軍と連絡を取る。」
 それを聞くと愚図愚図することなく、先程までユーだった少女は、部屋を出て走り去った。
「一体何なんだ?」
 エルノクはそう叫んで、彼女を追った。
「賊はとらえたか? ようしすぐぶちこんどけ。この件について口外一切無用。賊はテラのユウだ。いいな。」
 クセノスは自分があわてていたことも忘れて、電話口で怒鳴っていたヤレーに尋ねた。
「彼女は一体……」
 ヤレーは受話器を置いて息をついた。
「容器は同じでも中身は別、ということなんだよ。」
「?」
「私もよくは知らないのだが、彼女はひとつの肉体に、まるっきり別の人格が宿っているのだそうだ。」
「とすると、二重人格か何か?」
「いや、私が聞いたかぎりでは、あれはもともと別の人間だったものなのだ。そういうのは二重人格とは違う。」
「……」
「それと、話は変わるが、私だったらもうわざわざ帝国に行こうなどとは思わんな。」
 クセノスははっとしてヤレーを見た。
「なんで、きみが情報を手に入れられたと思っているのかね。せっかくユウが追い詰められたスパイの役を引き受けてくれたんだ。タイムリミットももうすぐなことだし。それとも、任務に失敗した償いをする方がいいのかね。」
 クセノスはヤレーの顔をじっとしばらく見つめていたが、やがて黙って部屋を出ていった。ヤレーは何も言わずそれを見送った。
 願わくば、自由商組合の命運がまだつきていないことを。

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