7・EA NETA
エルノクは高速エレベーターの手前でユウに追い付いたが、そこで思わず足を止めて吹き出してしまった。さっきまでとても似合っていた簡素なドレスが、今やとても滑稽なもののように映ったからだ。
「いつまで笑ってるんだよ。」
エルノクが何に笑っているのかようやっと気付いて、ユウは赤面した。
「なんであんたがロンギウスクルスをつけてきたのか、ようやっとわかったよ。」
ユウにつづいてエレベータにすべりこみながら、エルノクは話題をそらした。ユウは顔を赤らめながらそっぽをむいた。
「あんたとヤレーは、俺とクセノスをそれぞれ監視していたんだろ。そうでもなければヤレーがソラリス星系にまで足を伸ばすもんかい。大長老直々に監視してもらえるとは光栄なこったね。」
「思うに、あんたの方ははずれだったようだがね。」
「どうして?」
「勘だよ。オレの勘はよく当たるんだ。」
ユウは横目でエルノクの方を見た。
「へえぇ。それにしてもあんた、大長老ともあろうものがこんなことしてもいいのかい。自由商の権利剥脱だぜ。」
「そいつはこっちの言いたいことだぜ。おまえ、復業するつもりなのかい? いや、今まで隠れてやっていたことをおおぴらにするだけか?」
ユウはにやりと笑ってみせた。エルノクはイアンのにやにや笑いを思い出した。いまいましい。情報屋か。ヤレーがしゃべるわけない。
「言っとくけど、オレのことを心配する必要はないんだぜ。おまえはなんで大長老のほとんどがおおっぴらに外に出ないか、疑問に思ったことないか?」
パーティーからこのかたずっと頭に引っ掛かっていたことを突然持ち出され、エルノクは口ごもった。
「二十年ぐらい前に王国を騒がした自由商崩れの海賊、レムヌスのことを覚えているかい?」
「いいや?」
その頃は宮廷にいたし……
「それじゃあ、ビアトリサは? キーミカは?」
エルノクは首を振った。
「何にも知らないんだな。キーミカはヨアキムの卑称だし、ビアトリサ・メニドクはシロエ・キョウの本名なんだぜ。二人とも両文明から指名手配されている身だ。おまけに、レムヌスはジョシュアの通り名だった。」
「なんだって?」
「自由商組合のような組織を動かしていくにはきれいごとだけじゃすまないんだよ。
ユウ・テルライは大長老じゃないし、これからも大長老にはならないけどね。」
エルノクは混乱しつつ、苦し紛れに反撃した。
「とか言いつつ、本当は後悔しているんじゃないのか?」
ユウはきっとエルノクをにらんだ。
「いまはそんなことしている余裕は、ないね。」
エルノクは呆気にとられてユウを見たが、すぐ吹き出した。
「そうやってるところは十分可愛いんだけどなぁ。」
「冗談じゃない!」
ユウが顔を真っ赤にして食ってかかってきた。
「ユーにならともかく、オレのことを可愛いとか形容するな! 身の毛がよだつ。」
エレベーターは停止し、ユウは顔を伏せたまま無言でそこを飛びだし、苦笑しながらエルノクもあわててあとを追った。
出国ゲートにはすでにヤレーの命令が届いていたらしく、二人はすんなりと通過することができた。ユウは腰に付けた携帯用の重力転換装置を素早く調節し、ドレスの裾をまくり上げると、メインポートに平行して走る緊急用の縦穴に飛び込んだ。手慣れた動作でめざす支柱をつかんでユウは床におりたち、エルノクがすぐにそれにつづいた。
ユウは船と連絡している気密通路に飛び込んだ。エルノクも人ひとりがやっと通れるほどの広さしかない、その通路が閉まる寸前に飛び込んだが、その時にはユウはもう通路の向こう側に着いていた。
「なんて足の速い女だ。」
エアロックが開くと、向こうは岩石状の壁がふさいでいた。扉はおろかスイッチの類ひとつ見当らない。しかし、ユウが特に何かしたわけでもないのに壁に穴が広がり、気密通路の出口とぴったり重なった。
「どうした、そのまま真空中に放り出されたいか?」
呆然としていたエルノクに気付いて、ユウは声をかけた。
「え? あ、いや。」
自分でもわけのわからない受け答えをしながら、エルノクは思い出したようにユウのあとにつづいた。
そこはかたい岩石の殻をもつ生物の胎内のようだった。彼らはうすい緑がかった、巨大な臓器の内部にいるようだった。モザイクの模様のある柱が何本か立っている。エルノクが後をふりかえると、入り口はいつのまにか閉じてなくなっていた。
壁は色々なトーンのグリーンをしていて、壁を通してくるような淡い白色光に、部屋のなかはかなり明るく照らされていた。
エルノクはユウの方をみて、危うく腰を抜かしかけた。足元から床がゴムのようにのびて彼女の体をおおい、すぐもとに戻ったが、ユウはもはやドレスはまとってはおらず、エルノクと最初に出会ったときと同じの、オレンジ色の厚ぼったいジャケット姿になっていた。ユウがヘアバンドを荒っぽくはずして軽く頭を振ると、長い金色の髪がふわりと肩にかかった。彼女は口の紅を袖で拭いながら、壁にむかって声をかけた。
「エア、緊急発進だ。」
「あれ、そのおまけは?」
反対側の壁が『開い』て、中からユーにそっくりの、しかしもっと幼い少女があらわれ、エルノクを指差した。
「無駄口たたくなよ。」
「このポートの足、はずすの面倒なんだけどな。」
「ヤレーには言ってある。少しぐらいぶっこわしたってかまわない。」
「いま発進したよ。」
壁の一部が形を変えて、見やすい位置にさまざまな角度を映しだすモニターがあらわらた。信じられないような速度で遠ざかるヤーヴェイに、エルノクは鳩尾の辺りが冷えるのを感じた。
「ユウ、とにかく何が起こっているのか教えてよ。」
「いいけど、どれくらいかかる?」
「データ交換に三マイクロセコンド。もうおわったよ。」
よく見るとあとからあらわれた少女は十二、三才ぐらいに見えた。もちろん見かけどおりの年令ではなかろうが……。
「まったく、だから厄介ごとにかかわるのはやめた方がいいっていったのに。」
「ユーは……、オレにはこの戦争の責任があるからな。」
「これだから人間ってのは。ユウがいま動いたって何も得るところないって言うのに。」
幼女は、緑がかったクリーム色のとっくりのセーターに、ブルーのジーンズという時代錯誤でラフな格好をしていた。ユウが腰掛けたのを確認すると、娘はエルノクのそばまで来て彼を見上げた。
「つっ立っていないで座れば。別に食いつきゃしないよ、その椅子。」
彼女の小生意気な口調に苦笑しながらも、床が盛り上がってできた椅子に試しにちょっと腰掛けてみたが、それは彼を包み込み、まるであつらえたかのように体にぴったりときた。
彼はいつのまにか、最初に感じた部屋の不快感がどこかに消えてしまっていたことに気付いた。
エルノクはモニターに目を戻した。エアはヤーヴェイを軽く一周してから、艦隊目掛けて突入しはじめたところだった。
巡洋艦に守られた空母から大量の艦載艇が発進し、エアの周囲に展開し始めた。
「おい、このままつっこむつもりかよ。ブリッジか何かに移動しなくてもいいのか?」
「いまいるのがそうだ。エアには定まったコントロールルームはない。」
しかし、そもそもこの船は武装しているのだろうか。重力転換はこのクラスにしては異常に大きく、ちょっとしたステーション並みだから、ビーム兵器に関しては平気だろうが、爆発物やそのほかの兵器に対してはどうなんだろう。もしかしたらとんでもない自殺行為に付き合っているだけなのかもしれないと思い至り、エルノクの背筋に冷たいものが走った。
そんな彼の気持ちを知ってか知らずか、ユウは淡々とした様子で話し掛けてきた。
「エルノク、さっきの話だが……」
「あん?」
「オレは十分後悔しているよ、いまね。」
エルノクは仰天して椅子を立った。
「?
何驚いてるんだ。」
「やっぱり、艦隊相手に船一隻でつっこもうってのは、無茶だと思ったんだ!」
「何言ってるんだ。王国がディスラプターでも持ち出さないかぎり平気だよ。」
エアがユウの後からじゃれつきながら、それに対してすねた声をだした。
「失礼ね。今のテクノロジー程度じゃ、いっくら 次元破壊砲 なんか持ち出したりしても無駄よ、無駄。」
冗談じゃない。空間を破壊するディスラプターは、スーパーノヴァよりも剣呑だといわれてるのに。
「その娘、何もんだ?」
少女はユウの膝のうえからエルノクに微笑んだ。
「あたしはエア。この船よ。」
ユウはエアの髪をなぜつけながら、今のやりとりがまるでなかったかのように、ぼんやりとしていた。
「話を戻すけどね、オレは調子にのって自由商の組合なんて作ってしまったことに後悔してるのさ。このからだが思春期で成長が止まったままだってこと知ってるからね。歳を取らないうえに大長老だ。ずっと一緒にいればそれも目立つだろうからと、この船には仲間は乗せない。エアはユーの人格のコピーにすぎないから、いわばオレの一部にすぎない。大長老ともたまにしか会わない。心から打ち解けることもない。」
エルノクはイライラしながら思った。なんでこんな時にそんな話をはじめるんだ。
「何なら行動しつづければいいだろ。そんなこと忘れるくらい。」
エルノクは言いながらはっとした。ユウもさっきそれと同じようなことを言いたかったのでは。
「組合の枠にとらわれることはないだろ。俺たちは銀河系のほんの一部しか知らないんだから、世の中まだ不思議なことを受け入れる余地はあるはずだ。」
エルノクはユウがきょとっとしてみてるのに気付いて、あわてて咳払いした。
「ともかく、艦隊の相手の方が大事だろ。打つ手はあるのか?」
ユウはふっと笑ってモニターを指した。王国軍艦載艇はふらふら漂っているだけで、ときどき艇同志で衝突すらしていた。
「エアの魔法で重力転換場を操作して、エンジン内の疑似重力場を開放してやったんだ。コンデンサーが反動を吸収するから、爆発は起きない。粒子ビームも、粒子加速に重力転換を使っているから働かない。エアは連中の間を縫って飛ぶだけでいい。」
「そんな便利なものがあるなら、なんで飛び出す前にやらなかったんだ!」
エアはまるで猫のようにユウにじゃれついていたが、エルノクを軽蔑の眼差しで見た。
「ば〜か。あんた魔法のことなんも知らないでしょ。魔法ってものにはね、相似の法則ってものがあって、下手やると同じ構造を持っている対象全部が影響受けちゃうの! ヤーヴェイ止めてもいいってなら別だけど。ところで、」
エアはエルノクをにらみつけた。
「あんたの船が出てきたみたいよ。これでこの方法は使えなくなったわ。」
エルノクはヤレーの部屋を出てすぐにゲオルゴスに指示をだしていたのだが、出港に少し手間取ったのと、加速性能のあまりにもの差に、エアから大きく遅れをとっていたのだった。
「そいつは大丈夫だよ。」
エルノクは請け合った。
「どうせ敵さんには航行不能になった理由はわからないんだ。エアを飛ばし続ければ、向こうも手はだせない。」
「でも、あんたの船が近付いてきたら、魔法を無効にしなければならないわ。」
「いや、俺にいい考えがある。」
エアの魔法が無効にされるとすぐに、艦隊はエアに集中攻撃をかけたが、エアはそれらを簡単にしのいで、追い付いてきたロンギウスクルスと併航した。エアの殻が少し口を開け、貝の足のようなものがのびてきてロンギウスクルスを固定した。たちまち強力な重力転換場が両船を包んだ。
「この船の重力転換はどの程度まで展開できる?」
「?
どういう意味?」
エルノクはエアに説明した。
「艦隊ごと重力転換場でからめ捕って、向こうの方に移動できないだろうか?」
「向こうって、あの、帝国の?」
エルノクはうなずいた。
「できるだけ急速に帝国軍艦隊の真ん中に王国の艦隊を移動できればこちらの勝ちだ。」
「わかった。それくらいのことなら簡単だよ。」
エアはまだ事態をよく把握し切れていないユウにかまわず、その強力な重力転換場を艦隊全体に展開し、空母と艦載艇をひとまとめにしてしまった。
次の瞬間、あまりにもの加速度のために艦隊は消滅してしまったように見えた。
そして気がつくと王国艦隊は帝国艦隊のど真ん中に浮かんでいた。
どちらが先に発砲したのかはわからない。
しかし、気がつくと空母や巡洋艦同士は艦載艇を迎撃するための対空砲火で、互いを攻撃していた。
こうして、宇宙史上初めての艦隊戦が始まった。
それは大混戦であった。何せ三次元的に展開する敵艦を乏しい火器でめくらめっぽうに攻撃しようとしていたのだ。戦術も何もそこにはなかった。ただただ、敵をせん滅しようというめくらめっぽうの攻撃しかなかった。
エルノクはあまりにも自分の作戦がうまくいったことに呆然としていた。
エアはあたりの混乱した通信の回線の一部を開いた。その中に混じって流れ弾に抗議するヤレーの怒号も聞こえていた。
「さ、さすがに何か止める方法を考えた方がよさそうだな。」
「あ、でもその必要もなくなったみたいよ。」
エアがにっと笑っていった。
「ターガス国営放送でおもしろいこと言ってた。」
モニターのひとつが切り変わって、いま録画されたばかりの映像を再生しはじめた。
『主暦七千六百八十七年十一月四日、ターガス王国第三代国王キアサ・イワヌス・ターガス陛下が崩御されたことが、本日正式に発表となりました。次期国王として、亡き陛下の妹君にあらせられるオルミティア・マリア・ポスタ・ターガ殿下が、メイア大后陛下の喪の明ける本日、午後より戴冠式をとり行なわれる御予定にあります。オルミティア殿下は………』
エルノクとユウは顔を見合わせた。一番やっかいなことは終わったのだ。
8・ANDROGYNUS ANIMAE
艦隊は戦う意味を失っていたが、一度火のついた戦闘は止みそうになかった。
エアはこの激しい戦闘の真ん中で奇跡的になんの損傷も受けていなかった。種明かしをすれば、ヤーヴェイがやっていたのと同じ方法で戦火をしのいでいたのだ。
エアは艦隊の間を縫って、少しづつ艦隊をヤーヴェイから離れる方向に誘導していった。
そしてころ合いを見計らってその重力転換装置を最大出力で起動した。
その急な加速のため、艦隊はエアの船影を捕捉することすらできなかった。
エルノクは立ち上がって言った。
「ユウ、あんたはやっぱり仲間を作るべきなんじゃないのかな。たとえば、他の種族なんてどうだ。連中なら妙な偏見に悩まされずにすむだろ。せいぜい、俺たちに連中が感じるのと同程度の偏見ですむはずさ。そうじゃなくたって……、人類のなかにもそんなこと気にしない奴だっているはずだぜ。」
エルノクは少し顔を赤くしながら付け加えた。
「俺みたいにな。」
ユウは一瞬呆気にとられたような顔をしたが、ふっと笑いながら小さな声で言った。
「ありがと。」
ユウも立ち上がってエルノクを送ろうとしたが、エアが彼女の肩を押さえてまた座らせた。
「いいから、ユウは休んでて。エルノクはあたしが送るから。」
「あ? ああ。」
エアはユウの唇に軽くキスをした。それをみて、エルノクの眉がぴくんとあがった。
「それじゃあ、な。」
エルノクは名残惜しそうにユウを見た。ユウは彼にもとのきっとした表情を作ってみせうなずいてみせた。
部屋から出ると細長い通路がのびていた。床は動いていないのに、彼は足を動かして進む必要はなかった。エアは思い出したようにくすくす笑いながら彼をふりかえった。
「あんた、ユウに惚れたでしょ。」
「さて、何のことかな。」
エアはなおもくすくす笑っていた。
「それはともかく、とりあえずユウを元気づけるようなこと言ってくれてありがと。あの娘ときどきああなっちゃってね。これからも縁があったらユウの『友達』でいてね。」
「友達だぁ?」
「あ、ユウは女の子のかっこしてるけど、ほんとは男なの。」
エルノクは眉を顰めた。
「勘違いしないでね。ユウは男だけど、ユーは正真正銘の女の子だよ。
ユウはユーのなかで生きていて自我と記憶のかなりを共有しているし、女性の内分泌系の影響もうけているからちょっと女っぽくなっちゃってるのね。本人はそれで悩んでて、自分のアイデンティティを守るために突っ張ってみせてるんだ。」
エルノクはますますわけがわからんという顔をしてみせた。
「だったら、なんで男に戻らないんだ?」
「それはユウが自分から望んであの体を手に入れたからじゃないからなの。あくまで、ユウはユーの体を借りているんであって、それを勝手に男にするってことは、借り主に対して失礼だと思わない? そーゆーとこはけじめつけんの、あの娘は。だから、」
エアはエルノクを見上げながら、急に真面目な顔をしてみせた。
「あなたがいくらユウに惚れても、あなたが生きているうちにはユウと一緒にはなれないと思うの。まだ女性としての自分を受け入れる用意がユウにはできていないから。無理をすれば正気を保ってられるかどうかだってわからないわ。いまだって半分正気じゃないもん。」
エアはくすくす笑って付け加えた。
「だって、ここではみんな正気じゃないんだもの。あなたもそう。あたしもそう。」
「どうして正気じゃないなんて?」
「そうでなければここにこなかった。」
「なんだって?」
「んふっ、なんでもないわ。」
エアはきゃらきゃらと笑ってみせた。
「とは言っても、またおまえらに会えるとは限らないだろ。なんて言っても、自由商のほとんどが顔を知らないような御仁だ。」
「あなたがエアに乗らなかったらそうだったでしょうね。でも、もう無限不可能性フィールドがあなたをとらえたはずだよ。」
エルノクは肩をすくめてみせた。よくはわからないが、要するにまたユウと会えるチャンスがあるってことか。
壁のひとつが広がって、ロンギウスクルスのエアロックのドアがあらわれた。
「最後に忠告しとくけどね、さっきの話はあたしとあなたの間の秘密よ。もちろんユウにもユーにもね。でもそれ以外のことなら、情報屋にいってもいいよ。外見とかね。エアの秘密を生かせる存在はいまはいないから。」
エアの入り口は再び閉まり、エルノクはエアロックから船がゆっくりと離れていくのを感じていた。
9・CONJURATIO
「まったく、厄介なことになったものだ。」
「うむ。しかしヤーヴェイのコンピュータをクラックした者の追及がこの集まりの目的ではない。」
照明をおさえた小部屋の円卓に、四、五人の人物がついていた。
「左様。今回の事件であの男に関する我々の計画は遅延を余儀なくされた。」
「いや、必ずしもそうとは言い切れないのではないか。あの時の彼の行動は今まで見れなかった積極的なものだ。」
「しかし、その行動が彼の立場を変えてしまったのだぞ。」
「あの時は他に選択の余地は無かったのかね、ユー?」
皆の目が円卓の一角の少女に注がれた。
「あの場であの行動が最上の物だったとは言いません。しかし、より良きものだったことは確かです。あの男の行動さえなければ、長老会の計画に影響を与えずに済んだはずでした。
しかし、今回の行動の中で、我々は情報屋を甘く見すぎていたのではないでしょうか?
タイミングも悪かったでしょう。あの男に関する計画とキアサ王の崩御隠蔽工作を同時に実施しようとしたことに、かなりの無理があったと考えるべきでしょう。情報屋は我々の行動から我々の行動目的を知ることができたのでは。だとすれば、我々は情報屋ギルドの手の中で踊らされているだけなのかもしれません。」
「全ては推測に過ぎん。我々はギルドが何を意図して駒を動かしているのかさえわからないのだ。」
つかの間の沈黙が一同を覆った。
この問題は今までも何回も出てきた話題であり、そう簡単に解決の着くものでもなかった。
リーダー格の人物が沈黙を破った。
「あの男の処遇に話を戻すとしよう。」
「私に提案がある。」
全員がそのやせぎすの男に注目した。
「あの男に試練を与えてはいかがなものだろうか。『資格』を与えるための試練を。」
男はにやりとわらって続けた。
「あの石を使うのだ。」
「しかし、それでは試練として生ぬるいのではないかね?」
男はにやにや笑いを続けながら答えた。
「もちろんそれだけではそうだろう。しかし、あの男は懐に大きな爆弾を抱えているのだ。その爆弾は彼の懐に抱かれているうちは安全な代物なのだが、一度そこを飛び出せば持ち主に害を及ぼさずにいられないのだ。
ユー?」
「はい。」
「あの男から爆弾を引き離す手伝いをしてもらえないかね。
それと、彼のもとにあるあの石の保護もお願いする。もう一人のきみならあれを使いこなすことができるだろう。」
男はにやりと笑ってつぶやいた。
「おもしろくなってきそうだな。
陰 謀 こ そ 我 が 人 生 だ 。」
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