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ソル・オ・テラ/ヤーヴェイ

21・GIGAS

Vincent Ohmor / 白田英雄訳

 アララト星系第三惑星  若 者  マラジェーツがユウの禁呪によって崩壊してしまったため、建造中のステーション、ロンギウスクルスはすぐ外側の惑星 長 老 スターレツを周回する軌道に移っていた。マラジェーツは濃い炭酸ガスの大気に囲まれた改造前の惑星だったのに対し、スターレツはまだ未開発とはいえ、人類にとって呼吸可能な大気をもつ水の惑星だった。
 そもそも、エルノクはこのスターレツの方にロンギウスクルスをおくつもりだったのだが、それにユウが反対したためにマラジェーツの開発を始めたわけだから、計画が元に戻ったといったほうが正しいかもしれない。自由商の交易ステーションは、このような人類の生存可能な惑星を回る軌道にあったほうが都合がいいのだ。しかも、人類が手を加えなくてもそのままで使える惑星は貴重だ。
 スターレツには現在大きな都市はひとつしかない。入植がはじまって間もないのだ。しかしあと何十年かすれば、ヤーヴェイの時のヴェガ・アールほどではないにしろ、ロンギウスクルスのおかげでここは一大商業都市になるだろう。
「エル、少し付き合ってもらうぞ。」
 コントロールルームの窓からスターレツを見下ろしていたエルノクに後から声がかかった。
「ユウ! もう体は大丈夫なのか?」
 ユウは黙ってうなずき、エルノクを手招きした。
「どこへ?」
「下だ。」
 ユウは窓の外を指差した。
「それでは、ボートを一隻用意しなければ。」
「その必要はない。エアの『とびうお』でいく。」
 『とびうお』は長さが十七ペースほどのくさび形をした惑星間航行用の小型艇だった。基本的には複座式だが無理すればあとひとりぐらいは乗れるぐらいの余裕があった。さすがにゲオルゴスと一緒にステーションを離れるわけにもいかないので、エルモ・クラーゴ・ペートをつれていくことにした。
 エアが『とびうお』の船体を吐き出した。エア・ネータの太古の超科学の驚異か、『とびうお』はそのコンパクトな船体と裏腹に、両文明がかつてもったことのないほどの重力転換器を乗せていた。しかも質量が小さいから、エアより小回りや急加速がきいた。おかげで、エルノクはそんなに長い間狭い空間に我慢する必要はなかった。組合長とはいえ、エルノクは年配のエルモに席をゆずったのだった。
 小型艇は、スターレツの都市を避けてひとつの集落の近くに降りた。
 こどもがひとり小型艇の着陸をみつけ、家のひとつに走っていった。ユウたちが『とびうお』からでてくる頃には、迎えの人が集まってきていた。
「ようこそエアの村へ。」
 エルモが通訳してくれた村の代表のことばにエルノクは目を剥いてユウの方を見た。しかし、ユウもエルモもただにっこりして村人たちの歓迎を受けているだけだった。
「さあ、こちらへ。最長老がお待ちかねだ。」
 エルノクは村人の間からこちらをうかがっている少女の顔つきが、エアにそっくりなことに気付いてショックを受けた。いや、ただ顔つきや特徴だけを並べたのなら、むしろキャットの方がエアやユーに似ている。その娘は、アンタレスかなにかの血が濃いらしく、髪の色は赤に近い栗色だった。ユウもそれに気付いたのかエルノクに言った。
「あの娘はたぶん、
ユーの血縁だよ。ここの老人はエメルの遺伝子によって生まれた最後の人たちで、住民の大半がその子孫なんだ。」
 太古にイプシロン文明圏の人類は小惑星エメルを中心とする移民団として宇宙を渡っていたという。エメルの遺伝子バンクから、宗教的政治的さまざまな理由により太古の人の『子』が再生されていた。しかし、エメルの周辺でおきたクーデター
のあおりを受けてエメルは破壊され、その遺伝子バンクも運命を共にした。この長老たちはそのエメルの遺伝子の子らだったというのだ。
「あれから調べたんだが、キャットの母親もエメルの遺伝バンクを使っていたんだよ。しかもその提供者までさかのぼって調べてみたんだが、今から五千五百年ほど昔、エメルがテラを離れたときの最初の人達のうち、ハンス・シュレーディンガーとユカリ・シロダまでたどれたんだ。この二人は
の遺伝的な意味での両親でもある。つまり、この点に関するかぎり、ユー・ヴィルトとキャットの母親は兄弟みたいなもんなんだ。キャットがユーに似ているのは当然なのさ。オレもこんなところで昔の知人の名がでてくるとは思わなかったんだけどな。」
「知人?」
「ハンスはオレの知っていた娘の子供である可能性が高いし、ユカリの方は伝説のユロード・グラーヴ・エローニカの孫のひとりなんだ。まさかこうもつごうよく資料が発掘できるとは思ってもいなかったがね。」
 ユウは軽く肩をすくめてみせた。
「『ユロード』は俺の先輩でね。ついでにいうとあの伝説はいい加減もいいところだ。オレの名前までしっかりあったりする。フォ・ア・ユとしてね。……っと、いまのは内緒だよ。」
 エルノクにはユウのことばのどこまでが本当なのかわからなかった。しかし、エルノクが今まで思っていたよりユウに深い過去があることだけは確かのようだった。二人が話しているうちに少女はいつのまにか見えなくなっていた。
 部屋のなかは薄暗く、奥に何人かの人影が見えるだけだった。目が暗やみになれるにしたがって人影がはっきりと見えるようになってきた。
 そのほとんどが老人だったが、真ん中にいたのは、それは身の丈七ペースある巨人で、人ではなかった!
 釣鐘型の頭の上半分には隈取りのような模様が描かれていて、目がぎょろりとした恐ろしい印象を与えた。顔の下半分には口や鼻はみあたらず、模様が並んでいるだけである。服は着ておらず、全身くまなく隈取り模様が描かれている。筒のような上腕の先についているてのひらは蟹の爪のようであった。
 これだけ人間離れしているのにもかかわらず、『彼』の体はなめらかで、その表面は人の肌のような光沢があった。そのせいか、(もしくはエアと同じ魔法のせいかもしれないが)そのグロテスクな姿は恐怖を引き起こすようなたぐいのものには見えなかった。
 ユウは巨人にエルノクの今まで聞いたことのないような、ひどい訛りのあるイプシロン系のことばで話し掛けた。巨人がなにかこたえ、エルモが同じことばでこたえた。巨人はゆっくりエルノクの方を向いて話し掛けてきたが、彼にはまったく理解できなかった。ユウがラテン語で通訳してくれた。
「彼はあんたの名を聞いている。」
 エルノクはユウに軽く礼を言うと、自分の胸を指してラテン語で自己紹介した。
「エルノク・カミマ・ヒノモトゥス、自由商組合の組合長だ。」
「なんと、ことばを話せるなら話せるというがよろしかろう。」
 巨人は妙なアクセントのラテン語でこたえた。(あとでユウに聞いたところによると、それはずっと大昔から使われてきた学術用のラテン語なのだそうだ。ターガスのラテン語はかなりトゥンガール以前のことばの影響で訛っているのだそうだ。)
「ガマだ。最古にして最後のバイライドだ。」
「バイライド、ですか……」
「さよう。人間の頭脳を使っているプロトタイプのな。」
 巨人--ガマの自己紹介に、ユウが補足した。
「三千年ほど前に何体か作られたアンドロイドがバイライドだ。彼はプロトタイプだから人の脳を使っているが、バイライドたちは高度な知性を備え、かなり苛酷な環境にも適応できるように作られていた。彼はもうひとりのバイライド、ドク・グリーネとも
の父親の従兄にあたるんだ。ところで、ドク・グリーネはどうしたんだい。さっきから探していたのだが。それにヴィアやケンは?」
 ガマはうつむいて低い声でいった。
「死んだ。」
 ユウは一瞬茫然としてガマを見つめた。
「……え?」
「死んだんだよ。おまえが我々をここに降ろしてから四年後のことだ。」
 部屋にいた現地人達は、意味はわからないながらガマの悲痛なこえにしんと静まりかえった。
「最初に言いだしたのはヴィルダだった。ケンがそれについていくといい、わたしはグリーネを一緒につれていくようにすすめた。しかし、三人は戻らなかった。あとで組合のかたに調べてもらったのだが、彼らは帝国と王国の戦争に巻き込まれたものらしい。」
 ユウは肩を落としてエルモに聞いた。
「知っていたんだな。」
「知らせないほうがいいと思ったんだよ。」
 ユウはうつむいたままいった。
「確かに、な。」
 エルノクはエルモに小声でたずねた。
「どう言うわけなんだ?」
 エルモの方も声を低くして彼に答えた。
ヴィルダヴィアはユーの妹なんだ。ケン--ケント・ゴルドンは元ユーの婚約者で、ヴィルダの夫だった。ドク・グリーネは、ユーたちの父やガマの従兄弟だ。みんなユーの身内なんだよ。ユウでなくユーのね。」
 いきなりガマはユウの襟元をつかんだ。
「おまえが勝手にでていくからだぞ。一度も顔を見せないで! あまつさえ、今度は残されたユーを傷物にしおってからに!」
 ガマはユウをにらみつけたが、ユウはガマから目をそらそうとはしなかった。しかしエルノクは、ユウの手がきつく握り締められ激情に耐えていることに気付いた。
 先にガマが根負けしてユウを離した。緊張が急に解けたためか、ユウは息が荒くなっている。
「やめよう。もうすんだことだ。それにおまえはできるかぎりのことをしたのだろ?」
 ユウはガマをにらみつけながらうなずいた。
「それより、おまえは何か用があったんじゃないのか?」
 ユウは目を閉じて一度大きく息を吐いた。そしてもう一度目をあけたときにはいつものユウに戻っていた。
「そんな大した用じゃないんだ。さっき聞いた通り、  彼  エルノクがヤレーの後を継いだ。顔見せだよ。」
「長老たちに 長 老 スターレツ参りを伝統とさせるつもりなのか?」
 ユウはふんと息を鳴らした。
「オレはあんたらの自由を確保しときたいだけなのさ。」
「自由? ああ、自由はたっぷりとあるさ。この星の上をいくらでも動き回ることのできるほどの自由がな。」
 ユウはテーブルに手をついた。
「違う。皮肉を言いにきたんじゃないんだ。オレは今までこの星がどの勢力からも独立でいられるようにしてきた。しかし事情が変わってきたんだ。」
「ほお?」
 ユウは胸の傷跡のあたりに手を置いてしばしためらった。
「今回のことがどこに飛び火するかわからない。いやな予感がするんだ。またなにかが起きるような。」
「……」
 ユウは自らその原因に思いいたることはないだろう。しかし、ユウの心の中でなにかが警鐘を鳴らし続けていたのだ。
「自由商の中継地のひとつにしておけば、少なくとも、帝国と王国の脅威はさけられる。本当の脅威が何なのかはわからないんだが……」
 エルモが沈んだ空気を和らげるように明るい声で沈黙を破った。
「いいんだよ、ガマ。前と同じようにふるまってくれればいいんだ。ただ、わたしたちはちょいとここら辺がうるさくなるから、あいさつにきただけなんだよ。」
 エルモは辺りを見回しながら続けた。
「それよりも食事はまだかね。わたしはここの料理が好きでね。いつも楽しみにしているのだが。」
 現地人のなかに食事ということばを聞き取れたものがいたらしい。すぐに食事は用意され、一同席についた。
 このディナーはエルノクにとって生涯忘れられないもののひとつとなった。古代イプシロニア文明の民族衣装をまとった長老たちに囲まれて、オレンジ色のいつものスペース・ジャケットをまとったユウと、現代のイプシロニア式礼服を着たエルモ。黒っぽい衣装を着たエルノクはあまり目立たなかったかもしれない。ガマは白い肌が炎で赤く染まっていて、精霊信仰の 偶 像 トーテムのように見えた。エルノクはガマが手首の奥から出てきた手で器用にナイフとフォークを扱うのに驚いた。ガマは小さく切ったそれらを胸の小さな開口部に入れた。
「ここがバイライドとロボットの違いなのだ、エルノク君。わたしは食事を楽しむことができるのだ。」
 ユウはエアの村の長老たちに請われるがままに武勇談を話している。エルモはそれをそばから見守っていた。ユウのヤーヴェイ事件での騒動話がクライマックスに達した時、エルノクは誰かに肩をたたかれた。
「エルノク君、ちょっと外の空気にあたらんかね。」
 少し酔いの回っていたエルノクは、ふらふらとガマの後について戸外へでた。
 日はいつしかとっぷりと暮れ、清浄な空気を通して、満天が星の輝きに満ちていた。冷たい空気にさらされるにつれ、エルノクの頭も少しずつ冴えが戻ってきた。
「それで?」
「ユウのことだ。私もユウと同じような種類の魔法をいくらかかじっているのだが、あれのまわりに何かよくない運命の気配を感じるんだ。正直にこたえてほしい。」
 ガマは正面からエルノクの目をのぞきこんだ。
「この前のあれ、つまりマラジェーツのことはユウの内的なことに関係があるのではないかね?」
 エルノクは返答に困った。エアに知らされた断片的な知識だけでは、彼には十分な推論を与えるにいたっていなかった。おそらく彼にはガマに話すだけのことはわかっていないのだ。ガマはエルノクを脳の奥まで見透かすように眺めた。
「そうか。しかし、『悪魔』があらわれたのだろ?」
「確かに。」
 ガマは空を見上げた。エルノクはそこにどこか寂しげな様子を感じとっていた。
「きみには想像もできないほど長い間、私は待たなければならないのかもしれない。おそらく『彼』はこの件が完全に解決するまで孤独のからを破ろうとはすまい。」
 ガマはユウのことを確かに『彼』と言った。
「きみはできるだけ『彼』のことを援助してやってほしい。今まで組合がしてきたように。私にできるのはそれだけなんだ。」
「なぜ、ユウを追おうとはなさらないのですか。」
「それが望まれていないからだ。そのことが苦痛を増やしてしまうのなら、私は喜んでこの星にとどまる。私にはそれだけの時間があるから。そうしてヴィルト家の子孫たちを守っていくさ。」
 エルノクはこの時以来スターレツに着陸することもなかったし、ガマに再び会うこともその生涯を通じて二度となかった。しかし、この日の出来事は彼の心の奥底に深く刻み付けられた。
 この時を最後に、ユウは再びエアの村を訪れることはなかった。その時になるまでは。そして、エアの村は組合の長老会たちの手で秘密のままにされた。
 その時になるまで。

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