| TOP Short Novel Long Novel Review Interview Colummn Cartoon BBS Diary |


独・特・の・美・
doru

 名もなき町であった。
 しかし取り立てて美しさにおいては有名な町というわけでもないのに、その町は独特の美を持っていた。
 ゴミ一つ落ちていない舗装された灰色の道、それぞれの窓から洩れる金色の光、銀色に輝く高層ビルの群れ、きらびやかに輝くネオンの輝き、どうすれば美しくみせることができるのかすべて計算づくで考えられた人工の美しさではあったが、そこは美しい町であることには変わりはなかった。

 そして、美しい町を人々が歩く。
 男も女も老いも若きもさまざまな人々が歩く。デザイン、色ともに少しずつ違いはあ

るが、皆、同じようなコートに身を包んでいた。
 通りを歩くものは、虚ろな表情で、白い息を吐き、腰をかがめ、どこにそんなに急いでいく必要があるのか、皆、お互いの間をぶつからないように一定の距離を置いて足早に去っていく。

 どこにでもいそうな平凡な若い男女が人々の群れに混じって歩いていた。
 二人は少し距離を置いていた。
 しかし二人の間ははまったくの他人とは違う、肩が触れあう程度の距離だった。
 辛うじて恋人同士であると推測される距離であった。
 女は今にも降り出しそうな灰色の空を見上げた。
 そして男の横顔を見て、「寒いわ」そう呟いた。
 隣に歩いていた男は立ち止まり、どうしようかと迷うように、その女の顔を見る。
 男は自分に言い聞かせるようにうなづいた。何も言わず、腕を出して自分の方に女を招きいれた。
 「ありがと・・・」女はややぎこちなく身体を強ばらせたものの素直に男の脇に身を

寄せた。
 そして歩き出した。

 二人が歩くところ、人々は振り返り、何か言いたげな、それでいて切ないような何と

もいいようのない表情で見つめる。しかし見るだけだ。何も言わず通りすぎていく。
 女はくすりと笑う。
 「うふ、皆もこうすればいいのに」二人を見つめる人々の視線をわかっているのかどうか女の様子からはわからないが、少なくとも自分を見詰める男の視線を意識しての言葉だった。
 「そうだな・・・・」男は言った。
 「今はこのままでいさせて・・・・」今度は女から男にゆっくりと身体を寄せ、耳元でささやいた。
女を見る男の表情にわずかだが微笑みがもれていた。
そしてまた歩き出した。

 「ねえ、あれを見て」女は歩いていると通りの中心で一際めだつ巨大な飾りを見て指さした。
 男も指さした先を目をやる。
 二人の歩みが止まっていた。
 「綺麗・・・」女はうっとりとそれを眺めた。
 金色の星、風に吹かれて涼しげな音色で鳴り響く銀色の鈴、赤い靴、さまざまな色のモール、その他いろいろな飾り、星のように瞬く何百のイルミネーション、そして飾り付けをした者はこの効果を知っていたのだろう。銀色の高層ビルがそれぞれ鏡のように反射し、幾重にも折り重なって、町そのものが巨大なクリスマスツリーでもあるかのように見せていた。
 「いいものよねえ、例え創られたものでも美しいものはすばらしいわ」女は言った。

 「美しくてもしょせんは虚飾だよ。」男は言った。
 「虚飾でも美しいものは素敵だわ」女は言った。
 「・・・・」黙ってそれ−クリスマスツリーを見詰めている男。
 「ねえ、どうしたの。」男が何も言わないのに気がつき不安げに見る。
 「・・・・」男は何も答えず、男の目は寂しげで、どこか遠くを見ていた。
 仕方なく女は一人でしゃべり続けた。
 「私達昔は楽しかったわね。よくこうしてこの町を二人で歩いていたこともあったわ

ね」女はここまで言い、一息ついた。
 「・・・・」男はうなずいた。
 男がうなずいたのを見て、満足げにうなずく女。そして言葉を続ける。
 「あの日、私の目が兎のようだとあなたは笑ったわね。あれはね、あなたに送るはずだったセーターをぎりぎりまで編んでいたからなの。何度も何度もやり直して間に合わないかと思ったわ。それで前の日は徹夜、私の目は兎ちゃん。でもあなたの喜ぶ顔が見たかった・・・・」
 「もう止めよう。すべて昔のことだよ」隣でしゃべり続ける女を見て言った。
 「なんといったの」女は不思議そうに見る。
 「思い出したんだ。あの日のことを・・・」男は静かに、だがしっかりと自分を言い聞かせるように次の言葉を放った。
 「終わっていたんだよ。すべて・・・」
 「いや、わからないわ」女が男から離れる。
 「わからないのか」男は叫んだ。その声には悲痛なものがあった。
 「いやっ」女は叫び、男から徐々に離れようとする。
 「思い出してごらん」男は嫌がる女を抱きしめた。
 「いや・・・」女は小さく男の胸で言った。
 「もう怖くはないんだよ。すべて終わっていたんだ」夢を、それも特別悪い夢からさ

めて泣きじゃくる幼な子をあやすように男は優しく語りかけた。
こくんと女はうなずいた。
そして男だったものを見、クリスマスツリーであったものを見、町だったものを見た。


 「ツリーも今はもうないのね。そして私達も・・・・」少しづつ、町が消え、歩く人々が消え、クリスマスツリーが消え、そして最後の言葉をいうと同時に彼らは消えていった。
 恋人たちがの消えた後には、溶けたプラスチックの塊とその下には小さな2つの頭蓋骨があった。

 灰色の花が一ひら灰色の空から落ちてきた。
 花は灰色の雪だった。
 雪は放射能を帯びていた。
 今は誰もいない町に雪は音もなく降り続けていた。
 雪は町を覆いつくし、町を灰色の世界に変え、すべてを埋葬した。
 何もない世界に独特の美だけが残っていた。

トップ読切短編連載長編コラム
ブックレビュー著者インタビュー連載マンガBBS編集部日記
著作権プライバシーポリシーサイトマップ