とてもあつい夏の日です。小さな流れは日のひかりをあびてきらきらひかっています。流れのさきには噴水が七色のにじをつくっています。いくくみも親子づれがこの人工の小川に足をひたしてすずんでいます。さっちゃんもおかあさんに手をひかれて公園に遊びにきていました。 「あついね。おかあさん」 「うん、あついね」おかあさんはさっちゃんのひたいの汗をふきながらこたえました。 「さっちゃん、アイスクリーム食べたくない?」 「うん、ほしい!」さっちゃんはよろこんでうなづきました。 おかあさんはさっちゃんにここでまっているように言うと公園の外へ出ていきました。 しばらくさっちゃんはセミの声をききながら小川に足をつけてぼんやりしていました。でもすぐにもどってくると言ったはずのおかあさんがなかなか帰ってきません。 「おかあさーん」さっちゃんは大きな声でよびました。もしかしたらおかあさんはさっちゃんのことがきらいになってどこかにいってしまったのじゃないだろうか? ふいにさっちゃんにはそう思われてきました。 「おかあさーん!」だんだん心ぼそくなってさっちゃんは泣きだしたくなりました。涙をこらえてさっちゃんはおかあさんをさがしにいくことにしました。小川の横に絵本のやかたがあります。さっちゃんははんぶん泣きべそをかきながらそこに入っていきました。 古ぼけたうす暗い図書室のかたすみで気むずかしそうなおじさんがひとり本の整理をしていました。近づいていくとおじさんはさっちゃんの前にかがみこんで顔をくしゃっとさせると「どうしたの? おじょうちゃん。おなまえはいえるかな?」とたずねました。 気むずかしそうなおじさんがそうして笑うと優しそうな顔になりました。心細かったさっちゃんはなんとなく安心して自分のなまえを言いました。 「おかあさんとはぐれてしまったのだね。こまったな」おじさんはつぶやきました。 「しばらくここでまっていたらどうだろう。おかあさんがさがしに来るかもしれないよ。そのあいだおじさんが絵本を読んであげよう」 おじさんは目のまえの本だなから古くて大きな絵本をとりだしました。絵本には大きな字で『おかあさんが消えた日』と書いてあります。 絵本は『えっちゃん』という女の子が公園で遊んでいるうちにおかあさんとはぐれてしまい、おかあさんを探すうちにまよいこんだ不思議な世界で親切なおじさんといっしょに冒険をするという話です。 なんだか自分のことが書いてあるみたいなふしぎなお話に知らないうちにひきこまれて、さっちゃんはおかあさんとはぐれてしまっていることをすっかりわすれて聞いていました。そのうちにさっちゃん、さっちゃんとおじさんは言いだしました。絵本の主人公は『えっちゃん』なのに、おじさん読みまちがえているよと思っているといつのまにかおじさんの声はおかあさんの声にかわっています。さっちゃんは小川に足をつけてうたたねしていたのでした。 「絵本のやかたでおじさんにお話を読んでもらっていたの」さっちゃんは目をこすりながらそうおかあさんに言いました。 夢を見ていたのでしょうか。それともあれはほんとうにあったことなのでしょうか。絵本を読んでもらっていたことがとてもはっきりと思いだされて夢のことだとは信じられなかったので、ふたりはアイスクリームを食べたあとで絵本のやかたに行ってみました。 絵本のやかたの中はまえとはちがって明るく、でもやっぱり少し古ぼけていました。受付にわかいおねえさんがいるだけで、あのおじさんの姿はありません。さっちゃんがおじさんはいるはずだとなんども言うものだから、おかあさんは受付のおねえさんにたずねてみました。おねえさんは昔ここに年ぱいの男の人がいたけれど五年まえ交通事故できゅうになくなったのだと言いました。そのおじさんはここではたらいていていたころはよく公園で迷子になった子供たちに絵本を読んできかせていたということでした。 さっちゃんとおかあさんは、その男の人はとても子供が好きだったのねと話しながら絵本のやかたをあとにしました。お家に帰っていくさっちゃんの手にはいま借りてきた古い絵本があります。その絵本のなまえは「おかあさんが消えた日」でした。
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