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しっぽのないやもり

doru

 

 以前は毎年夏になると風呂場の窓ガラスに一匹のやもりがやってきていた。よく見ようと覗きこむと臆病なのか、するするとガラスを這い登って見えないところにいってしまう。そのため家族は気をつかってやもりがいるときは餌である羽虫があつまるように脱衣場の明かりをつけ、怯えさせぬよう人の気配を消してそっと見守っていた。

 いつだったかなかなか寝つかれず水を飲んだり、本を読んだり家の中をうろうろしているときふと見ると階段の天井にやもりがぴたりとはりついていた。外へ逃がしてやろうと追ったらぽとんと落ち、階段を走りまわり、ようやく尻尾をつかまえたら、ぽろりと取れてしまった。うにゅうにゅと動く尻尾はほっておいて、やもりの胴体をふにゅと捕まえて玄関を開けて逃がしてやった。
 むかし寝室に同居していたやもりに同じことをしたのを思い出した。逃がしたときはもう秋の終りでがりがりに痩せていたから、そのやもりはたぶん死んだにちがいない。今回はまだ夏の盛りで、よく太っていたからそんなことはないはずだと思った。
 はたしてそれから一週間後、尻尾のないやもりが庭の地面の上を隣の家の方にむかっていくのを見た。そしてそれ以来我が家にはやもりは現われなくなくなった。たかがやもりなのだが来るべきものが来ないと妙に寂しいものだ。


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