ブリッジが大きく揺れ、角田艦長はクルーたちに報告を求めた。
「……未知のエネルギー衝撃波です、艦長! 光速度で移動しながら接触する物質をつぎつぎに素粒子に分解しています!」
「戦闘態勢! ……被害を報告せよ」
「遮蔽シールドを展開するまえに二次輻射でセンサーの一部を破壊されました。しかし艦自体は無事です。……〈インサープライズ〉がたまたま赤色巨星アルコアの陰にいたためです」
「やれやれ、奇跡的に救われたか! どうやら日ごろの行ないがよかったらしいな……。衝撃波の正体は何かね?――桜園航宙士」
「……わかりません」
「すでにご承知かと思いますが……」
半バンカン人の副長ストックが例によって嫌味なほど冷静な口調で言った。
「コンピューターの記録によれば、ここから1.1547光年銀河中心核よりに敵性航宙種族の軍事研究施設が存在します。知られうるすべての状況から判断して、その戦略的研究の作業計画に彼らの予期せぬクリティカルバスが含まれていたと考えるのが合理的です、艦長」
「……君が言ってるのは、要するにカリンゴンがバトル星基地で極秘に開発していた例の『世界最終爆弾』が誤って爆発したんじゃないか、とこういうことかね?」
「不正確な表現が許されるとしたらそのとおりです、ドクター真小井」
皮肉屋の船医は鼻を鳴らした。
「……しかし角田。もしもミスター・ストックの言うとおりなら一大事だ。あの爆弾の特殊な放射エネルギーは、十光年以内のシールドで保護されていないあらゆる惑星表面を破壊すると言われている」
「十光年というと――まずいな。バトルの向こう側、ここから3.5光年ほど銀河中心核へ寄ったところにクラックス星系がある……」
「正確には3.4641光年ですが、艦長」
「ご丁寧に訂正をどうも、ミスター・ストック」
「確か、あそこには人類の植民地があるはずだわ!」浦賀通信士が叫んだ。「一刻も早く知らせないと――でも爆発が時空間を歪めているためにワープ通信装置は使用不能です!」
艦長は端正な顔に不敵な笑みを浮かべた。
「安心したまえ浦賀中尉。――このエネルギー衝撃波は光の速度で広がっているからクラックス星に達するまであと一年以上あるわけだ。そして艦の多重ワープ速度なら3光年半の距離などわずか数分で飛び越えることができる。……違うかね須古都くん?」
「ワープエンジンの整備はいつだって万全ですよ! 艦長」
どうも本来の仕事よりブリッジの会語に耳をすませている時間のほうが長いのじゃないかと思える主任機開士がエンジンルームからうけあった。
「よろしい。それでは諸君――わが〈インサープライズ〉号の実力のほどを試してみようじゃないか?」
聞き耳を立てながらも須古都主任はちやんと自分の責任を果たしていたらしく、それから一時間後には〈インサープライズ〉は無事にクラックスをめぐる軌道上にあった。
「通常空間経由で植民地の自治政府委員会に連絡がとれました。ただちに全惑星を遮蔽できるシールド発生装置の建設にとりかかるそうです。一年あれば大丈夫、十分まにあうはずですわ。――彼ら全員今度のことで艦長に深く感謝したいと言っています……」
「礼にはおよばないと答えておいてくれ。……ただ危険が近づいているという知らせを運んだだけだ」
それでも角田艦長は満足そうに美しい歯並びを見せて微笑み、そしてUSSの宇宙戦艦はつぎなる新たな冒険を求めて深字宙へと発進した。
*
しかし、はるか彼方からこの一部始終を見ていたものがいた。それは銀河系の中心核へ向かって光速の半分のスピードで航行しているラムランの偵察艦だった。
「いったい何が起こったというのか?」
「はい、上級者さま。どうやら開発中のカリンゴン最終兵器のトラブルと思われます」
「ふん、洗練されていない野蛮人どもめ。あの爆弾の製造はやつらの手にはあまるだろうと警告しておいたのだが……」
「その衝撃波が1光年離れたアルコア星に達し、たまたまそこに人類連邦の戦艦が一隻いあわせました。……残念なことに船体の損害は軽微だった模様です」
「まあよい。……この星域での双方のバワーバランスが崩れては、かえってわれわれが困る」
「そののちUSSの戦艦はあわただしく超空間へとワープしました。しかし行き先は不明です」
「バトルの反対側2光年先にはクラックスの植民地がある。むろん危険を知らせるためそこへ向ったのであろう?」
「……いいえ上級者さま、お言葉ですがそれは『あり得ない』ことです」
「『あり得ない』? ――なぜか?」
「われわれの艦はアルコア、バトル、クラックスを結ぶ線に平行に1/2光速で銀河中心核に向って巡航しています。見方を変えれば、それは本艦が静止していてアルコア――バトル――クラックス三星が互いの距離を保ったまま反対方向へ等速直線運動しているのとまったく同じことです」
「ふん、初歩的な座標変換だ……」
「一方であの爆発のエネルギー波は光速度で伝播します。それは座標系にはよらずつねに一定です」
「『光速度不変の原理』だ! ――いやしくも航宙文明をもつ種族なら子供でも知っていることだ。おまえはわたしの知能を試すつもりなのか?」
「とんでもございません、どうぞお許しください。……つまり、われわれの視点から見るとアルコア星自身が1/2光速で爆発の中心から遠ざかりつつある、と申し上げたかったのです。一年後にはそれはもとの場所から1/2光年離れた位置にあります。いっぼうエネルギー波のほうは1光年だけ進みますが、当然アルコア星はそこにありません。つぎの半年でエネルギー波は1/2光年進み、その間にアルコアは1/4光年先に進みます。さらにつぎの1/4年ではそれぞれ1/4光年と1/8光年進み、さらにまた……という具合で、最終的に両者が出会うまでの年数は初項1、公比1/2の収束する無限等比級数で表わされ……」上級者がその尖った耳を苛立たしげに動かすのを見て、彼は自分の上司が数学アレルギーだったことを思い出した。「……つまりエネルギー波がアルコア星に追いつくのは爆発から2年後です」
「ふむ。……そうなるようだな」
上級者は面白くも無さそうに言った。
「――逆にクラックス星は同じ速度で爆発中心へ向かって近づいています。爆発の一年後にはエネルギー波は初めの相互の距離の半分――つまり1光年のところまで進み、クラックス星はそこから1/2光年の位置まで来ます。つぎの半年でエネルギー波はこの位置に達しますが、その間もクラックスは動いているわけですから、間違いなく両者はそれ以前に出会います」
「――その時間をわり出すためには互いの速度を加え合わせた1+1/2光速で距離2光年を割れぱよいのではないのか?」
下級者はここぞとばかり誉め称えた。
「……鋭敏でいらっしゃる! ご明察のとおりでございます。1.333……というのが得られる答でして――、つまりクラックスの植民地が壊滅するのは爆発からわずか1年と四ケ月後ということになります」
「……なるほど。ということは、あのUSSの戦艦がアルコア星系でエネルギー波に出会ったときには、すでにクラックスの植民者たちはその八ケ月も前に全減してしまっているはずだ、というのだな?」
「はい、そのような結論になるかと……」
「確かにそれならあの戦艦があわててワープする理由は別にないはずだ」ラムランの上級者は困惑し、管制用シートに沈みこんだ。
「いったい彼らはどこへ向ったのであろうか……?」
おわり
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