先んじて彼女は眠りについた。うららかな午後、日射しにまどろむ猫の毛をすいてやりながら。街の工場で弁当用の牡蠣を揚げている夫を想いながら。
夢うつつにJKを見かけたような気がした。目が覚めると余りの弁当をさげた夫が側に立っている。
「猫を見失ったのではないか?」と夫が言ったので彼女は部屋を見回した。部屋の窓からは斜向かいの棟が望めた。アパートの東翼の通廊へ、猫なら飛び移れるだろうと思った。
「帰ってくるわ。あのコは、わたしの子供みたいなものだから」
「子供? おかしなことを言うな。可愛がるのは結構だが、猫は猫だろう」
「そうよ。猫は人間じゃないわよ。当たり前のことをいわないでよね」
彼女は笑った。しかめ面だった夫もついには妻につられて相好を崩した。
その夜、久方ぶりに愛を交わした二人は満足りた気分で眠った。夫は普段から睡眠が浅く夢を見ない性質だった。彼女は溺れるように夢へもぐった。
彼女は箒にのり空を飛んでいた。邂逅したJKもまた飛んでいた。ごく常識的な挨拶を交わした後、彼女はJKに尋ねた。
「あなた、わたしの猫を見かけなかった? 太った三毛猫で、名前は――」
「リンゴさんとおっしゃるのでしょう」
「そうよ」
彼女はうなずいた。JKはあおみがかった双眸に雲のひとかけらを浮かばせて、
「リンゴさんは偉大な魔女でした。今はあの宇宙の彼方へ旅立たれてしまいましたが」
「宇宙へ? 大変。あのコは息ができなくて死んでしまうわ。助けなければ」
彼女は驚いていったが、JKは落ちつきはらって諭した。
「かりにリンゴさんほどのお方の力をもってしてもどうとすることもならない逼迫した状況であれば、よしんばわたくしやあなたなどが参ったところで、お役には立ちますまい。だが安心召されるがいい。リンゴさんは無謀な戦いを挑まれるお方ではない。全知全能の神に対抗するがために、あの方は賢さとずるさを身につけられたのです。リンゴさんの判断はわたくしたちのような凡俗の思いつきとは次元がちがうのです。あなたは先ずリンゴさんをお信じになるがいい。信じる想いが強ければ、あの方はかならずや神の軍勢を負かして、この地へ凱旋をなさるでしょう。不詳、このJKめがお誓いしましょう。戦い終えたあの方があなたの膝へ帰られることを」
「あなたのことを信じたいわ。でも、あなたがなぜJKと呼ばれるようになったのか聞かないかぎり、わたしには信じられないのよ」
「よろしい。それではJKの名の由来についてお話いたしましょう。ひとつ、注意を喚起いたします。JKとはファミリネームであるかファ―ストネームであるか。さて、あなたはいずれかと思われる?」
そもそもJKとは何を意味しているのかと彼女は尋ねようとしたが、残念ながらそこで目が覚めた。夫にゆりおこされたのだった。
「起こさないでよ」
と、彼女は不機嫌にいった。
「猫が帰ったようだよ」
と、夫が上機嫌にいった。
「にゃあにゃあ」
彼女は起きて、月明かりに青白くかがやく窓辺で猫の名を呼んだ。すると向かいの棟から彼女の胸へ猫が飛びこんできた。彼女は抱きしめた。いうまでもないが猫の名はJKではなかった。なので彼女はその名の由来をいまだに知らないでいる。
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