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As a stray-dog, who had not bitten her at last.
水無瀬 ひな子

 ぼくは姉さんに恋をした。血のつながった姉さんじゃない。それどころか他人。姉さんとは不適切にすぎる呼称。でも、みんなが彼女を姉さんと呼ぶ。好奇心旺盛で、友だちがたくさんいるけど、他人の都合で自分の生き方を変えはしない。快活で頑固。それが結果的にチャームポイントになっていた。
 姉さんには去年からつきあっている男性がいた。学校の実習で知り合ったのだそうだ。ぼくは、そのことを知らずに告白して、自爆した。哀しすぎて、ショックが甚大すぎて、ぼくは人であることをやめた。飢えた野良犬のように夜の街をさまよい、目が合えば誰にでも喧嘩をふっかけた。当り前のようにボコボコにされて、有り金を巻き上げられた。
 「犬野郎」という渾名をぼくにつけたのは、知り合いの誰だっただろう。気がつけば友だちや同僚は狂犬に接するようにぼくを遠巻きにながめるようになっていた。どうってことない。プライドはとうに捨て去っていた。
 姉さんが結婚するという噂を聞いたのは、秋分の季節だった。頭がおかしくなるほど苦しかったけれど、自分なりのけじめとして、別れを告げるつもりで彼女の住むマンションへおもむいた。月のきれいな晩だった。裕福かつ善良な彼氏と――まったく気の良い男だった。必ず、姉さんを幸せにするだろう。――あたたかな寝床にもぐりこんで、とろけそうな夢を見ているのかと想像したら、歯ぎしりと震えがやまなかった。
 ベランダの窓が開く。姉さんが手すりにもたれ煙草を吸いはじめた。ぼくは木陰で息を殺していた。月が雲に隠れると、葉巻型の宇宙船が降りてきた。絶叫する姉さんを奪って漆黒の空へ消えた。驚きは麻痺していた。奇妙なことに、自分が彼女の名を叫ばなかったことを誇りに感じていた。鼻歌をうたいながらぼくは家へ帰って、浅い眠りについた。

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