| TOP Short Novel Long Novel Review Interview Colummn Cartoon BBS Diary |

トライアンジェロス

水無瀬 ひな子

 

 莉子はイナダの一物を握るのがお気に入りだった。固くそそりたったのが好きか、問われれば違うと答える。だってイナダのは固くないもの。むしろ彼の常の体温を伝導する柔らかなのがいいのだ。セックスはついでだ。莉子はイナダとのセックスで(彼が傷つくのは困る)感に堪えない、というような媚声を盛んに上げるけれど(セックスそのものは、どっちでもいい)彼女自身、子供を作るための作業だとしか思っていない。イナダは明らかにセックスが好き。彼は莉子のことが大好きで大好きで、乳首を甘噛みしながら「こうやっているうちに死んでも悔いはないんだ」などと物騒をいうのだけれど、喘ぎながら莉子は、そんなの困る、あなたが死んだら、あなたのそれも、裸の胸や腰も温かさを失ってしまうし、子供だって作れなくなるじゃない、と醒めたことを考える。興ざめだ。莉子にとっては朝を遅く過ごしたとき、イナダがベッドまで運んできてくれるオムレツとパンとコーヒーの載ったお盆が幸せの象徴であって、夜の長さで幸せを計るのは、馬鹿げているように思える。でもイナダはイナダらしく生きている。彼の感じる喜びを否定してはいけない。ううん、積極的に援助してあげなければいけない。イナダが不快と思うセックスはつまるところ、わたしのためにもならないのだから。莉子はイナダとセックスをしているあいだ、好きという言葉が湧き上がってくる感覚はあまりなくて、子供の世話をしている気分になった。泣き虫坊やにお乳をあげるような。坊や大きくなってもお乳が好きなの、とあやしているかのような。
 これは、たぶん――ばくぜんと莉子は考える。女友だちを連れてきて、おたがいセックスの見せ合いっこをしても、たいして恥ずかしくはないんじゃないだろうか。わたしは感性が鈍いのだろうか。電車の中で腕を籠にして、泣いた赤ん坊を、おぉよしよしとなぐさめて。お乳を与えてやる。自然の摂理。電車内での授乳行為をいやがる人もたくさんいる。おおぜいの人が見ている前でお乳を出すのは、はしたない。そんな風にいって怒る人もいる。わたしなんかは抵抗がないのだけれど、倫理的な見方なら、人それぞれ異なっていいじゃないと思うけれど。公共のマナーっていうのは、とても難しい。わたしにとってはとくに、とてもとても難しい。
「乳繰り合う」。ラヴラヴ。
 インドには16の言語があるのだって、わたしは教科書で読んだ。中学校に通っていた頃か、高校生だった時分。インドにもラヴはある。インドの人は、ラヴを甘いと云うか。からいと記するか。マサラなラヴ。激辛の愛ならぜひ、食べてみたい。食してみたい。触れてみたい。アルファベットで表記されないサンスクリット語。エスやエムという概念はないのだろうか。むかし修学旅行なんかでシーとかビーとかエーとか言い合った仲間は、結婚を軽んじていて、いちはやく羽化したのはわたしで、それは色んな人と奔放で贅沢なセックスを楽しむことはしなかったけれど。けれど楽しいと感じながらやったのはわたしのセックスじゃない。イナダが、楽しいだろう、嬉しいだろう、としつように囁き続けるから、そんな気になった。あおあおとした芝を、赤色だ、赤色だ、赤色だ、と暗示され続けたなら、赤と信じ込むまではなくとも、定義があいまいになって、紫くらいにぼやけて見えるだろう。
 渦がまいて、莉子のはらわたが透明な水の膜に変化する。ふやけたおへそがひくひくと閉じたり開いたり。ホッチキスでとめた紙の束が、西方からの乾いた風に飛ばされて、くちばしの長い鳥に中空でついばまれる。紙片が飛んで、虹や宙のあわいに重さを増しては、莉子の頭上をひらひら回避しながら、周囲に降りつもる。イナダの身体に触れるとき、莉子は全身が子宮になっているのが分かる。いつでもいいのに。準備はすっかり出来ているのだから、いつでも来てくれたらいいのに――イナダは忌避する。オレたちは二人で一つだ。この完璧な肉体を、好きこのんで断裂させようって気が知れない。断裂したら、きっと今のままではいられない。
 イナダの人差し指と中指が莉子の額をさす。莉子の髪は黒い。反った二本の指が額を割って裂け目を生じさせる。なめらかな頭蓋骨と溶け合った白い肌を、左右の目頭によせてすうっと選り分けて、角ばった爪で莉子の眉の根をかきけずる。烈しく痒い。まぶたの裏側に、痛切な痒みを感じる。その痛切を忘れないで。思い起こして、とイナダが望んでいることを、莉子は理解する。残酷な痛みではなく、彼の手を求めるための痛痒。ささやかな、理に適わない印を刻んだのは彼であり、その手はわたしを傷つけるために伸ばされたのではなかったのだから、安心すればいいのだ、と莉子は思ったのだけれど、薄っすらと見えにくい線状のかき傷から、不意を突いて、黴菌や乾いた耳垢のような悪霊が忍び入ったらどうしよう、と心配にもなる。
 水。
 熱と光の触媒。
 生物の躯を、その形状に繋ぎ留めている溶液。
 水。
 みず。
 亜麻倉山を上る蓮っ葉にかたむいた坂にも、泥混じりの水が這っている。夏場の打ち水なら目もくれないのだけれど。不審げに莉子は石地の隙目を読む。可塑性の高いアスファルトでの改築はなされていない、古い時代から今にいたるまで、野ざらし雨ざらしの耐え難く長閑な時間を楚々と耐え抜いてきた舗道の、砕石の混じったフェイスを曲がり縫って赤茶けた水が流れていく。下へ、下へと、頂から海へと向けて、降りてゆく。とろとろと蕩けた液体が伝っていく。遅々とした移動速度でありながらも、下れば下るほどにそれは威勢を増し、水かさを減らしながらも傾斜に力づけられた流れは、やがて砕石の上を跨ぎ越して前進するようになった。その頃になると流水は、一筋の涙のようにほそく削られたけれど、ためらう素振りもなく、一文字に坂を下っていく。肩幅に開いた莉子の足と足のあいだを、銀色に発色した線が落ちていく。ちょうど、陽が雲間に沈んで光が失われた。無意識の裡に、濁った色の筋を莉子は踏み潰していた。
 右腕にかけたスーパーの袋に、大根ときゅうりと干ししいたけとかぼちゃ、牛肉パックが三つと、瓶入りの洋酒が二本。立ち止まった拍子にくらくらとめまいした食材が、莉子のひそやかな暴力に息を潜めた。15度に傾き、掛け紐の部分で斜めに下膊を圧しながら微動だにしなかった。六月初旬の翠風は莉子の黒髪をしてなびかせたけれど、がさついたビニールの触感を和らげはしない。莉子はためいきを一つして、腕をくん、と引き上げ、長い上り坂をゆるんだ足取りで踏んでいく。
 大気。
 熱と光の触媒。
 いのちを永らえさせる気体。
 大気。
 たいき。
 しめっぽい、という形容がしっくりくる潮風が山の裾野の坂までたどりついて、ああ、なんだかいやな天気だよねぇ、と日よけの傘を持てば似合うような莉子の白い肌を盛んに泡立たせる。ナカノは、わたしのあたらしい亭主は洗濯物を取り込んでくれただろうか。ふかふかの布団で眠りたかったのに、水気をふくんだ粘着質なうみかぜが、それを許してくれないよう。ついてない日よねぇ。仕事のない日、日がな一日、家でナカノとごろごろしていたかったのに、彼が普段から買い物とかしないものだから、何を買ったらいいのか分からないから、と押しつけられて、結局は、莉子が坂を降りて、スーパーまで出向かなくてはならなかった。夫婦生活は共同作業だ、なんて自分のせりふに酔い痴れているかと思ったら、この有り様なのだから、仕様がない人だ。料理はしないし、家庭内の雑事とか何もやってくれないし。なんとか教育し直さないと、と莉子は考える。思索は低迷する。坂の長きが莉子を酩酊させるのだ。微風はかすかに髪をさわり、頬をなでる。ふくよかな雨の香りを一帯にただよわせる。莉子は酔う。風に酔って、どんよりと濁った海の匂いに噎せ返る。
 亜麻倉の山手まで潮の香がとどくことは、今まではなかったので、莉子は不安に思う。くたくたとしおれた道を上る足から、力が抜けて、まぶたの内側が霞がかったようにしらじんで、まるで眼のなかのレンズが厚くなったり薄くなったりを繰り返しているかの錯覚に囚われる。電柱は逆さに突き立てられた箸のように細く、路塀は渡り鳥の飛び路を遮るように高く、爪先をかすめた小石からはなにやら怪しげな光線が放射されている。蒼白に光っている。蹴り転がすと、地面に接触した側面は焼け焦げたように黒く、炭化した苔のような汚れと滲みが、びっしりと覆っていた。
 淡紅のブラウスの生地を透かして、沖天に昇りつめた光星の放射熱が、やわらかな莉子の胸元を灼いてゆく。
「暑いです、梅雨どきとはいえ、雨の漏らない曇気では」
 傾いだ道の途上に配された、苔生した石段を上りきる手前で、隣人の砂川兼行から挨拶を受けた莉子は、短く「いかにもねぇ」と応じて、どうやって会話を続けようかと瞬きをする間3分の2秒に思案し、そうだ、イナダのことか、かれ砂川さんのお仕事のことでも話題にともせばいいのだな、口を開きかけたけれど、その彼は軽い会釈をして降りてゆくところだった。すれ違う彼の肩をおだやかな突風に靡いた髪裾がかすめたように感じて、ひくっと肩を竦めて、莉子は恥じ入ったけれど、彼、砂川さんの肩は渓流の小岩のように莉子の乱れ髪を流したうえに、気付きもしないで石段を降りて、坂の下りへと折れた。
 四方に整然と延びた路の、南の一方へと莉子は歩を進める。
 日陰との境がはっきりしない、莉子の家向かいの空き地のひなたに、鈴を首に生らした三毛猫がふせっていた。年寄りの彼は、にゃんと鳴くのも大儀そうに、草叢から辛うじて孤立を保ったコンクリートブロックの小山の上でぐったりとしている。半年おきに管理人が草を刈りに来るのだけれど、それだけのご機嫌うかがいで雑草がおとなしくしてくれるわけもなく、なしくずし的に、そのように近隣の住民からは認知されている。
 ドアノブは掌のへそをこねる。掌の表皮はビニール袋の取り手に蒸れて、ぎょうざみたいだ。皮は、弾力に富んでいて、すべすべしている。掌にへそがあると莉子が言うのを、友人は一笑に付そうとした。へそはおなかについてなきゃへそなんて云わないっしょ、としごくもっともな、説得力のある説得を莉子に対してした。そのとき、莉子は掌を広げてみせた。あるじゃん、おへそが。友人はすっとんきょうな悲鳴を上げて、莉子の手を張り飛ばした。やめてよ、気持ちのわるい! 友人の怯えた目を確認すると、莉子は満足げに手を引っ込めたのだ。ちなみに、おへそは友人の掌には付いておらず、働いたことのない莉子のやわな手にしかなかった。すぐあとで友人は莉子に謝ったけれど、莉子のことを、今までみたいにまともな「人」として見ていないのは明らかだった。高校時代の経験で、卒業以来、彼女とは会う機会がもてなかったけれど、敬遠されたかはわからない。
 ドアを開けた玄関先でナカノが死んでいる、そんな想念がふと頭によぎって、ドアノブを握った手をくるりんと回転させるのに躊躇する。死んでいると予知する根拠がないから気のせいだ、と思うことにして、莉子は「ただいまぁ」とささやくように言って、亡くなった祖母から譲り受けた一軒家、古びた板張りの上がりかまちに足を降ろして、同じく板張りの冷え冷えとした廊下の脇にビニール袋を――音の立たないようそっと降ろして――洗面所へ歩いた。通廊の羽目板は平均台さながらに微妙な均衡を保っていたので、足音を立てないよう歩くためには、こころもち両腕を開けて、バランスをとるようにしなければならなかった。16秒ほどかけて洗面台に到着すると、牛乳のにおいがする新品の石鹸をつけて、よく手を洗う。凍りつく寸前まで冷凍庫に保管してあったかのように、水はきんきんに凍えていたので、ブラウスの袖が偶然するどく濡れたとき、莉子はすねを痙攣的に震わせて、ヒッと奇妙なしゃくり声を上げて、一人で照れたみたいに小笑いした。
 一階中の閉め切られた雨戸を効率よく次々と開けていった、おかげで、洗ったばかりの爪はすすけたように黒ずんでしまった。
「死んでないよ」
 と、イナダが言った。分かってる、分かってるよ。莉子はぶつぶつ呟いて、も一度、とシンクで手を洗い流す。クーラーを点ける。膿んだ梨の香りが、送風口から吹いてくる。ナカノはいつだったか、銀線について説明してくれたな。銀線を使うと、ライムの香りをかいだように鼻が錯覚するのだよね、と云って。ナカノは軒先に落ちていたステンレスの板をライターであぶった。ライターは青い炎をあげて、金属片の表面に染みをつくった。あのとき、ナカノは何を意図して、ステンレス片に点火したのだったろう。憶えてない、思い出すなんてムリだよ、ナカノの考えていることがわたしに解かる理屈がないでしょ、ナカノはわたしと違って、芸術家なんだから、天才なんだからさ――莉子は自分がイナダに心を揺さぶられることに対し、深層の意識体が負い目を感じて、迂遠でアレゴリカルで心理的には間違いのない冥想思考に沈潜することを盾に、ぶざまな言い訳をしようとしているのではないか、と気付いて、気付いたら、むしょうに腹が立った。
「ナカノは死んでなんかないよ、二階へ上がれば一目瞭然だろう?」
 二階に莉子の旦那さんがいる。旦那さんがナカノであることを遅れて莉子は想起する。シンクと階段は3メートルの距離でありながら、莉子の足は進まないどころか、踏み出すことすらむずかしい。一歩が重い。一足が重い。疱瘡をわずらった野良猫のような足取りで、莉子は遠い遠い通廊を、その先に築かれた、果てなく軽やかな虚空をめざした。
 ナカノ氏を撲殺した凶器は彼が結婚以前に骨董屋で買い求めた青磁のつぼでしたけれどご周知の通りつぼは数年のあいだ倉庫に仕舞われて見向きもされなかったのですから犯人が手近にあったそれを発作的に取って殴りつけたとは考えられないのですからこれは計画的犯行であったに違いありませんけど奥さん心当たりはありませんかそうですかありませんかでも家に引き籠もって他人とほとんど会話らしい会話を交わすこともない彼を殺す機会のある人でかつ動機のある人は奥さんしかいないんですけどおまえじゃないのか違うのか自分ではないという確信があるのかそうでないならどうしてキミが犯人ではないと云い得るのだろうか自問自答して考えをまとめたまえよ。
「莉子はナカノを殺したいんじゃないなら、物騒な考えはやめたらどうか、何度も言うしいい加減に聞き飽きているだろうけど、俺たちは二つで一つなんだから、俺の意志も尊重してくれないと、おかしくなっちゃうんだ、推理ごっこは脳に負担をかけるんだ、そりゃそれが目的でやってるのは理解するよ、俺ではない働いている莉子は身体を動かすために脳を活性化させておく必要があるのも分かっているが、でも脳に棲んでいる俺の気持ちも理解してくれたって悪くないだろうさね、ノイジーな思考は脳幹に刺激を与えると同時に細胞を手ひどく痛めつけるんだぜ」
 思考ではなく想考だ、と訂正したって無意味なのは分かりきっているので莉子はそれについて考えない。云うまでもなくイナダの不平は推理ごっこの是非を正そうものでなく、莉子が彼のことを第一義的に考え想ってくれないからであり、莉子は身勝手な彼の我儘を察してはいても、きいてやるつもりは毛頭ないので、「声」に逆らって、脳内ごっこ遊びを継続しようとするけれど、とんトンとんトンとんトンとん、と階段を上った二階の廊下に埃がたまっているのを靴下が認識したので、想考を中断し、女探偵役を降り平凡で善良な一市民の身に戻って、「ナカノ、わたし出るときに、掃除しといてって言わなかった?」と声を張る。うぐいすの木板がぎしぎしと軋んで、莉子の声を吸収する。
 奥から、ナカノの返事はなかった。
「ほらね、死にかけてたら、助けて、ってうなるじゃない、ナカノはああ見えてそれなりに健やかなのさ、ひっそり生きたいと願っている」
 莉子はイナダの声を切りたかったけれど、イナダが莉子の心理などおかまいなし、いや莉子の声がそもそも彼には聞こえていないのだから、やめてと言うに言えないのだった。伝達が、コミュニケーションが不可能なのであった。
 と云っても、銀線は一方通行的に一義的な情報を送信することしか出来ないのだから、ナカノが生きてるとか死んでるとか誰が殺しただとか、莉子が戯れにしていた想考は彼、イナダには読めなかったはずで、であるなら彼が莉子の推理ごっこをぴたりと言い当てた根拠は何かと云えば、これはもう当てずっぽうでしかなかった。当たるも八卦、当たらぬも八卦。リンドバーグ=ベルリは不便な道具を発明したものだ、と多くの人が語ったし、莉子もそのように思っていた、けれど親しい人同士でなら一方通行であっても断絶しないのが、二十一世紀的のコミュニケーションの形態である、と云えないことはないようにも思われたから、友人たちと異なって、莉子は銀線を真っ向から否定したりはしない。
 死んだ人の悪口は云えないのだし。
 銀線を通じて、イナダの想念がひっきりなしに莉子の中へ流れ込むようになって、莉子は昔の莉子ではなくなった。そのように友人たちにも云われていた。
 自分じゃ、変わったとも思わないけど、変貌したらしいのだ。
 それもこれもイナダのせいだと思うと、うっとうしくなった。悪口を言えないから余計に鬱憤がたまる。螺の殻のように入り組んだ莉子の中へ入って、常闇の内に潜って、不平をこぼしながらもよしとしている彼のことが不思議でならない。他人と暮らすだけで大層な苦労があるのに、精神のみが他人の脳に棲んで、肉体はなく。
 莉子のこころが読まれるのではない。
 イナダは莉子そのものを読んでいる。
 彼が銀線を使えるのはたまたまであって、偶然であって、絶対の条件ではなく、必然ではない。意識体と意識体が長年、癒着して共棲していれば、殊更に想像力を働かせないでも、ペアの考えていることから、その一日の体調からを読み解くなどわけもない。人同士若しくは同種族同士のコミュニケーションにおいてはまったく驚くにあたらない。理屈はいらない、ほんの少しの同情がそれを可能にするのだと、ほとんどの人が理解しているし莉子もまたそれを理解している者の一人であった。
 銀線を扱えるか否かは関係がなくて。
 零光を取り込めるかも関係がなくて。
 ナカノは寝ているのだろう、と思って、わたしも急いで帰ってきたのではないけれど、もっとゆっくりしていけばよかったな、街へ出ることなんて二、三日に一度くらいなのだから、本屋に寄って、お寺を観光して、お茶屋であんみつを食べたかった。ナカノは莉子のやることに口出しをしないから、莉子が街へおもむくのは自由だったし、莉子もそれは承知している。ナカノは自分のしたいことをするだけ、わたしには手助けを望まないし、望むとすれば、邪魔をしないでくれ、ってことくらい。
 それにナカノには、銀線が使えない。そのおかげで、イナダの存在を彼に気付かれずにすんでいるのだから、感謝すべきなのかもしれないけれど、莉子は少し物足りないように思って、いつだったかナカノに、――銀線を総ての人が使えるようになるまで、人類は滅亡しないでいられるでしょうか。ていうか、銀線を総ての人が使えることは、人類を繁栄させるのだろうか。――訊いたら、ナカノは笑い、そうなればなったで面白いのではないかなぁ、と言って、答えをうやむやにした。ナカノのような人が、あんな天才的な人が、銀線を使えなければ、銀線について、正しく語ることは不可能なのだ、と理解したので、莉子はナカノに対し、銀線の話題を供さないよう努めた。ナカノは、自分には答えられないような質問を投げられると、困った顔をして、ううん、とうなる。莉子は彼の低いうなりを聞きたくないし、ナカノは莉子の関心を程度の低いものであると誤解している。明快な回答を頭蓋骨の中に、整理して分類して、たくさん保管している彼の、分からないな、というその暗に悔しまぎれな敗北宣言など、聞きたくないのだ。
 銀線を使える人間は、近郊においてすら、数少なかった。
 トーキョーの内務部・心性格的情報伝達を総合的に扱う特務管制室が発表したデータによるなら、関東地区に在住する480万人の内、わずか200名足らずしか使えないのだそうだ。莉子やイナダのように、どのような状況にあってもそれを自由自在に操れる者、となれば圧倒的に寡少だった。浮世離れして、世のことに一切の興味をもたない莉子が、そのことを知るのも、ステータスの高い実験者ナカノと結ばれたのも、そのためだった。ナカノは単純に莉子を愛でていたのだが、因みに、莉子が銀線を使うとは関知しない。
 ナカノは二階の寝室で本を漁っていた。ナカノの細い腕では抱えきれぬほどの、大量のハードカヴァーの蔵書。題字が消えかけた古い文学全集から、包装用のビニールを破ってもいない、新品の写真集みたいなものから、建築資材のレンガみたいに積み上げていた。ベッドに寝そべり両手でマンガを取り上げていたナカノは、莉子の姿を認めるやいなや、二冊を腕の下に隠すのに大わらわだった。よっぽど、莉子に見られたら恥ずかしいようなマンガだったのだろう。猥褻な内容なんだろう、と莉子は直感した。それを見てわたしが心楽しくならないネ、と気をつかってくれたのであればまだしも、隠蔽されるのは我慢がならなかった。奥さんが買い物に出ている隙を見計らい、いやらしいマンガを猟色して、あまつさえ、それが露見したことに奥さんが気付かないふりをしてくれるよう、恃んで。ナカノは卑怯だ。卑怯者は罰せられないといけない、と彼は常々言っている、それなのに自分自身の信念に背いてどうするのだろう。罰せられたいとでもいうのだろうか、それか奥さんを裏切って傷つけてする行為などは、彼にとっては背信や卑怯の類どころか、なんでもないことなのだろうか。
「決まっているじゃないか、そのとおりだよ」
 隣家の窓からスクリャビンのエテュードが伝染する。莉子の家は神秘主義者の抒情歌に感染してびりびりびりと震える。イナダの皮肉なコメントをさえぎってくれるのならば、嫌いな曲でも喜んで聴くさ。十五歳になったばかりの愛らしい娘のピアノは、どことなく和音のバランス感が狂っていて、莉子にとって、ナカノの弁解を聞き流させるのに格好の素材である。不調法な速弾きは、指の回りをよくするためのくるくるくると高速回転するエテュードではそれなりの効果をあげたけれど、いかんせん、アダージョの幻惑的な響きの海をただようには、燃料の蓄えが少なかった。
 イナダと愛し合った夜の記憶を、つたないスクリャビンの演奏が刺激したわけは判然としない。柄にもなく、ナカノが弁解をしたからかもしれない。柄にもない行為だったし、ナカノの弁解はひどく拙かった。自分でも何を言っているのか分からないのではなかろうか、と莉子は冷静に考えていた、聞き苦しい言い訳に耳を傾けるでもなく、漠然と考えていた。ともかく、莉子はナカノから目を逸らして、砂糖菓子のように甘い過去の想い出に自然と耽溺した。
 銀線が白昼夢への沈潜を援けた。早春のバス停近くの空き地に繁茂した草叢。イナダはその頃すでに銀線を使いこなしていた。東京大学から研究者たちが来て、毎晩彼の実家で実験データを採っていた。家にいたら、一挙一動を監視されるのが厭なんだ、と彼はよく言っていた。莉子は不自由な彼の生活をかわいそうに思って、学校では繁く、彼の世話を焼いた。同情が愛へと取って変わった。高校一年の冬に、莉子の妊娠が両親に発覚した。莉子の男友達は少なかったから、父親を特定することはめっぽう容易だった。莉子の実父がイナダを殴り、研究者たちはイナダを守った。莉子とイナダは引き離され、一週間と経たぬうちにイナダは大学の付属研究施設へ預けられた。以来、銀線を通じてしかイナダと連絡を取れなくなった。彼は18歳で死んで、その春四月、彼と同い年の莉子は、晴れて志望の大学に入学した。その後も銀線はイナダの想考を莉子に流し続けた。死んでなお、想念だけが動作している。こんなことは前代未聞のはずだったし、彼が死んでからというもの、イナダ家によりつかなくなった研究者たちに、何らかの手段を用いて知らせるのが筋だったのだろうけれど、莉子はそれをしなかった。
 夢みるのは少女の特権、とおばかな莉子は浮き輪もなしに飛び込んで、泳げない。夢海の泡に非道な仕打ちを受ける。ああ苦しい、苦しいじゃないか。いたいけな乙女心をさんざっぱら弄んだナカノこそ溺れ苦しんで、まっとうに罪を償うべきなのに。ろくでなしの学者くずれなんかと結婚したのがそもそも間違いだったのだ。泡が弾けて、ぷちぷちと思い出したくもない記憶の数々をまき散らした。わたしはわたしの過去が嫌い、と莉子は怒りを覚える。ナカノめ、ふくしゅうしてやる、首を洗って待ってやがれ。
 僕の愛しいニンフェット、とナカノは莉子の名を呼ぶにかこつけて、戯れに呼んだのだった。そう呼ばれるとくすぐったかった莉子は、彼と出逢ったときには17歳。彼のことは、知り合いから紹介されたのだけれど、その直後に知り合いとは喧嘩別れして、連絡がつかなくなった。結婚式の招待状を送ったけれど、知り合い氏は莉子を祝福する気がないためか、式場へ足を運ぶこともなかった。
 仲違いしたのだ。いまとなっては、ナカノとも、仲違いしようとしている。
 我儘なのだろう、子供なのだろう、わたしは、と莉子は頭を抱えるけれど、抱えた頭は特大の椰子の実のように、悩みの種が詰まっていた。わたしを煩悶させるナカノが少しも反省しないのなら、こっちにだって考えがある。ナカノの目が泳ぐ。毒キノコを象ったと思しきグラス製のランプシェードを莉子はサイドテーブルの角に叩きつけた。破片が飛び散ってナカノの頬に、細い赤の糸をつける。ナカノが頬をぬぐうと、糸は面と形を変えて耳の下までを汚した。彼が抱いていたマンガ本や学術書の類にまで、破片は容赦なく突き刺さっていた。きらきらと光る屑を払い落とそうとしたナカノの手の甲が、微細な傷口を幾花も咲かせた。花は赤く、クーラーから吹き出た冷風になびいて、花弁を広げた。
 ナカノは逆ぎれするような人格ではなくて、あるいは、それが救いだった、といえなくもなかった。いつかの恋を偲んで、むせび泣く莉子でなかったのも幸いした。結婚3年目にして二人の仲に亀裂が走り、数週間におよぶ陰々滅々な痴話喧嘩の果て、両者とも離婚に合意した。若宮通りの家庭裁判所で調停が成立し、莉子の金銭感覚からすれば10ヶ月は遊んで暮らせる賠償の支払い命令が下された。ナカノは順々と従って、毎月の終わりに莉子の口座へ金を振り込んだけれど、二度と莉子に会おうとはしなかった。莉子は莉子でナカノと暮らした頃の愉しい記憶はすっぱり切り捨て、友人や近所住まいの知人たちが、莉子と別れてからの彼の悲惨な生活であるとか、仕事関連の動向であるとかを俎上にのぼらせようとしたなら、きまって席を立ち、彼の生活になど興味はない、という意思を暗にみなに了解させるのだった。女たちが莉子の前でナカノの名を出す機会は永く失われた。10ヶ月が経った翌年、莉子が21歳の誕生日を迎えた六月の初頭、ナカノから長距離の電話がかかった。彼の話によれば、どうやらニューヨークにあってユダヤ系財団支援する超能力開発研究所で、日夜研究に打ち込んでいるらしかった。達者そうな彼の話し振りに莉子は安心したけれど、元気で良かった、という前に電話が切れたのだった。
「最終的に、共同生活の幕を引いたのは莉子なんだから、まともな対応を期待するだけ無駄だろうさ。わかっているくせに、甘ちゃんなんだから」
 黙らせるべきはナカノではなくイナダだったか、と莉子は後悔しないでもなかった。

(了)


トップ読切短編連載長編コラム
ブックレビュー著者インタビュー連載マンガBBS編集部日記
著作権プライバシーポリシーサイトマップ