うちの課長は最先端。
1.最先端課長、あらわる!
「新しい課長、研開から来るらしいぜ」
「なんでも、完成品の研究してたらしい」
「マジかよ。うちもついに部品屋から完成品メーカーに脱皮しちゃうのか」
月曜の憂鬱な朝。
オフィスの一角は騒然としていた。
なぜかっていうと後輩の課員たちが噂しているように、新任課長が本日着任あそばされるというわけよ。研開ってのは研究開発部の略称ね。R&Dとも言うよ。
俺は葉室雷(はむろ・らい)。
上場企業である有栖川モーターの、そろそろ若手じゃなくなるヒラ社員だ。
所属は営業部。商品企画課という、ちょっぴりマニアックな部署に所属している。
「新規開発品売り出しのために、研開から完体ロボットの専門家が来る。と、聞いている」
ちょっぴり渋めのおじさんが、俺に耳打ちした。
彼は油井刀乃(あぶらい・とうの)。我らが商品企画課のやり手係長だ。
「ついに、わが社も完成品ロボット作りに手を出すんですね」
「違いない」
頷く油井係長。
そしてそろそろ朝礼の時間だ。
さて、研開のベテランさんが来て、営業部で上手くやっていけるのか。
お手並み拝見といきたいもんだね。
『ぴんぽんぱんぽ~ん。みなさぁん。今日は新しい課長から、就任のごあいさつがありまぁす』
有栖川社長のハスキーな声が、天井に埋め込まれたスピーカーから流れる。
ちなみに最初のチャイムはご本人の声だ。
『それでは、新課長、どうぞぉ』
入り口のパーティションの向こうに動いた影を察知し、俺たちはワザとらしいほどの万雷の拍手をもって、新しい上司を迎えることにした。
シュルルルーッ。
その人物は、待ってましたと言わんばかりにパーティションの影からフィギュアスケートのように横滑りに滑り出てきた。それも後ろ手にふんぞりかえった姿勢のまま。
女性、いや、もう女の子と表現した方が潔い。
どうみても新卒臭い、黒のリクルートスーツとタイトスカート。
そしてアニメキャラのようなピンク色の髪と、LEDを点滅させているヘッドセット。
何より、顔にネジの頭がうっすら透けているではないか。
課員全員、油井係長も、もちろん俺も、あごが外れんばかりに目は飛び出んばかりにフルオープンし、現れ出でた異形の存在に釘付けになった。
「し、新規開発品売り出しのために」
「研開から」
「完体ロボットそのものが来おったーッ」
課員たちが一斉に唱和し、ひっくり返る。
「油井係長、話が違うっ」
「ほんとだごめん。いやまてよ、言葉の上では間違ってないことないか」
どうでもいいです、それどころじゃない。
パニクる俺たちをよそに、うやうやしくお辞儀するロボット娘。
「皆さんこんにちは。新しく営業部商品企画課に配属されました、ACT-Aです」
彼女はホワイトボードに自分の型式、もとい名前を書き始めた。
「AはState of the Art(最先端の粋)のA」
白いブラウスの腕が、キュッキュッと小気味良いモーター音を響かせながら踊る。
ちょっと曲がった癖のある字。
「A子って呼んでねっ」
新課長は不気味の谷から強引に這い上がり、にこやかに挨拶した。
残念ながら課長を呼び捨てにする会社は、ありません。心の中でお呼びしましょう。
「一緒に我らが有栖川モーター社を盛り上げていきましょう。これから、よろしく」
その言葉を皮切りに、後輩たちが今一度拍手を送る。
が、最初に比べて不整脈のようだった。みんなの不可解さがにじみ出ている。
《ロボ子》
《ロボ子だ、マジで》
《あり得ねぇ》
心の中で、後輩たちが呟く声が聞こえるぞ。
「いやぁ、素晴らしい動きでしたな。エレガントな加減速、それに擦弦楽器のようなコイル鳴き」
油井係長の口から、流れるように紡がれる、数々の賛辞。
さすがだ。思考の階段を三段飛ばしぐらいに飛ばして、課長が無塗装白色の、靴も履かない足にモーターを仕込んで滑り出てきたロボであることは、とりあえず脇に置いているんだ。
「あら、わかりますか」
新任課長は頬に両手をやって、テレテレし始めた。
なんて高機能なロボットなんだ。
「今日のために特別にチューニングしたの。今までで一番いい動きなの。特に慣性イナーシャのパラメータを3パターン用意して、一つは0.001二つ目は0.002それから」
俺たちの理解を置いてけぼりにして、とうとうとまくし立てるロボ娘。褒められて嬉しかったんだね、きっと。
聞かされる油井係長は青い顔してるぜ。また墓穴を掘ったな。
そう、彼は藪をつついて蛇を出すパターンも多い。
「か、課長、質問があります」
その状況を打開するのは、いつも俺の仕事なんだ。上司の話の腰を折ったら印象悪くするじゃないですか。いやだな、もう。
しかしロボ課長は、目を輝かせてこちらに寄ってきた。
「課長。何かしら。何かしら。課長に質問かしら」
まさかこのロボ娘、課長と呼ばれて嬉しかったのでは。
「課長は直近の部署は研開とうかがっております、何の研究をしておいでだったのでしょうか」
課員が全員ものすごい顔で俺を見る。
なんだ。まずいこと聞いたかな。
大丈夫だろ、ほれ見ろ。ロボ子嬉しそうに踊ってるぞ。
その場でコンパスが円を描くように、白い脚をまっすぐ伸ばしてくるりと回転して。
目を閉じて、胸に手をやり背をそらす。うっとりのポーズと名付けよう。
「もちろん、最先端の粋、State of the Artの研究なの」
感嘆の声を上げる課員たち。みんなもうっとりだ。
でも、今の受け答えはおかしいよね。成立してないよね、会話。
『ぴんぽんぱんぽ~ん。みなさぁん。新しい課長と仲良くなって、良かったわね。今日も一日頑張ってちょうだいねぇ』
さすが社長、女だてらにご主人の亡くなった後、町工場を上場企業にまで育て上げたのは伊達じゃないぜ。
怪しげな間を察知して、助け舟を出してくれたに違いない。
いつもどこかで見守ってくれているんだな。監視してるだけかもしれないけど。
「それでは、課長もうちの課の業務は初めてでしょうし、月曜だし、週報報告からやっていこうかね」
油井係長がみんなをホワイトボードの前に集合させている。
興味津々目を輝かせるロボ課長。
恐る恐る集合する課員たち。
こうして我が商品企画課の新しい週は、刺激的な幕開けで迎えられたのであった。