うちの課長は最先端。
2.インターミッション ~設計試作~
「雷ちゃん~、商品サンプル分けてくれよぉ」
いかついスポーツ刈りが、会議スペースのパーティションの向こうからにゅっと現れた。
「星井主任、またですかぁ」
こうしてみると、見上げ入道みたいだ。
彼の名は星井竜(ほしい・りゅう)。同じ営業部だが、前線で戦う営業一課の営業マンだ。
その前線で戦う彼らを後方支援するのが、我々商品企画課という仕組みだ。
「値段つけようにも、数が少なくってさぁ。生産管理の連中が出してくれないんだよ。箱単位じゃないとさぁ」
星井主任のお願いトークは、こちらが何か譲歩するまで続くのがパターンなんだよね。
言ってることはいつも、間違ってないんだけどね。
「無理ですねぇ。こっちも課の予算で買ってますからねぇ。少ないからといって、お客さんにあげちゃうのは、ちょっと」
こういう時は、きっぱりと結論を示したほうが、お互い時間の浪費にならずに済むってもんだろう。
「こないだラーメンおごってあげたじゃん」
「それは関係ないですっ」
敵はからめ手に出た。
お互い視線で火花を散らすが、彼も敏腕営業マン。時間を無駄にするのは大嫌いな性分だ。
はぁん、とこれ見よがしに大きなため息をつき、会議机の上の書類が吹き飛ばされて散らばった。
「ああっ。何するんですか、もう。わざとでしょわざと」
「わはは。それより、あれだよあれ」
来た。
今日の午前中は、この会話で大半占めてる。
案の定、星井主任の眼はうちの課のホワイトボードのところに釘づけ。
もちろん、彼が見ているのは、そこで腕をキュッキュッ鳴らしながら字を書いているA子課長だ。
「うちは確かに産業用ロボのアクチュエータ、シェア高いけどさ」
彼はこちらの会議ブースにぐるんと首を向けた。
ますます、天を覆う見上げ入道みたいになる。
「ロボットに営業は、ちとどうよ。製造とかならともかく、さ」
「星井主任」
いつもは荒くれものの体だが、目は穏やかに、声は静かに語る。
こういう時の彼は、真剣に考えてくれている。
「お心遣い、ありがとうございます。まだおいでになったばかりですから」
二人してA子課長を見る。
課員の相談に対応していたようで、後輩たちが笑顔で礼を言って自席に戻ってゆく姿が見えた。
「皆で盛り立てていく精神は、うちの課のモットー。きっと上手くいきますよ」
決して気休めで出た言葉じゃない。うちの課は、会社の先頭に立って旗を振るのが仕事なんだ。
そこのところは星井主任も、よくご存じのところ。
「わかった。立場は違えど同じ営業部なんだ、何かと相談はできる立場だしな」
目がいやらしく笑っている。
最初のリクエストに話題が戻ったようだ。
「サンプルは無料で出すんで、返却して欲しいんです」
彼はあごに手をあてて考える。
「なるほどな。売り物じゃなくて機材の貸し出しの扱いなのね。それならいけるぜ」
営業だって、なんでもかんでもお客のわがままを聞いて済ますわけじゃない。星井主任はそこのところはわきまえていて、このままお客の言いなりになるよりは、と瞬時に結論付けたわけだ。
まあ営業の中には、お客にやられっぱなしの人もいるけどね。
「恩に着るよ、雷ちゃん。主任の肩書は目の前だな」
「まだまだですよ」
星井主任は巨体を揺らして営業一課に戻っていった。
会議スペースが、商品企画課と営業一課の間にあるのがよろしくない。このままでは新課長の説明で一日が終わってしまう。
俺は早々に作業を終え、自席へと退散するのであった。