うちの課長は最先端。
11.コンペティションで最先端! 《後編》
「わ、わたし最先端じゃないのかな」
マズい。まずいぞ。ここでA子が自信喪失しては。
次のステージはよりによって『課長会議』で直接対決なのに。
それにしてもあなたロボットのくせにほんっと感情豊かだよね。
ベッドの上で膝を抱えるA子に、掛ける言葉が見当たらない。
単純に知識量で比較したら、コンピュータが同じ容量だと、向こうは専門分野で深掘りしたぶん自分の領域で強いんだ。
日本のものづくり、ひょっとしなくても旗色悪い感、バンバンだもんね。
ごめんなさい、当事者として営業として、失言でした。
前言撤回、負けちゃいないぜ。まだ終わっちゃいない。
それに勝ちっぱなしより勝ったり負けたりしないと成長しないよ。
久々に、切るぜ、カード。
「課長、お耳を拝借」
「あぅ。何」
ベッドの上で体操座りを崩し、ひょいっと銀色の耳をこちらにもたげるA子。
EXE三人娘の皆さんに、ビジネスマンのシビアさをお目に掛けようじゃありませんか。
「ええっ。そんなことしたら。か、可哀想だよ」
「勝負の世界、もといビジネスの世界は、それはキビシイ世界なのです」
「う、うう。わかった。やってみます」
さらにもう一枚、ダメ押しを切る。
「ええーっ。そんなことしたらお客さんが怒っちゃうよ」
「いいんです。これがデカいんです」
「う、うう。やってみるよ。とほほ」
人差し指と人差し指をつんつん突き合わせて口を曲げるA子。
『トホホ』のポーズって感じか。
さあ、策は練った。
策っていうほどじゃないけど。
後は見せてもらうだけだ。最先端の課長対決を。
****************
最終ステージ、A子もEXEたちも、チームのメンバーから材料を集め、ものづくりの関門の一つである会議に臨む。
題して、『製造可否判定会議』だ。
これに会議で通ればその製品は、机上の空論から具体的なものづくりの第一歩へと進む。
「それでは会議を始めます。設計さん、お願いします」
司会はスーツにネクタイ姿、実際の営業さんだな、ありゃ。
呼ばれて立ち上がるA子。頑張れ。
「はい、本製品は従来の量産品とは大幅な変更があるため、新規設計を行います。費用は概算で」
会議のジャッジのお偉いさんが、熱心に頷く。
設計サイドとしてのA子の判断は、合格点ってことだ。
ここから戦いが始まる。
「それでは、工程さん」
立ち上がるEXE-I。
会議机に両手をつき、A子に向かって身を乗り出す。
「新規設計は無謀です。在来品の設計を流用しないと、効率が下がるわ」
EXE-Iのボーイッシュなくせ毛が照明を透かして灰色に輝く。
物言いがまるで現場の親方だ。
「流用したら効率が落ちるのは設計の方よ。ここまできたら新規にやったほうがうちはかえって楽」
A子が間髪入れずに反論する。
にらみ合うEXE-IとA子。
「ま、まずは別セクションのご意見も聞いてみましょう」
びびる営業さん。わかりますよ、怖いもんね。俺、知ってる。
「品管さん、お願いします」
立ち上がるメガネっ子。いかにも仕事できそうな造形してやがる。
「新規設計なら、新規の検査設備が必要よ」
A子に指摘するQ。そしてほくそ笑むI.
君も感情表現、高機能だな。さすがは田村井博士のシリーズ。
すわ、EXEシリーズ三姉妹の共同作戦か。
「切るわ、カード」
え。A子、今何か言ったか?
椅子にゆったり背を預け、腕を抱いて膝を組む。
さらにQに向けてアイロニック・スマイルしている。
「ふぅん、流用設計だったら既存の設備で検査するんだぁ」
「いいえ。製品のハードが流用設計でも、ソフトの仕様が変わるからどのみち検査設備は新規で必要ね」
Iが驚いた顔でQを見る。
「ちょ、お姉」
「黙りなさい。クオリティが保てなくなる」
にらみ合うQとI。
さらに慌てる営業さん。大変そうだな、頑張れ営業さん。
俺はあなたの味方だぜ。
「そ、それでは生管さん、ご意見お願いします」
金髪ポニーテールの末っ子、EXE-Pが髪の毛先をいじりながら答えた。
「新規設計に賛成。流用やライン切り替えで別製品とごっちゃになるの、マジ勘弁」
今時のギャル風の容貌から、ドライな回答が告げられる。
「ねぇ、設計さん。新規に図面書いてくれるんでしょ。助かるな、それ」
「もちろんです」
不敵な笑みを交わし合うA子とP。
こ、これは、昨日の敵は今日の友なのかーっ。
「ただし、新規設計するけど管理番号は従来品と同じ。ファミリー製品よ。製品としては限りなく新規に近いスーパー変更品、これが正確な表現ね」
「なっ。そんな事したら管理しきれなくなるっ」
「強引すぎますっ。お客さんに説明できないっ」
立ち上がってA子に詰め寄るP。それに、営業さんまで。
P子は置いといて、営業さんに笑みを向けるA子。
「新規にしたら、ライン監査からやり直しになっちゃうでしょ」
「う、確かに」
たじろぐ営業さん。
「それをなんとかするのが生産管理さんだもんね」
「ぐっ」
黙りこむP。
よーし、揉めろ揉めろ。
いいぞ、A子。作戦通りだ。
『課長会議に大団円なし』。
EXEシリーズ、三人も送り込んだのがアダになったな。シビアなものづくりってのは、セクションが異なれば即敵同士だッ。
口角泡飛ばす議論こそ、真のものづくりのあるべき姿よッ。
わあわあきゃあきゃあ、かしましく議論するロボ課長たち。
俺は見逃してないぜ。
ジャッジのお偉いさん、笑ってる笑ってる。肩震えてるし。
俺も別の意味で微笑ましいぜ。なんてったって、最先端の姉妹げんかだもんね。
「みなさん、白熱の議論、ありがとうございます。そろそろまとめに入りたいと思います」
立ち上がって取っ組み合いになりかねない勢いの三人娘プラスワンは、首のモーターを見事な和音ではもらせ同時にジャッジさんを向いた。
「本製品は流用設計を前提に、製造可と判定したい。各課長はご意見もあるでしょうが、よろしくお願いします」
起立するEXE三人娘。
コンペはこれで終了だ、とばかりに。
三人娘の視線がA子にそそがれる。
彼女は起立しない。
そして会議机の上に腕を組み、ジャッジのお偉いさんに真っ直ぐ真摯な目を向けた。
「今一度課員にヒアリングさせてください。今回流用したら、後々弊害が出るのかも」
ジャッジさんが微笑み、何かを言いかけたその時、EXE-Qが進み出た。
「ACT、これはコンペ、模擬だから大丈夫よ」
おいおい、優しいなQ。
ジャッジさんが頷く。
「この後でこの製品の、本当の可否判定会議を別にやりますから」
モニタルームのお客さんに、優しい笑いが広がる。
もちろん、A子に向けられたものだ。
ジャッジさんが再び、一堂に告げる。
「コンペは全ステージ終了です。お疲れさまでしたね」
モニタ越しにA子の疲れた顔と笑みが映る。
俺は会議室に駆け付けるため、モニタルームを飛び出していった。
「早いですが、略式ながら取り急ぎ結果発表を行わさせていただきます。コンペの結果、弊社のオフィスコントローラは」
大会議室に集まった一堂が、運命の瞬間を迎えて固唾をのむ。
大袈裟かな。いいや。そんなことない。
このために、多くの人が時間と手間と、いろんなものをいっぱい費やしてきたんだ。
「ACT-A、有栖川モーター社さんに決定です」
「いやったーああっ」
俺に飛びつくA子。
案外その体は軽かった。水にも浮いてたしな。
「う、うう、葉室くん、商談、取ったよ」
「そうですね、良かったですね」
「な。もっと感動してよね」
いや、感動してるよ。
この一年ほぼこのプロジェクトにどっぷりだったじゃないか。
問題は、この先どうなるのかってことだよ。
「ま、いいか」
今はとりあえず素直に勝利を喜び、余韻に浸ろうぜ。
「ち、ちくしょう」
「泣かないの」
「お姉」
肩を寄せ合って慰め合う三姉妹、EXEシリーズ。
ほんっとこのシリーズも最先端だよね。
「講評ですが、EXEシリーズさんは優秀でした。高度なナレッジベース、セクションリーダーを超えてコンサルレベルです」
町田工場長が直々にEXEに声を掛けてる。
大事なフィードバック、俺も聞き耳をたてちゃうよ。
「組織力の強化と言う意味でも、課員のツリーが引き締まりました。優秀なリーダーの証ですね。そして」
話を聞くEXEたちの横顔は、真剣で美しい。
「それがEXEシリーズさんとACTさんのバックグラウンドの違いであることが良く浮き彫りになっていました。海外企業は優秀で厳格なトップダウン。しかし弊社のカラーとしてはボトムアップ、ACTさんのように」
町田工場長が俺とA子の方を見る。
「課の意見のとりまとめと、それの上に向けた発信が、どちらかというと適していると感じました」
そう、日本の周辺のものづくり大企業って、わかりやすいぐらいに組織の上に行くほど仕事しているよね。社長とか、超人レベルに感じるよ。
んで、日本って面白いぐらいにその正反対だよね。
日本は上が優秀じゃないって言いたいんじゃないよ。下に任せようとするからそう感じるだけで、それはそれで全然間違っては無い。
海外が極度のトップダウンなんだよ。ホント。
そう。
ホテルで考えた作戦も、これを利用したものだ。
『ジャッジが出た後でも、課のためにアピール』。
ボトムアップをアピールしてEXEたちとコントラストをつける。
『ラボを出た後の経験の学習で差がつく』
それは知識の差だけでなく、文化の違いも入ってきちゃうだろうと。
海外企業の管理職の姿と、日本企業のそれの姿は、違うってことさ。
まあ、これは賭けだった。
『うちも外資系みたいなやり方で行きたい』ってなったら、負けたのはこっちだったと思うよ。
町田工場長に見送られ、俺たちは戦場だった顧客工場を後にした。
タクシーの中、A子は俺にもたれてずっとスリープモードに入りっぱなしだ。
「打ち上げの居酒屋、予約ずらせないんで」
ロビーで待っていても中々でてこないのでメッセージを送ると、『充電が怪しいので遅れます』との事だった。
もちろんスマホじゃなくてご本人様だよな。
いつもより派手に頭使って、そっちで消費電力がすごいことになったんだろうと思われる。
ちょうどいい。
地図だけ送って『先に行きます』。
怒ってるのか返信が無かったけど、予約のためだけじゃないのよ、先に行く理由が。
居酒屋について早々、よおっと景気のいい声で出迎えてくれた人がいる。
「お久しぶりです。相変わらずデカいですね」
「こないだ展示会来てたじゃん。挨拶無かったけど」
そう、今日の打ち上げの幹事はこの人。
今や南洋モーターの営業課長、星井さんだ。
「お疲れさんです」
「お疲れさまね」
「あ~お疲れ~」
掘りゴタツの一辺を占める、白銀のマネージャーたち。
ちなみにあいさつは、I、Q、Pの順。
「あれ、主賓は」
「ああ、三対一の戦いで電池使い切ったらしく、充電してから来るって」
おれがおどけて言うと、三人娘が穏やかに笑う。
そして。
遂に対面することになった。
「某Hと申します」
両手でエア名刺を捧げると、同様に彼も両手でエア名刺を構えて返した。
悪戯っぽい笑顔。神村さんのお茶目は、この人譲りだったのかもしれない。
「某Tと申します」
「いいねぇ」
星井さん、笑ってるけど俺、緊張してるんですよ。
「葉室くん、気にしない気にしない。ここ、居酒屋だし」
肩を叩いてくれる田村井さん。
ありがとうございます。でも、競合と居酒屋はルール上は背任でダメなので、ご用心。名刺交換もやめときたい。
そう、先に出た理由はこれ。
この人たちをお待たせしちゃうのがまずいんで、つなぎで先に来ざるを得なかったのよ。
わかってちょうだいA子ちゃん。
それはさておき、俺はEXE三人娘に興味津々だった。
「あの、『うっとり』とかやるんですか」
「あれはデフォルトテンプレートで入ってるんです」
「あと、『テレテレ』と『モジモジ』もあるよ」
うはっ。面白い。
三人娘が同時にポーズをやってくれると、かなり見ごたえがある。
「あ~いけないんだ~。浮気しようとしてる」
星井さん、ちょっと黙っててくださいよ、いいところなのに。
三人娘のグローバルトークには学ぶべき点が多いですから。
「こっちのボスはね、部下の分もまとめてボーナスもらうんすよ」
Pがとんでもないことを暴露する。
「それ、すごいな。気に入らない部下には上司が分け前少なくしたり」
「あります。それ」
うへぇ。ドン引きするほどトップダウンだな。
「ちと厠」
早くも酒が回って来たのか、田村井博士が座敷を抜ける。
俺もだいぶ飲んだぞ。
三人娘はソフトドリンクだ。日本の女の子は飲み会で普通に飲むよね。
これもお国柄なんだろうか。
「葉室くん、どこぉ」
俺はその声に反応するのに、ずいぶん手間取った。
「葉室くん。あっ」
座敷を下りた通り土間、影絵のように障子の向こうに見慣れた人の影がさす。
「ふぅ。トイレわかりにくかった」
一方の端からは、田村井さんがハンカチで手をフキフキしながら現れた。
その時。
「お父さん、お父さん。うわーん」
ここが山場と言わんばかりに、影絵が派手に盛り上がった。
「うおおっ、びっくりした」
最先端の愛情タックルをくらい、田村井博士がひっくり返ってしりもちをつく。
「はは、感動の再会シーンですな」
星井さん、悠長なこと言ってるけど田村井博士の無事を確認しないと。
ローラーダッシュで相当加速度ついてましたよ、今の。
「ACT-A、元気そうで何よりだ」
「お父さん」
父と娘の感動の再会は、座敷に上がって繰り返される。
「ついにお前も嫁ぎ先が見つかってしまったな」
そ、そうだ。A子はこれで受注確定。
試作品にして唯一の現行品。
一体完納の運びとなっちまうんだな。
「はい、お父さん」
「わたしもラボでモックアップの頃より手塩に掛けて育ててきた娘が、こうまで立派に成長してくれるとは。感慨はひとしおじゃ」
田村井博士。何そのおじいちゃんみたいなしゃべりかたは。
あれ思い出すよ。神村さんの『若い二人に任せて』とか言ってたやつ。
ほんと研開のノリはよくわかんねぇぜ。
「はい、お父さん。私、幸せになります」
A子が俺の腕に自分の腕を絡めて引っ張り上げた。
あれ? 何?
「葉室くん。娘をよろしくお願いします」
「えっ。ええっ。ちょっとお父さん、いやいやお父さんじゃなくて」
「おめでとう、姉さん」
「ぐすん。感動だわ」
「ブーケ。これブーケ。投げて投げて」
こらっ、P、それ店のディスプレイだろ。
拍手と歓声で祝福を表す三人娘たち。
「ひそかに神村と連絡を取り合い、いざ成約、納品した後のため、サポート要員の候補を探しておったのだ。娘が選んだ男に、間違いはないッ」
え、ええーっ。信じられねぇ。
恐るべし研開、すべて、すべて筋書き通りなのかっ。
「葉室くん、んちゅー」
ダメだ、不気味の谷を軽々と飛び越えて来る。
「星井さん、た、助けて」
「いや、もうわしの会社ちゃうし」
冷てぇ。
最先端のサポート要員自己獲得機能はあますところなく猛威を振るい、ギャラリーはそれに大喝采だ。
だけど俺は思うんだ。
『製品を愛する』ってよく言うけれど、『製品に愛される』ってのは聞いたこと無いよね。
ってことはひょっとして、全国の営業の皆さんに先んじて俺が最先端?
なんてね。
うちの課長は最先端。
部下の俺も、ちょっぴり最先端に手が届いた、かな。
(おしまい)