うちの課長は最先端。

10.コンペティションで最先端! 《前編》

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「展示会、盛況だったようだな。ご苦労だった」

役員さんに呼び出され、A子に付き添い役員室に出向いた俺たちを待ち受けていたのは、衝撃的なニュースだった。

「引き合いが、来た」

とうとう、とうとうA子が。

A子が売られてゆくよ。

軽トラの荷台に量産品モーターの箱と一緒に、体操座りでションボリ座ってるA子。

そんな想像をしてしまった。

「やったぁー」

隣でA子はバンザイしてる。

課長あなた、成約したら買われちゃうんですよ。わかってんのかな。

「国内の電子機器メーカーさんから、複雑化する認証や顧客特別要求に対応するために、オフィスコントローラの導入を検討してみたいというご要望だ。展示会でご覧になって候補を絞ったようだな」

候補。と言うことは。

「詳しいことは油井にまとめさせているが、競合他社一社とわが社で実戦形式のコンペを行い、お客さんにジャッジしていただくことになった。競合他社はどこか、わかるな」

役員さんが眼を光らせる。

お偉いさんって時折『なんでもお見通し』モードを発動させるよね。怖い怖い。

田村井博士や星井さんのこと、どこまで知ってるのかわかんないけどね。


「僕、このコンペが終わったら、課長になるんだ」

夢見がちな目でつぶやく油井係長。

げっ。俺は慌てて辺りを見回す。

良かった。誰も聞いてない。

「油井係長、止めてください。死亡フラグが立ちますよ」

この人、A子が売られていったら自分が課長に上がると思ってんのかな。

ないよ、ないない。

あなたは課長にするのはもったいないほど現場のほうが向いてる人間ですぜ。

「それはさておき、コンペの詳細、お願いします」

「あ、ああ、そうそう。そうだった」

大丈夫かよ。

A子も呼んでミーティングコーナーで三人、資料に目を通す。

ここで星井さんが見上げ入道やってた頃が懐かしいぜ。今となっては敵同士か。


「顧客工場に一定期間駐在、設定された課題をこなし、お客さんの評価点で判定」

「ふむふむ」

こないだの工場研修と、雰囲気は似てるぞ。

「敵さん、三体も投入するみたいですな」

やはり、か。

「品管、生産管理、工程改善。それぞれの部門に特化した、強力そうなヤツです」

「あれっ。葉室くん、知ってるの? その通り。その三部門特化型だね」

油井係長が、資料を読み上げる前に俺が書かれていることを言ったもんだから驚いている。

「課長は設計部門が持ち場です。研開出身の課長には、うってつけの部署。十全に能力が発揮されるというわけですな」

「まーかーせーて」

胸をそらすA子。えっへんのポーズだ。

しかしロボ課長たちの部署がばらばらで、お客さん、評価しにくくないのかな。まいいか。


三対一の最先端ロボ課長対決、このマッチメイクは心憎いぜ。

負けるわけには、いかない。


******


風光明媚な田園風景、その古き良き日本の風景に違和感なく、お客さんの工場の緑色の屋根が溶け込んでいる。

「ようこそいらっしゃいました」

営業らしく腰を折って名刺を差し出す俺に、事務所棟の正面玄関に迎えに来てくれた女性が丁寧に応えてくれた。

交換した名刺を見て、俺は声に出しそうになる。

「驚かれましたか。工場長の町田亜茶(まちだ・あちゃ)と申します」

上品に笑っておられる。

おおっ。肝っ玉母さん風でもなく、普通のOLさんに見えたよ。

恐るべし、ステレオタイプな先入観。

工場長ってのは怖い顔したオヤジばっかりと決めてかかってたぜ。

それから、A子と二人オフィスに通されながら思ったが、見る部署どこも若い子が多い。

「ご覧になってお気づきと思いますが、うちは若い子が多いです。したがってノウハウの蓄積も無いに等しい」

なるほどな。ロボ課長に食指を動かすだけあって、その要請がおありだったわけね。

大体日本の工場、いや工場に限らず職場って、『この人に聞けばわかる』みたいなベテランが一人は絶対いるよね。このお客さんはそのベテランがいない。

そこで、ロボ課長にその役目をやってもらおうというわけだ。

「お任せください、メソドロギー(管理手法)の引き出しの多さこそACT-Aの真価。必ずやお役に立ってご覧にいれます」

A子、『めそどろぎーってなんだろう』みたいな顔をするんじゃ、ない。目にはてなマークをディスプレイするな。


案内された場所は、オフィスの角っこのベンダーブースだった。

総務の担当者さんが、コンペのルールを説明してくれる。

「EXEさんたちは対角の向こうです」

担当者さんが指さした方向に、同じようなパーティションと、その中でちらほらのぞく色とりどりの髪が見えた。

「葉室さんは、競技中は二階のモニタルームで待機していただきます。相互のコミュニケーションは一日の競技時間終了後に行ってください」

そ、そうだった。俺は売り物じゃないから手出し口出しはできないんだった。

「ACT-Aさんからの映像、音声受信は問題ありません」

「課長、しっかり見てるから、頑張ってくださいよ」

「う、うん」

ありゃ、A子、緊張してるのかな。

担当者さんがびっくりしてる。『人間誰しも緊張……ってロボットですよね』って顔してるよ。


うちの課長は最先端。向こうの課長も最先端。

ぶっちゃけどんな勝負になるのか、楽しみになって来たよ。


**********


俺は二階のモニタールームに移り、A子につけたマイクからの音声をヘッドホンで聞く。

『AはState of the Artの』

やってるやってる。

自己紹介の真っ最中だ。

受け持つ設計グループの面々も、好意的な反応みたいだな、ホッとしたよ。

早速ホワイトボードを囲んで、開発中製品の進捗確認。

気になる遅れのある製品を、担当者と個別協議に入ったぜ。

順調だ。

扱う製品が変わっても、管理工程の基礎知識がしっかりしているから、量産に乗せるまでのプロセスのハンドリングはすんなり対応できてる。

俺は一方のEXEシリーズに目を移し、双方が田村井博士の愛娘であることを思い知った。


『Qは品質管理、Quality ControlのQ』

『Pは生産管理、Product ControlのP』

『Iは工業工程、Industrial EngineeringのI』


「お、おんなじことやってる」

スタッフと資料をにらめっこする姿、ホワイトボードに字を書く手振り。

挙句の果てには『えっへん』したり『うっとり』したり。


初日は彼我ともにつつがなく業務をこなし、モニタルームも感嘆の声が多々上がっていた。

初日の評価は拮抗しているだろう。

今後差がつくとしたら、ラボを出た後の経験からの学習成果による。

そこんとこ、EXEについては未知数だ。


「向こうの様子、どうだった」

ホテルに帰っての作戦会議、A子は開口一番敵の出方を気にした。

「手ごわそうです。ソツなくこなしている」

俺はEXEの把握してそうなスキームをまとめてみた。

「名は体を表すの通り、ものづくりの管理部門のスペシャリストですね。デキる課長、って感じでした。ははは」

「あっ。なんで笑う。わたしがデキない課長だとでも」

A子が怖い顔をして丸テーブルをぱしんと叩いた。

コーヒーが波打って湯気を散らす。

「と、とんでもない。あまりに拮抗してそうだったんで」

俺は慌ててごまかした。

A子は気付いているのだろうか。

彼女たちも、自分と同じ田村井博士の手による作だということに。

「二日目も気合い入れて頑張るよっ」

「応援してます。あと、向こうの動向を注視します」

A子が俺を指差し眉をキリッと引き締めた。

「そうして頂戴」

おおっ、このポーズは新しい。

『課長さん』のポーズ? って感じだ。

「イタタ。課長、指、指。俺の顔に刺さってる」

「うふふふ」


数日経って第二ステージは、与えられたテーマに対するソリューション提案だった。

大会議室に集まって、おのおのプレゼンテーションでコンテストする。

お題は具体的ではない。解答側の自由度が高く、これは引き出しの多さ勝負になるかな。

別に『こんな方法もありますよ』を並べたてれば偉いってわけじゃないけど、『詳しくありません』は、ちとマズイよね、ってこと。

一発目はA子からの発表だ。

ここで最初にインパクトがあれば、後に続く三人は辛い戦いになる。


この勝負、もらった。


「品質に関してはQC7つ道具があり、小集団活動を通してその使い方を学び各自の参加意識を高めます。最近ではQC新7つ道具もありまして」

きっちり基本から攻めていくA子。

どうだ、ものづくりの管理手法に関しては自信があるぜ。

古くはアメリカ自動車産業で重宝された品質工学のタグチメソッドから、近いところではトヨタのカンバン方式ってやつ。

有栖川モーターの持つ最先端の管理手法の粋、ご覧いただこうじゃないか。

発表を終えてぺこりと頭を下げるA子に、万雷の拍手が送られる。

まちがいなく高得点だ。


さあ、後に続くお三方、どうする。


「QCはソフトウェアQCが今後の課題となるでしょう。FTA、FMEAだけでなく、EMEAなど」

えっ。なにそれ聞いたことない。

「QCに七つ道具があるように、IEにはIEの七つ道具。時間分析、サーブリック分析など」

えっ。なにそれ。うちの会社そもそもIEって言葉、いまだに市民権得られておりませんすいません。

「PCこそ管理手法に依拠する管理工程。同じくPC七つ道具による作業そのものの効率化が急務です。OCAP分析はじめエリヤフ・ゴールドラット博士のTOC理論そのほか」

も、もうついていけない。

俺のライフはとっくにゼロです。涙目になって来た。

日本のものづくりの牙城が目の前で陥落してゆく。

そ、そりゃそうだわな。

ACT-Aが持ってるメソードは、当然EXEシリーズも持ってるわな。

親がおんなしなんだから。

そう、そして予想が悪い方向にあたっちまった。

『ラボを出た後の経験の学習で差がつく』

自虐的で残念だけど、ここで周回遅れぐらい差が付いちまった。


A子が発表するときは、出来の良い娘の研究発表ぐらいのいい雰囲気だった。

それが今はどうだ。

コンサルのエライ先生のセミナーみたいに、お客さんたちが一所懸命ノート取ってるよ。

「EXEシリーズは、日本発の管理手法を先生として自己研鑽したその成果である、周辺諸国の大規模製造業で応用される最新管理手法をみなさまのお手元に近くお届けいたします」

三人娘のリーダー、いかにも知的なメガネっ子のEXE-Qが謳い上げ、お客さんの拍手は割れんばかりに鳴り会議室を埋め尽くす。

発表者席に戻ったA子。

遠目にもよく見えるぜ、手が震えてるのが。


コンペの日程はまだど真ん中、まずいタイミングでショック受けちまったな。

島国ゆえの悲しさか、返す刃の逆黒船、最先端のカウンターアタックだぜ。

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