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フェイズ・シフト

中条卓

またここへ来ちまった。コンタクト・コーナーと名付けられたデパート屋上の一角。ウサギ・アヒル・ヤギ・子イヌ、それからマウスだのハムスターだのリスやモルモット、齧歯類ってやつだな、そういったお子様向けの小動物が囲いの中で放し飼いになっていて、ふれあいを楽しめる癒しの空間、なんだとさ。それだけなら別に珍しくもないが、ここのウリはすべての「コンパニオン」が、アニマロイドってのかな、実際には動物そっくりのロボットってことだ。いわく、病気をうつされる心配も粗相をされることもございません、間違っても人間様を引っ掻いたりつついたり噛みつくようなことはございません。100パーセント安全、安心です。最初のうちこそ大盛況の行列待ちで整理券を配ったりしていたようだが、今ではまあすっかり寂れたね。しょせん反応のパターンが限られてるからな。平日の夕方ともなりゃ、がら空きの貸し切り状態、もっともこっちはそれが付け目なんだが。何しろこいつらは人間を怖がるということがないからな、蹴飛ばそうが踏みつけようが文句も言わない。ほら、尻尾をふりふりお出迎えだ。かわいいもんだよ。

へへへ、ウサ公の耳をつかんでブランコでもしてやろう。ほんものよりはだいぶ重いな。バッテリのせいだな。あんまり振り回すとイっちまうから多少手加減して、と。でもまあこいつら結構丈夫にできてるよ。反応がなくなっても放っておけばそのうち勝手に復旧するもの。おっとしまった、白目を剥いたちまった。失神したら白目になるなんざ、にくい演出つうか仕様だね。あずまひでおのマンガみたいじゃないか。5,4,3,2,いち! お目覚めかい、ウサちゃんや。何度ひどい目にあってもシステムがリセットされたら一からやり直し、お耳をひこひこさせながら愛嬌たっぷりに近づいてきやがる。それでも何度か蹴飛ばしてやるうちに学習して近づかなくなるんだが、悲しいかな本体のメモリが揮発性なんだろうな、強制終了したあとでは何も覚えちゃいないときたもんだ。言ってみりゃこいつら一日に何度も、いや、一秒に何度でも死んで生まれ変わるのさ。こちとらそうはいかないぜ。クビになるたびに記憶をリセットできりゃいいんだが、失敗の記憶ばかりが積み重なって今じゃろくに身動きできねえ。

こんどは犬ころか。なんて言うんだこれは、ポメラニアンだっけか、耳を引っ張ってやるといっちょ前にキャンとかいいやがる。おや耳の中に何か書いてあるぞ。焼き印みたいだ。悪趣味だな。なになに、R・U・Rだって、何の略かな。ロンパリのうさんくさい労務者、そりゃおれのことだ。会社の名前かなんかだろうな。ロはロボットのロ。ろくでなしの薄汚れたロボット。そのうちダッチワイフでも作って売り出すつもりなんだろう。恋愛を売り物にするロボット。うう、ちょっと冷えてきたな。管理人のじいさん、また眠りこけてやがるな。それとも眠ったふりをしているだけなのか。どっちにしても邪魔される心配はない。首をねじ切ったり手足を折ったり、ここから持ち出そうとでもしない限りおとがめなしさ。よし今日はこいつにしてやろう、ほら口をあけな。じょぼじょぼじょぼ、あたしの聖水をありがたく頂戴しなさいよ。ふん、顔色ひとつ変えやがらねえ。気分が悪いぜ。そういえばこいつらエサをやれば食うんだったな。ヤギなんか紙でもビニール袋でも平気で食いやがる。ほんものの動物そっくりに頚部にあるミキサーで与えられた食物を粉砕し、体部に内蔵されたバクテリア・ボックスで分解、化学的エネルギーを電気に変えて半永久的に動きます、とかなんとか。家庭に一匹、ペット型リサイクラーを、ってわけだな。残飯を食って太る。そういえば昔中国では糞尿を豚のエサにしてたんだっけ。手足を切った女を人間豚にして飼ったのは誰だったか…

さてお楽しみはこれくらいにしてそろそろ帰るかな。残飯みたいなメシでもこちとら食い物を腹に入れんと動けなくなるからな。また地下の試食品をあさって行くか。なんだなんだリス公はお尻を突きだしておねだりか? おまえもしっぽを持ってぶん回して欲しいんだろう。ほれほれ…ん、何だ地震か? 驚かせやがる。床が沈むと思ったらこのコーナー全体がエレベータになってるのか、って、おい、お客さまがまだ中にいるんだぞ。管理人のやつ、何をやってやがる。おい、扉をあけろよ。おいったら…


管理人には男の声に耳を貸している余裕がない。マニュアルに従ってコーナーから客をすべて追い出す…いや、お帰り願うために狭い監視ボックスから出ようとしたとたんに猛烈な胸の痛みに襲われたからだ。冠状動脈に生じた血栓が心臓の機能をまたたく間に低下させ、血圧が下がったおかげで脳への血流も損なわれ、彼は視力も聴力も失っている。よろめいた拍子に昇降機のレバーを押し下げてしまったのだが、冷え切ったグリップの感触が末梢神経を伝わって脳に届くころには彼の脳は機能を停止し、彼の魂はここではないどこかへ向けて旅立つ。


電磁柵が閉鎖空間を構成するとペット・モードからプレデター・モードへの移行は瞬時に完了し、フィールド内の異物走査が開始される。捕食対象をバックグラウンドから分離同定し、輪郭と色調をデータベース内の情報と照合。発見された対象の90パーセント以上が「衣類」に該当する旨の回答が外部データベースから無線通信で送られてくる。了解。包囲行動を開始する。

「対象」に尾を引っ張られていたリス型個体のひとつ、ID-No. R62 がいきなり首を180度ひねり、「対象」の小指の先を囓り取った。「痛っ!」反射的に尾を放し、反対の手で指をつかんだ「対象」は、鋭利な刃物で切断された断端を信じられないといった面持ちで見つめている。痛みに耐えかねて握りをゆるめると、とたんに鮮血が滴り、タイル張りの床にいくつもの*印を描く。いつの間にか足下に近寄ってきていたウサギ型個体の群れがそのしみをきれいに舌でなめ取る。ずぼんの裾が引っ張られるのを感じて振り向いた「対象」はコンタクト・コーナー内のすべての「コンパニオン」が自分の周りに集まっているのに気づく。裾をくわえていたアヒルが口を開くと、ずぼんの生地がちょうどくわえられていた分だけ、きれいさっぱりなくなっている。アヒルは首を伸ばし、もう一口分の生地を噛み取る。

床にこぼれていた液体は「血液」であり、従って「対象」はパッケージに包まれた畜肉と判定され、新たなカテゴリーに分類される。畜肉処理機能を備えたイヌ型個体が前に進み出る。「対象」が激しく移動するため捕食は困難を極めるが、ペット・モードに備わった自動追尾モジュールを援用してパッケージの分解処理は徐々に進行する。ゴム・皮革・植物繊維・金属部品のそれぞれが細かく粉砕され分別・圧縮されていく。

ハツカネズミとハムスターそれにモルモット型個体群が一斉に靴にとびかかり、またたく間に食いちぎって腹に収めてしまう。「対象」は今やぼろぼろの半ズボンに靴下を片方だけ履いた珍妙なスタイルでコーナー中を逃げ回っている。扉は施錠されており、頑丈な鉄柵はたたいても揺すってもびくともしない。「対象」の発する音声は音圧が高まり高周波成分の比率が多くなっているが、分厚いプラスチックでできた半透明の覆いに反響するばかりで外には漏れていかない。壁を背にして大きくあえいでいる「対象」の背後に回ったイヌ型個体が「対象」のアキレス腱を難なくかみ切り、「対象」はバランスを失って倒れる。したたかに打った肩がいやな音を立てる。

「対象」は今や大幅に高さを減じ、ほぼ平面上に展開している。全体の形状はいびつな星形である。パッケージの解体を担当するアヒル型個体が「対象」の布製部分をはぎ取ると、残るのは皮革に包まれた畜肉から成る4本の突起と、同じく皮革に包まれてはいるがひどく固い円蓋状の構造を有する短いもう1本の突起である。この突起の表面には多量の動物性繊維が付着している。2対の長突起を端から徐々に短縮すると同時に、残る短突起については繊維の除去をまず優先する。

「対象」の頭部には齧歯類型個体が群がって毛髪を刈り込んでいく。四肢の先端はイヌ型個体群によって少しずつ食いちぎられつつあり、流れる血を舐め取るのはウサギ型個体の担当である。出血量はまださほどでもなく、「対象」はもがき続けているが、その動きはもはや痙攣的で有効な移動には役立たない。「対象」の垂れ流す尿便さえ迅速に処理され、あとにはしみひとつ残らない。

長突起群が当初の80パーセントに短縮した時点で、短突起の開口部が見いだされる。開口部は半円を描くように植えられた2列の硬性要素に守られているが、その奥に侵入したマウス型個体より内部は柔軟であるとの報告が届き、外表からの処理に加えて内部からの処理も開始される。

涙とよだれを流しながら、ようやく「対象」は静止する。だらんと開いた口からハツカネズミおよびハムスター型個体が侵入し、舌とほほ肉と口蓋垂を食い荒らし、食道から胸腔そして腹腔へと順次移動していく。アヒルが「対象」の眼球をほじくり出し、イヌが陰茎を食いちぎり、破れた陰嚢から睾丸が露出するころ、「対象」の魂は先を行く管理人のそれに追いつく。

内臓と体液、筋肉脈管および神経の処理が終わると靱帯その他の結合織でつながれた骨格だけが残る。骨の処理は齧歯類の担当だが、摂取された材料をエネルギーに変換する無数のバクテリアがうようよとひしめく彼らの消化スペースはもはや満杯である。そこで消化は保管スペースにまだ余裕のある、より大型の個体に任せることとし、齧歯類型個体は関節をはずし、骨および骨髄を粉砕してペースト状に加工する任に着く。大量のペーストの分散処理が終わるころには、「コンパニオン」たちの腹部は地獄絵図の亡者さながら、異様にふくれあがっている。


デパート地下から吐き出される大量の残飯を携えて定刻に到着したR・U・R(ロボット型万能リサイクラー)社の作業員たちは「胃袋」と呼称されるテント状の空間がすでに閉ざされているのを見いだす。処理作業が遅れて残業が発生する憤懣をぶつけようと屋上へ上がっていった彼らは、片手で胸をかきむしろうとする体勢のまま硬直した管理人の死体に遭遇する。「胃袋」を開くためのスイッチ類は死体に被われていて触れることができない。作業員たちは当直のガードマンを呼び出し、ガードマンは救急車を、救急病院の医者は警察を呼び出す。

残飯は翌朝まで放置されるが、コンタクト・コーナーの営業が1日だけ中止されたため、処理を完遂する時間は十分にある。「胃袋」の中で文字通り消化された男の痕跡といえば奥歯に詰めてあったアマルガムのみであり、それも他の不消化物とともに不燃物として産業廃棄物処理場へ運ばれていく。

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