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願い事

黒井陽一

 

 その青年は、とにかく怠け者だった。とっくに成人しているのにもかかわらず、仕事をする事もなければ学校に行く事もなく、いまだに親のすねをかじっていた。
 ぐうたらなために暇を持て余している青年は、特にする事もなかったので、ひょっとしたら何かあるかもしれないと思い、学者である友人の家へと向かった。

「何だ、君か。ちゃんと仕事はしているのか?」
 訪れた先で、友人があきれながら言うと、青年は悪びれもせずにこう答えた。
「いいや、全然」
 そして、あつかましい態度で家の中を見渡した。すると、どこか変わった形をした物を見つけた。何かの装置らしく、真ん中に大きなボタンと、その周りに複雑そうな部品がついている。
「あれは何だ?」
 青年が尋ねると、友人は歯切れの悪い声で言った。
「ああ、気にしないほうがいい。君には関係のない物だ」
「そんな事を言われるとますます気になるじゃないか。ちゃんと教えてくれよ」
「はあ、仕方ないな」
 友人はため息をつきながら説明を始めた。
「あれは願望を実現させる為の装置だ」
「願望を実現? つまり、願い事が叶うって事か?」
「そう、そのための物だ。ボタンを押して願い事を言うだけでいい。しかも危険な目に遭う事はない。研究中にたまたまできたものの、使いこなせずにそこに置いてあるんだ」
「そんな便利な物があるんなら俺に使わせてくれよ」
「だめだよ。君に使いこなせる類の物じゃない」
「けちな事を言うな。お前は真面目だからこういった類の物を使いこなせないんだ。俺みたいなぐうたら人間の為の装置だろう、これは」
 友人が止めるのも聞かず、青年は装置のボタンを押した。特に何も考えず、ただ大金が欲しいとつぶやいて……。
 ボタンを押してからしばらくの間、装置は静かな音を立てた。やがてそれがやんだ後も、何かが起きる気配はなかった。
「何が願望を実現させる、だ。なにも起きないじゃないか」
 青年は友人に八つ当たり気味にそう吐き捨てると、機嫌を悪くして家へ帰ってしまった。

 翌日、青年は親に大声で起こされ、目を覚ました。そして強引にどこかへと連れて行かれた。
 連れて行かれた先は、親戚が経営している会社だった。どうやら青年の親が、彼の知らぬ間にそこで働くように仕向けていたらしい。青年は、朝から晩まで、怒鳴りつけられながら無理矢理働かされた。そして仕事の終わりに、小額ながらも金を親戚から貰った。
「どうだ、働いて金を稼ぐのも悪くないだろう。明日もきちんと来るんだぞ」
 親戚の言葉を聞き、青年は昨日の装置の効果をやっと悟った。あれは願い事を叶えてくれる装置ではなく、使った人間に願い事を叶えさせる装置なのだ。同じ願望を実現するという意味でも、この二つでは大きな違いがある。友人の言葉通り、青年の性格では使いこなせる類の物ではなかった。
 しかし大金を望んで装置を使った以上、もう遅い。青年は仕事が得意ではない。危険はなくとも、金を稼ぐために、これから相当な苦労を強いられる事になるだろう。


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