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中央海嶺 12/02/2008

高本淳

「開けないほうがいいと思うな」ケイトはタヒチの青年に向っていった。「フルオロカーボンの比重は水よりかなり重いんだから……」
「まざっちまうかな?」オオパはねっとりした黒い液体の入ったバケツに伸ばしかけた手をひっこめた。
「さすがに液体換気にはなれたけどまだタールを呼吸する気にゃあなれないぜ」
「わたしもよ」彼女は慎重にバケツをユニットの中に置くと厚い気密扉を閉ざした。
「……これが本当に石油かどうか、分析が終わるまではぬか喜びは禁物よね」
 自動実験ユニットが内部の酸素液を汲み出すポンプのうなりの中でケイトは自分に言い聞かせるようにつぶやいた。
「だがじゅうぶん見込みはある」珍しくキャメロンは楽観的だ。「思うにあれは1980年にガイマス盆地で発見されたものと同じ……まさにあの場所で石油が造られつつあるんだ。誰か詳しい人間のいるサイトにサンプルを送ればそのプロセスに関わっているバクテリアを特定してもらうことができるはずだ。それでもし増産に成功すれば将来的にここで使いきれないほどの様々な種類の有機化合物を得られるようになるだろう。やがては地上で生き残っている連中にガソリンや軽油を届けてやることだってできるかも知れないよ」
「そいつはすげえ。そうなったらここは産油国、おれたちゃ億万長者ってわけか?」
「燃料だけじゃない。いつかはエンジンだって届けられるわ」ケイトは熱水礁で拾い集めたマンガン塊から精製鋳造したインゴットを誇らし気に撫でつつ言った。
「それがいつになるにせよ――科学技術の保全ってのがアダック・プロジェクトの全員がわたしたちに託した夢なんだから……」
「しかしほんとうにまだ人間が生き残っているのねえ?」皮肉屋で現実主義者らしくオオパはいつでも容易にはみなと夢物語を共有しようとはしなかった。
「上と連絡が途絶えてからもう三年になるんだぜ……」そうして彼らは申し合わせたように、沈黙して久しい通信機を眺めた。

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