行商人はいつも満月の夜にやってくる。一晩をぼくの家で過ごし、下弦の月を見ながら遠く離れたキヨトおじさんのところに向かい、新月の晩を向こうで過ごしたあと、上弦の月を見ながらまたこっちに戻ってくるのだ。行商人というのは僕が勝手につけたあだ名で、実際には物を売り歩いているわけではない。ただふたつの家の間を往復してお互いに足りない品物やメッセージを運んでくれているだけだ。「どうしてこんな大変な仕事をしているの? 何のとくにもならないのに?」ぼくがたずねると行商人は「おじさんは独り者だから、この方が楽なんだ。それにこれはインパクトのずっと前に3人で決めたことだから」と答えて寂しそうに笑う。父さんとキヨトおじさん、それに行商人の3人なのだろうけど、ぼくはインパクトの前にはこの人を見たおぼえがないし、父さんも彼がどんな人なのか答えてはくれないのだ。
海の近くにあるというキヨトおじさんの家からは魚の干物に干した海藻、髪の毛で編んだ釣り糸、貝殻をすりつぶした粉なんかが届く。代わりにこちらからはペミカンや椎茸、骨で作った釣り針やどんぐりの粉を送る。ぼくと弟にはキヨトおじさんのふたりの娘からの手紙。ぼくらは丈夫な紙に鉛筆で書かれた手紙の文面を半月かけて暗記して、消しゴムでていねいに全部の絵や字を消して、残り半月で向こうに宛てた手紙を書くのだ。
行商人が泊まる晩は月に一度のごちそうだ。鶏をつぶして一羽まるごと料理して、父さんと行商人はとっておきのお酒、母さんは紅茶を飲み、ぼくらは1時間だけゲームができる。いよいよランプを消して休もうというときになると行商人は父さんの耳に口を寄せて何事かをささやく。ぼくはこっそり近寄って盗み聞きする。
「八人のろくでなし」何のことやらさっぱりわからないが、その瞬間父さんはあっという顔をして行商人を振り返った。行商人はにこにこしながらうなずき、寝室に引き上げてしまう。父さんはいつもこの後、天窓から入る月の光を浴びながら一晩中起きていて、ぶつぶつ呟きながら必死で何かを考えるのだ。
翌朝、卵焼きを切り分けながら、目の下にくまを作った父さんは行商人に言った。「七匹の夏ミカン」「ほお、そう来ましたか」
尾根を遠ざかる行商人の背中を眺めながら、ぼくはいつになったら父さんとキヨトおじさんがやっているゲームに入れてもらえるのだろうかと思うのだった。
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