自分の呼吸音しか聞こえない。ダース・ベイダーの気分。それにしても防護服ってのは何て重たいんだろう。汗がパンツに流れ落ちて気持ちが悪いったらありゃしない、真冬だというのに。
だいぶ目が慣れてきた。ソーラーパネルの上にまたうっすらと灰が積もっている。発電量が減ったおかげで、毎日ひまさえあれば自転車漕ぎだ。他にやることもないが、この分じゃ予定よりずいぶん早く地球を一周しちまう…でも狭いシェルターの真ん中にばかでかい地球儀を据えたのには訳がある。地球の上に生きていることを忘れないためだ。たとえ一度も会えなくたって、地球の上にはおれたち以外の人間だって生き延びているんだから…
「おとうさん、この赤いピンは何のしるし?」
「ああそれは、核ミサイルが撃ち込まれた場所だよ」
「ぼくたちがいるところは?」
「ここだよ」
「すぐそばだね」ああ、ほんの2センチしか離れていない。
「緑のピンは?」
「無線で連絡がついた人たちの居場所だ」
「黄色は?」
「連絡が…(途絶えたところ)」
(…かみさんも子供たちもひどい下痢なんだ。おれはまだ立ってられるが、長くは持たんだろう。悪いが先に行くよ。おれたちの分まで頑張ってくれ…)
持参したペットボトルから水を流しかける。パネルを流れ落ちた水はどす黒く汚れている。こうして立ち止まると本当に静かだ。月面にいるような気になる。
帰る途中、林間の空き地で鳶の死骸を見つけた。護身用の(いったい何から身を守るんだ?)ナイフで腹をさばいたら胃の中は空っぽだった。小動物が死に絶えて食物がなくなったのだ。見上げる空には満月。月の中のウサギが目のない顔でじっとこちらをのぞき込んでいる。
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