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極軌道 05/05/2003

高本淳

 ロボットアームには試験的なフィードバック機構がついていた。そのグラファイト製の腕が宇宙服を着た人体に激しくあたった時の何とも言えない感触を自分は生涯忘れることはないだろう、と早瀬は思った。
「よくやってくれた……」ふりむくと気密服に身を包んだアドラー指揮官の姿があった。その顔はまだ青白く、あらためて早瀬は自分が間一髪で計画を救ったという事実を痛いほどに感じた。気がつくと両手が激しく震えていた。
「気にするな。あの男はどのみち死ぬつもりだったんだ」アドラーは経験豊かな士官らしく彼の顔に浮かんでいる表情の意味を正しく汲んだようだった。「弾き飛ばされて計画の失敗を悟るとすぐに抱えていた爆薬に点火したのだ。やつの死はきみのせいじゃない」
「でも……あんな真面目で温厚な男が……。いったいなぜ?」
「狂信的テロリストというのはえてしてそんな連中さ。彼らのひとりがまぎれこんでいるという情報をわれわれはすでにつかんでいた。しかし誰かはわからなかった。やつが動力モジュールを優先し居住区画を狙わなかったのは幸いだったよ。ここであんな爆発を起されたら多数の死傷者がでていたはずだ」それから指揮官はいつもの堅い表情に戻ってつづけた。「あれだけの爆薬をひとりで持ち込めたとも思えない。協力者がいると考えたほうがいいだろう。これからは各自の行動のチェックを一層厳格に行わざるを得ないな……」

「……ひょっとしたら俺たちのやっているのは天の摂理に逆らう無益な努力なんだろうか?」指揮官が出ていった後の重い沈黙のなかでぽつりと早瀬はつぶやいた。「いったい何を信じていいのか、わからなくなったよ……」
「そんなことはない。神の裁きだなんてほざいてる奴らは何が本当に大切かまるでわかっちゃいないんだ」神林は彼の肩ごしにモニターを指さして言った。「ご大層な主義主張なんかどうだっていい。俺たちがいま守ろうとしてるのはああしたものだ……違うか?」
 漆黒の宇宙空間に延びた純白のロボットアームの中程に地上の子供たちを喜ばすためスタッフが手作りした小さく粗末な鯉のぼりが取りつけられていた。真空で乾燥し爆発の衝撃でなかば千切れながらもそれはいまだに無心に星々の海を泳いでいるように見えた。

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