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極軌道 10/08/2002

高本淳

 ――われわれは足りない資材と時間のなかですべてを遂行しなければならない。例えばこの極軌道にしたところで……『ディスティニー』の窓から紫にけぶる薄明の氷原を眺めつつ神林は感慨ぶかく思った。
 理想を言うなら迎撃システムは太陽-地球間で両者の引力がつりあう点、L1に置かれるべきだろう。そこでなら十分な太陽光を利用でき周回軌道上のデリケートな姿勢制御も必要ない。一億キロ以上の距離を置いて正確にレーザー照射するためには技術上は当然そうあるべきだ。しかしこれだけの規模の施設をそこまで打ち上げる力が今の人類にあるはずもない。むしろ各国の利害対立や各種の制約の中、わずか一年でここまでたどり着いたことを誉めるべきなのだろう……。
 慎重に準備されてきた建設計画そのもののそれが百八十度の転換であったことを考えれば、この間に世界がまがりなりにも協力して成し遂げた成果は十分評価できる。数日前プログレス補給船の制御噴射により太陽同期軌道へと移動したかつての国際宇宙ステーション(ISS)の周囲には、すでにソーラーパネルのための枠組みが雄大な姿をみせはじめていた。大部分は空しく真空にフレームをさらし、レーザー発振モジュールに至ってはいまだ部品ひとつ打ち上げられてはいなかったけれど……来年中にすべての装置が完成し、翌翌年の年明け――つまりインパクト二年前――には待望のテスト照射が見込めるはずだ。
 ドッキングのにぶい衝撃が神林の思いを中断し、やがて周囲の人々が拍手でむかえるなかエアロックから出現する日本人技師たちの姿が待つ者の内省的な気分を消しさった。
「長い間たったひとりでごくろうさま、神林さん」
 差し出された手をがっちり握り彼は同僚たちにかすかに潤んだ目で会釈した。
「ようこそ。はるばる宇宙へ」
「ついにやってきましたよ。しかし、覚悟はしていたけどやっぱり狭いっすね……まあ建築作業現場のプレハブ宿舎じゃ仕方ないか」
「確かにプレハブだな。建設費五千億円のね……来いよ。ここの連中に紹介するから」
 米、露、そしてヨーロッパ連合の技術者たちに同僚をひきあわせるべく彼が最後に振り向いたとき、窓の外にはマッキンリー山頂の長い影を落とす雲海があった。

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