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使者

中条卓

 乗員の選抜が与えられた使命だった。渡された資料に長々と記されていた選抜の基準をすべて暗記し、しかる後に廃棄した。あらゆるデータベースに無条件でアクセスできるパスワードと莫大な調査費が支給された。調査に費やせる時間は半年だけだった。好きな酒とタバコを断ち、家族に単身赴任を告げた。

・乗員は健康でなければならない:候補者の病歴を丹念に調べ上げ、小学校時代の体力測定から職場の検診結果に至る膨大なデータを分析した。

・乗員は優良かつ特異な遺伝子の持ち主でなければならない:候補者の家系を調査し、時には強姦まがいの方法でDNAのサンプルを採取した。

・乗員は確立された技能を有していなければならない:農林水産業、加工業、建設業、サービス業…すべての分野における技能者を少なくとも2組、確保する必要があった。できればひとりでいくつもの才能を有する人物が望ましかった。

・乗員は社会的協調性を有していなければならない:船内もひとつの社会である以上、どんなに優秀でも反社会的な人物を選んでは元も子もないのだった。心理テスト、周囲へのインタビュー、素行調査… 必要条件のリストは無限に続くかと思えた。作業を始めて3ヶ月で頭髪が真っ白になった。

 最初の候補者は明かされた乗員募集の理由を一笑に付して取り合おうとしなかった。候補者は脳に電気ショックを加えられ面接の記憶を消去された。
 2番目の候補者は婚約者と一緒でなければと乗船を拒否した。電気ショックの効果が不十分で薬物を使わなくてはならなかった。
 13番目の候補者がようやく乗船を承諾した。

「そうですか、承知していただけますか。ありがとうございます。これでわたしもようやく肩の荷を下ろすことができます」深々と候補者に頭を下げた。ふたたび顔を上げたとき、厳しかった表情がようやく和らぎ、口元に微笑が浮かんでいた。
「お礼を言わなければならないのはこちらでしょう。いや、そうとも言えませんかね、責任の重大さを思うと。噂は本当だったんですね」
「ええ。もう時間がありません。明朝迎えをよこしますから、今晩中に荷物をまとめておいてください。おわかりとは思いますが、もしも別れを告げたい方がいらしても連絡はできません。この計画は極秘裏に進めねばならんのです。万一情報を漏らされた場合には…」
「わかっています」候補者は表情を変えなかった。人選は間違っていなかった。

 朝になれば世界中から選ばれた乗員が輸送センターに集められ、そこで最終検査と訓練を受けたあと、どこか遠い山中に建設された「箱船」に向かうはずだった。
 仕事は終わった。

 その晩彼はホテルの一室で心ゆくまでタバコをふかし、祝杯を上げ、こめかみに当てた拳銃の引き金を引いた。

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