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ラホエア 11/08/2002

高本淳

 サンディエゴ近郊ラホエアにあるスクリプス海洋学研究所付属ステファン・バーク水族館には多数の水棲動植物が飼育されている。しかしこの種の生き物は過去一度たりと展示されたことはなかったはずだ。ゆらゆらと白い体毛をなびかせつつ退屈そうに水槽の中からブルーの瞳でこちらを眺めているのは一匹のペルシャ猫だった。
「元気か? トマシーナ?」ぶあつい透明アクリルをこつこつと叩きながら実験動物に挨拶する研究員にケイトは尋ねた。
「この溶液には何か副作用はないの?」
「細胞毒性は知られているかぎり報告されていません。現実に医療現場で使われているぐらいですからね。パーフルオロカーボンによる液体換気技術は1966年以来たゆむことなく改良されてきており、いまや人間を何年でもこの中で生かしておける自信がわれわれにはあります。ただ、ひとつ……」
「ただひとつ?」キャメロンは嫌な予感を覚えた。
「一種の『再突入問題』があるんです。長期にわたって酸素飽和液呼吸に順応していた身体組織をふたたび通常大気の環境に戻すと、かなりの割合で呼吸器系のトラブルを発症します。恒常的な液体換気によって肺胞の界面活性物質生成に何かの支障がでるためらしいんですが、今のところ完全にはその仕組みは解明できていません」
「それはどのぐらいの割合で?」ケイトの質問に相手は明らかにためらいながら答えた。「動物実験では約半数……」
 静まりかえった部屋の中でキャメロンはあえて言った。「ということは深海に降りたら最後、二度と地上で暮らすことはできないかも知れない、と考えておくべきだな?」
「冗談じゃない」オオパが吐き捨てるようにつづける。「もしあのくそったれが地球に落ちず無事通過したら? おれたちはそろってお間抜けな実験サンプルってことかい?」
 研究員は肩をすくめた。「そうなったら当分ここで猫や魚たちと一緒に暮らしてもらうことになりますね。とはいえ……世界滅亡の代償としてなら、そう悪くもないのでは?」

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