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宗谷海峡 12/20/2005

高本淳

 岬をめぐる国道からかすかにうかがえる雪に半ば埋もれた灰色の建物。その地下で制服姿の男たちが数人モニターを囲んでいた。ところ狭しと電子機器が並ぶ部屋をほの暗く照らし出す画面には複雑な波形がふたつ並んで映しだされている。
「……米軍提供のデータにぴったり照合する音響パターンがあります。中国夏級――新造された戦略核を十基積んだやつですね。しかし、なんだってこんなところに?」
 揺れ動く音波波形をじっと見つめていた若い自衛官がヘッドホンを外すと背後の人物がおもむろに口を開いた。「まずきみの所見を述べてみたまえ。海尉」
「はい。今週すでに三隻のロシア原潜がここを通過しました。まちがいなく虎の子の艦艇を避難させているんです。大陸近くの浅い海に置いておいたのではスサノヲ落下の衝撃や津波で破壊される恐れがありますから。中国も同じ考えでしょう。ただ……」
「黄海から直接太平洋に出られるのにわざわざ遠回りしてまで凍結した宗谷海峡を通る理由がわからない、とそう言いたいのかな?」とまどう部下ににやりと笑いかけると上官はつづけた。「ここは重要な戦略ポイントだ。関係国は常時通過する艦艇をチェックしている。中国政府は本来秘匿すべき戦略原潜をあえてそこに通した。つまりたぶんこれは彼らからロシアと、そしてわが国を通じての米国へのメッセージだよ」
「メッセージ……ですって? ――ご説明願えますか? 海佐どの」
「スサノヲが落ちればそこがどこであれ、いまだかつて人間が聞いたこともないような大音響が世界中の海を満たすだろう。少なくとも数時間磁気センサー以外すべての対潜探知手段が失われる。そして数時間あれば巡行核ミサイルを積んだ潜水艦が全速で大陸棚を横切り首都を直接攻撃可能な距離に到達するのに十分だ。核兵器を保有している国はみな、いまこぞってその悪夢におびえているはずだ……」
「て、ことはつまり中国原潜の行動は――もしびびってそちらが先に手を出したら刺し違えるぞ、って脅しですか? 彗星が全人類の頭上に落ちてくるというこの時に?」
 ソナー監視システム管制室の低い天井を見上げながら海佐は大きくため息をついた。
「だからこそだよ。だからこそよけいに物騒なんじゃないか……」

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