夢を記録することは、 誓 が物心ついたときから行ってきた。字を知らない頃は起きてすぐに口頭で伝え、字を覚えてからは自ら書き記し、今はパソコンに打ち込む。道具が変わっても行うことは変わらず、慣れた手は言葉を話すより容易く文章を作り上げる。
それなのに。
今日は何度も手が止まり、ため息ばかりがこぼれていた。
照 輝 山 の中腹にある社の司を生業とする一族の直系は、予知夢を見ることができる。古い書物を解けば、その祖は神話の時代までさかのぼり、予知された記録もかなりの数が保管されていた。
誓はその血が特に濃くでたらしく見る力が強くまた正確だ。念じて眠れば必ずその未来を知る。だから、それに縋る信者からの寄進は、力は金額と相関していないのに年々増加していった。
だが、誓がどんなに力を持っていようとも、そのことが世間に出ることはない。一族の掟である「 理 」にも『あらわにすることなかれ』と記されている。それは、過去数度あった滅びの危機から生まれたものだ。他にない力は時に支配者から異端視され迫害される。そうでなければ、その血ごと取り込まれてしまう。
それにその力を知っている信者達も、それを我がものにしたいという独占欲から、うかつに他者に漏らすことはなかった。
そして誓にはそれに応えるだけの力があった。なのに、ここのところ意図しない夢ばかりを見てしまう。
今日見たそれは海岸沿いの風景だ。それがどこかは何故か悟っていたが、記憶にあるその面影はどこにもない。どう猛な獣に食いちぎられたような深い傷痕を残す山肌には緑がなく、空には青がなかった。
人の営みは破壊され、多くの地が海となるというそんな夢。しかもそれらは一瞬にして始まり、結末をみることができないほどに長く続く。それは普通に考えてみれば荒唐無稽としか言えない。それこそ、SF漫画でも読んでいるような、現実感など全く感じられなかった。
だが誓は、経験上それが現実に起きるのだと知っていたのだ。
「ん……あ……」
先ほどまでよく眠っていた子がむずかって声を上げた。座布団に全身が入るその子の動きに、思わず手を伸ばしてその柔らかな頬に触れる。と、泣く寸前の顔が少しだけ緩んだ。まるで、ほっと安心したかのように。
──この子は未来が見えるのだろうか?
時折思う。そして願う。
──そうでなければよいのに。
未来を知ったところで楽しいことなどない。ましてあんな未来を知ってしまって、これからどう生きればいいと言うのか。
「慧……。お前はどうしたい?このまま流されるか、それとも逆らうか?」
再び眠りに落ちようとしていた慧が声音に反応したのか僅かに身じろいだ。閉ざされかけていたまぶたが開き、赤ん坊特有の無垢な瞳が誓を捕らえる。
「生きたいか?」
当然ながら返事はなかったが。
「生きたいだろうな」
視線を外すことなく、誓は呟いていた。
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