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軽すぎた箱船

中条卓

箱船計画をぶち上げたのが「世界一の資産家」だったので、世間の反応はおおむね冷笑的だった。例によって自社製品売り込みのための大風呂敷を広げたんだろうと解釈されたのだ。箱船といってもタンカーを大急ぎで改造したもので、スサノオの万一の落下に備えて最大接近を挟む前後一か月を洋上で過ごそうという計画。落下地点を予測し衝撃を最小限に食い止めるため、彼が所有するすべてのコンピューターをフル稼働させてシミュレーションを行うというのだが、とかく安定性が疑問視される製品のこと、無数の船頭に導かれた船がどの山に着くかは運まかせだろうという噂だった。箱船に乗れるのは彼の会社が先頃発売した最新ソフトの正規ユーザーから抽選で選ばれる100家族(ペットを含む)。当選者への通知は電子メールで行われるはずだったが、当選通知を騙るウィルス入りのメールが後を絶たなかったため郵送に変更された。

「なんだい、これは…」横長の封筒をけげんそうに陽に透かしながら父親が呟いた。封を切って何度か読み返し、ようやく合点がいったと見えて大声を上げる。
「母さん、ハコブネの切符が当たったんだとさ。家族全員を一か月の船旅にご招待だと」

そんないい話があるものかねえといぶかっていた母親は、宝くじに当たったようなもんなんだろうねえと妙な納得の仕方をする。豪華客船というわけではないにしろ、ただで飲み食いできるんであれば、この際店をしめて乗り込もうという相談がまとまった。息子は船内で催されるコンピューターゲーム大会に興味津々である。

「ペット持ち込み可なんでしょ」
「ああ、1家族につき1種類に限る、とあるけどな」
「じゃあ僕はあの虫を持っていこうっと」
「準備の都合があるから、どんなエサが必要か知らせろとさ」
「生ゴミでも何でも食べるから大丈夫」
つやつやと黒光りする甲虫の背中を指でなでながら息子が言った。
「カゴから逃げ出したら船いっぱいに繁殖するかもね」

よもやその言葉が予言になるとは誰も思いもしなかった。

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