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帰郷 12/22/2005

高本淳

 古びたスツールを壁との隙間に押し込むようにして友彦は母親のベッド脇に座った。もとは六人部屋だったのがいま病室には八人の老人たちが詰め込まれている。劣悪とも見える環境だが兄嫁の言ったとおり入院できただけまだ幸せなのだろう。政府から首都圏退避勧告が出されて後、友彦の故郷である地方都市の人口は急激に増えていた。
 人が増えたからといって必ずしも仕事口が増えるわけではない。わかってはいても微かな期待を抱いて帰郷した友彦だったが、最初に立ち寄った実家の冷たい対応ぶりにあらためて現実の厳しさを思い知らされていた。
「役立たずは用ないってか……」そうつぶやく彼の言葉が聞こえているのかいないのか母親はただ目のまえの冷えた粥の碗を見つめたままだ。
「もうくわねえの? かあちゃん?」彼はスプーンを母親の口もとに運びながら話をつづけた。
「妹たちが引き上げてきたからって追い出すことはねえべな。あの家はとうちゃんがかあちゃんのために残したものじゃねえか。すまねえ――おれがもっと強いこと言えれば……。ほれ、口開けれって」
 すくった粥を口元にもっていってみても無表情の母親はそれを受けつけようとはしなかった。
「なんもわからんようになってしまったんだな――」容器にスプーンをなげいれながら彼はつぶやいた。「寂しいけんど、今はかえってそのほうがええかもしんねえ。なんたってこの根性なしの息子のことで心痛めずにすむものなあ」
 探ったポケットにからくも帰りの電車賃は残っていた。夜行を使えば今夜一晩の寝場所は確保できる。しかしからっぽになった大都会でそのあとの暮らしはまったく目途が立たなかった。じっさい町工場を潰した亭主を早々に見限った妻は利口だったな――友彦は自嘲的な笑みをうかべた。しっかりもののあいつといっしょに子供らが生き延びてくれるならほかに思い残すことは何もない。運がよければ彗星がすべての先の悩みを解消してくれるはずだ。むしろ彼にとってはカウントダウン後の生存のほうがよほど恐ろしかった。

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