その殻にはときおり龍の姿が映り、中からは龍のおめく声が聞こえて来ると伝えられていた。
長 のしるしとして代々伝えられてきた卵であり、儀式の折に遠くから見たことはあったが、実際に手にするのは初めてだった。卵の表面には対称な五つずつの円いくぼみがあり、竜がくわえて運んだときの歯型だと言われていた。試みに指先をくぼみに押し当ててみると、まるで計ってあったかのようにぴったりとはまった。両手の指を全部当てた時、指先に何かが食いついたような衝撃を感じてタケルは思わず卵を取り落とした。これまでの卵の保管者たちは、かつてこの世を滅ぼした恐ろしい竜の歯型に触れてみようなどとは思わなかったし、たとえ触れたにしても電撃を受けた後ではたたりを恐れて二度と手を出そうとしなかった。だが、タケルは違った。並外れた知力と胆力に恵まれ、好奇心は人一倍旺盛で、何より自分の力に自信があった。タケルは卵を拾い上げた。もう一度…
今度は電撃はなく、その代わりに卵は何ごとかをぶつぶつと呟き始めた。タケルはそっと卵を祭壇に戻し、腰刀の柄に手をやりながら耳を傾けた。それはどんなけものの叫びとも似ておらず、ひとの声のようではあったが、タケルが聞いたことのない言語だった。卵はいくたびか異なった調子で声を発し、やがて沈黙した。いぶかるタケルの目の前で突然卵の殻の一部が透き通り、聖なる魚、アロエクの姿が現われた。
「アロエクだ!」タケルは叫んでいた。「アロエクだ」と卵が繰り返した。次にはルピカが現われた。「ルピカ!」とタケルが叫び、卵が繰り返した。卵は次々と動物や植物、天体の姿を映して見せ、いちいちタケルに唱和した。やがて卵はタケルが見たこともない奇妙なものの姿を映した。
「何?」タケルはたずね、卵が繰り返した。「何?」
続いて卵はタケル自身のすがたを映しだした。
「おれ…タケルだ」
「タケル」卵が呼びかけた。
このようにして龍とタケルの対話が始まった。
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