浅瀬を進むにつれクラゲのように透明で柔軟だった『サポーター』の身体は次第に蟹に似た堅い外骨格へと変化した。その変態は連続的かつスムーズで系統発生的な進化を再演しているかのようだったがブリムたちはそれをほとんど意識しなかった。生まれて初めて海を離れるという未知の経験に夢中なあまり長老の話すらろくに聞いていなかったのだ。
「――かくして世界を荒廃させた戦いの終わりについに人間たちは悟った。この地にとどまるかぎりやがてすべてを道連れにして自ら滅んでいくほかはないことを。そこで最終的に彼らは天空の彼方へと旅立つことを決心したのだ。この星のすべてをわれわれに任せて……」
いまや一行は大地を進んでいた。尾びれの動きを『サポーター』の脚が効率よく歩行動作へと変えることにブリムたちは驚嘆した。しかしそんな若者たちの興奮をよそに長老は淡々と一族の神話を語り続けていた。
「陸上に残された彼らの遺産はいまも忠実なる下僕たちが守りつづけている。大陸をめぐる巡礼の旅の道すがらおまえたちはそうした驚異の数々をその眼で見ることになるだろう……」
キーフの脚が不意にとまった。過去の亡霊にまつわる不吉な伝承を思い出したのだ。
「あの……主を失った古の下僕どもが巡礼者を襲い食ってしまうという話は本当ですか?」
不安そうにふりむく若者たちの姿にレンズ状の眼球の奥で歳老いたイルカの目が笑った。
「ああ、本当だとも。彼ら『さまよえるサポーター』に出合わぬよう天に祈るがよい……」
一転してブリムたちの脚は遅くなり先導する年長者の後を大人しくたどるようになった。この先に待つものがしだいに彼らの心にも重くのしかかってきたのだ。
「さあここに立ちなさい。おまえたちの巡礼の旅がいま始まる。あそこに見えるのが出立の地だ」長老は『サポーター』の多関節の腕を上げて彼方を指し示した。山々を背景に無数の尖塔からなる巨大な建造物が見える。それは原野の中に超然とした趣きをもって佇んでいた。
「行きなさい、ブリム、キーフ。あの『誕生の門』と『試煉の門』を通って進むのだ……」
故郷を出て以来初めて言いようのない不安が頭をもたげ彼らは歩み出すことを躊躇った。
「長老さま……あの奇妙な形の建物は何ですか? ずいぶん古いもののようですが……」
「遥か闇と海侵の時代前から人間たちにとって大切な場所だったらしい。何のためのものか誰も知らない。ただ名前だけが語り伝えられている……あれは『サグラダファミリア』だと」
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