ここではものにはくっきりとした表面がある。ブリムたちにとってそれは不条理に思えた。彼らの世界ではすべての物体の輪郭がぼやけていて内部を簡単に“視通す”ことができたからだ。
「長老様が言うには『サポーター』たちは海中とは異なった“波”を使っているらしい……物体の奥を覗き込めないのはそのためなんだそうだ」
「気がめいるよ、こんなぐあいに不透明なものに囲まれているっていうのは……。いつ物陰に潜んだ恐ろしいものに襲われるかもしれない。人間たちはこんなんでよく安心して暮らしていけたね?」
いつものとおりのキーフの愚痴だった。だがある意味では人間の本質につながる洞察かも知れない、とブリムは思う。事物の表面しか見ることができない……確かにそれは心細い知覚の不完全さだ。世界を破壊するほどに彼らがその力を高めていかざるをえなかったのも、ひょっとしたら周囲へのそうした怯えがさせたことだったのでは……?
雨風の侵食によって外壁こそ半ば崩れていたが『ソフィア王妃美術館』の内部は下僕たちによって清潔に保たれていた。簡素な部屋がどこまでも続き、そのおのおのに奇妙な形状の物体が置かれている。『サポーター』の補助記憶に助けられて巡礼たちはそれらが『オブジェ』であること。そして壁にかかっているのが『絵画』であることを教えられた。とはいえふたりにとってそれらは無意味な音の羅列にすぎなかった。
それでも最後にたどりついた部屋にあったものはある程度の感銘をブリムたちに与えた。なんといってもそれは巨大だったのだ。
「『絵画』か。物の表面に色を塗りつけて何かを表現する……およそぼくらには馴染みのないやり方だ」
「『ゲルニカ』……と書いてある。たぶんこいつは人間自身の描写なんだろうな?」
「だとしてもひどく歪んでいるね。彼らには自分たちがこう見えたってわけだろうか?」
「わからないけど、でもなんだかぼくには人間たちはあまり幸せじゃなかったように思える」
とまどいながらブリムはうなずいた。確かに彼にもそう感じられたのだ。
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