鼻先をわずかにかすめて巨大な鎌の切っ先が深く岩をえぐった。もともと海生哺乳類である彼らには飛びずさるという反射動作はない。狭いがれ場であわてて方向転換をしようとして二体のサポーターの脚がもつれあい、無防備な背が襲撃者にさらされた。進退きわまったブリムがいよいよ終りかと覚悟をきめたとき、光芒一閃大気をつらぬいて焼け焦げた『さまよえるサポーター』の身体が傍らを転げ落ちていった。あわてて見あげる丘の中腹に、命を救ってもらった当の相手のシルエットが夕空を背景に浮かび上がっている。巨大な蟻にも似たその姿が仮にサポーターを着込んだそれだとしても、かつて見たこともない生き物であろうことは間違いなかった。
「ありがとう! おかげで命びろいしました」そう親しげに呼びかけつつもむこうの銃口がぴたりとこちらを狙っていることをブリムは嫌でも意識させられた。
たがいの距離が数メートルに近づいてはじめて相手は武器をそらし無言のまま数歩歩きだして――ふたたび立ち止まるとこちらをふりむいた。
「ついてこいということらしいけど……どうする?」
「行こう」キーフの言葉にブリムは意を決して言った。「危害を加えるつもりならとっくにできたはずだ。なによりこんな物騒な場所で夜を迎えたくはないからね」
それから押し黙ってふたりは異形の先導者が滑るように荒地を進む後をたどり、やがて黄昏が闇に変わろうとするころ谷間に臨む最後の丘を越えた。眼下に白々とふた筋の河面が見てとれ、それらに挟まれた中洲にいまは崩れ果てた巨大な塔の瓦礫らしき影があった。
「川たちの名はチグリスとユーフラテス……」それまで一言も発しなかった相手がいきなりそう口をひらき、不意をうたれたブリムたちは飛び上がるほどに驚いた。
「失礼、たったいまコンタクトが成立した。この下僕はオートマトン、いわば裏返されたサポーターなのだ」『蟻』は腕をさしあげ廃虚を指した。「そしてあれは大昔のシェルターの残骸。その一部はまだ機能しわたしの意識を保ち続けている。果たしてそれが幸かそれとも永久の呪いかはわからないがね……」微かな自嘲の響きとともに声はつづけた。
「旅人を迎えるのは何十年ぶりだろう。ようこそ、ここ――忘れられたエデンの地へ」
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