陽の神の祭壇から下るとすぐに見晴らしの良い高台に出る。男はそこで眼下に広がる風景を見つめた。芽吹きの時が終わり陽の光を浴びて成長した木々の色は濃い。梅雨の間に降った雨とこの時期の陽光が、山裾に広がる田畑を幸ある緑へと変えていた。
その様子に男の形相がふんわりと柔らかくなる。
彼は山裾に広がる土地を支配する長であった。
十分な幸と穏やかな気候。それがこの土地に繁栄をもたらしなおいっそうの幸に恵まれる。
それらは全て祖先達のたゆまぬ努力があってこそで、その時代に記された掟を代々の長はしっかりと守り通した。それは今の長も然り。
だが。
幸ある緑の場所から少し視線を移動すれば、その辺り一帯は背丈の低い雑木が這っていて、不自然に窪んだ地を覆っていた。
途端細められていた目が、不快さを感じて鋭くなる。
3世代ほど遡った時代に、そこは轟音とともに火を噴いたという。
言い伝えでは110余名の死者とその3倍の怪我人、そして収穫間際の幸が焼失した。しかしそれでも飢えずに年が越せたのはひとえに歴代の長達が掟を違えずに守ってきたからだ。
そうだ。
掟は守らなければならぬ。
固い決意は、災厄のきっかけが掟を守らなかった者の愚かな行為だと言われているからだ。
その行為が起こした災厄の痕は、もう眼下に広がる『災厄の地』にしかない。
掟には記されている。
『始まりの土地は信じることを忘れた時 終 焉 をとげた。故に二度と人は立ち入ってはならぬ。彼の地は人にとって災厄の地なり』
その掟は、この地に訪れる全ての知恵ある者には伝えられているというのに。
視界の中に豆粒ほどの者が動いている。
「入ってはならぬと告げておいた筈だが」
昨日訪れた明らかに異形の姿を持つ者に驚きはしたが、それでも迎え入れ、忠告もした。が、やはり聞きとげられなかったらしい。もっとも彼らが何かを探しにきたのは判っていたから、忠告が無駄になることにも気付いていた。
だが。
そこは掟に記された災厄の地である以上、長として見過ごすわけにはいかない。
轟く雷鳴に人々は思わず空を仰いだ。降り注ぐ陽光にまぶしげに目を細めて、彼らはその音の正体を知った。だから肩を竦めて作業を再開する。
災厄の地に入った愚かな輩は天罰を受けた。なら、まだこの幸は続くであろう。
それは掟に記されている事であった。
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