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ショカの村

中条卓

村の先祖は「ショカ」だったと伝えられている。それが「書家」であることを理解しているのは今や村のおさだけだったが、それでも村人たちは「ショカ」の子孫であることを誇りにしていた。先祖は家族と共にこの山里に移り住み、畑を耕し、木を切り、狩りをして暮らした。「タタリボシノサイヤク」―祟り星の災厄―の前後で彼の暮らしはほとんど変わることがなかった。畑のすみで栽培したコウゾを漉いて紙を作り、松ヤニを燃やしたススと捕らえた動物の皮を煮て得たニカワ、それにクスノキから採ったショウノウを混ぜて墨を作り、リスやタヌキ、時にはムササビの毛と枯れ木から筆を作っては書に没頭した。

時は移り、書は芸術から呪術の道具となり、村は「カミ」「スミ」「フデ」を名乗る三つの集落に分かれた。農閑期にはそれぞれの集落で手工芸品が作られる。ニカワが腐りやすいため、もともと墨の制作は冬季に限られていたのだが、紙も筆も同様に、雪に閉ざされた茅葺き屋根の下で作られるようになった。正月を迎えると長は潔斎して堂にこもり、多数の護符を書き上げるのだった。

そして春、雪解けとともに行商人が村へやってくる。行商人は山里では手に入らない貴重な元素、ナトリウムとヨードを豊富に含んだ藻塩を村にもたらし、海草や干し魚、スルメといった乾物の替わりにできあがった紙と墨と筆そして護符とを受け取って山を下りていくならわしだった。

だがその春、行商人がもたらしたのはこうした海産物だけではなく、海辺で暮らす「アマ」の 村 長 むらおさからショカの村長にあてた一通の書状だった。

「何とありました?」行商人は尋ねた。
「ふむ」長が重い口を開いた。「海からマレビトが上がってきた、とある」
「マレビト?」
「会ったことがないから、わしもくわしくは知らんが、海の中に棲み、異様な姿をしていて、過現未の三世を見そなわすとか」
「鬼神のたぐいですか」
「いや、人であることに間違いはない」
「そのマレビトが何のために現れたのでしょう」
「わからん」長は目を閉じた。「わしにわかっているのは、すべての護符を書き換えねばならんということだけだ」

その晩、世界を記す護符に新たな存在が書き加えられた。

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