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巡礼者たち7

高本淳

 突然、咆哮が熱帯雨林の静寂を破り、ブリムはただちに両脳覚醒状態で立ち上がって周囲を見渡した。眼下の茂みがはげしくゆれている。金と黒の縞模様がちらりとひらめいた。どうやらさきほど出会った虎がなにものかを威嚇しているらしい。
 ここにいればまず危険はないだろう。考えつつもブリムはいざとなったときのための逃げ道を確認し、それから崩れかけた欄干からおそるおそる身をのりだして下をのぞき見た。
 総身の毛をさかだて形相すさまじく牝虎は攻撃をしかけていた。ぬかった林床をけちらし重々しい肢体を躍動させての突進はどんな相手をも圧倒するだけの迫力があった。しかし敵はそれにいやます力を備えているらしい。たけり狂いながらも彼女は、じりじりと一方的に退かされつつあった。
 咆哮をあげている虎は一頭だけ。沈黙を守っている敵は同族ではないようだ。だがいったいどんな動物がベンガル虎をこうして手玉にとれるというのか?
 そこまで考えたとき不意に葉の間から当の相手が姿を現し、いっしゅんブリムの心臓は凍りついた。それはまさに伝説の竜――体高三メートル、全身虹色の不思議な鱗でおおわれたヴェロキラプトル――? 我が目を疑いつつ、さらに身をのりだそうとした彼はうっかり崩れかけた欄干を押しやってしまった。
 派手な音をたててレンガの破片は落下し、闘いに集中していた生き物たちは一瞬のうちに気をそらされた。牝虎はくりだそうとした捨て身の攻撃をためらい、『竜』の長い首はすばやく周囲にめぐらされた。やがてあかあかと燃える双眼がテラスのブリムの姿を直接とらえた――これほど距離を置いてさえ、そのまがまがしい視線の呪縛に彼は身動きかなわない自分を感じた。
 つぎの瞬間、二頭の猛獣はたがいにきびすをかえし闘いの場から姿を消した。あとには以前同様のけだるい静寂が残り、すべては真昼の夢かと思われた……。
 がさり。
 枯葉を踏みしめる音にブリムはぞっとしてふりむいた。
「さんざん探したよ! なんだ、ここにいたのか……」 
 まのびしたキーフの口調に心底から彼は安堵するのだった。

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