密林の樹冠に組まれた広い足場の上で彼らは解放された。周囲はふたりを捕らえた同族の生き物たちで立錐の余地もないほど混み合っている。反対の端に頭を出した巨木の陰にひときわ大きな個体が座っていた。ふたりは無言で見つめる捕獲者たちの間をそこにむかって用心深く歩んだ。すでに脚と同時に放熱ヒレものばしていたが、しかし蓄熱器官の熱はまだそのままにしていた。いざとなれば高温の水蒸気をいっきに放出して逃げることができるかも知れない。
近づくと相手がサポーターの面覆いを開いてるのがわかった。見事な金色の体毛に縁取られた真猿亜目の顔立ちがそこにあった。数メートルの距離を隔てて彼らが立ち止まると足場の上はきゅうに静まりかえった。オオサイチョウの叫びだけが遠く聞こえる長い間をおいてやがて相手は話しはじめた。ピッチが速く甲高いその言葉は一言も理解できなかったが足下にすわっている別の一体が足場の上に人間たちの文字を記してそれをブリムたちのために翻訳した。
「――われは、『美猴王』……この大地を……支配する」必ずしも綴りが正しくなく描かれた文字も不明瞭だったが意味するところは十分つたわった。「海の民……軽んじている……。巡礼の旅人、わが領土……素通りする。非礼なり」
「『美猴王』……耳にしたことはあるが伝説だとばかり思っていた!」
さしだされた蝋石を受け取り身をかがめるとブリムは筆談で『王』に応えた。
「お気をわるくされたとしたら遺憾です。しかしわれわれはあなたがたの国の存在すら知らなかったのです。諍いは互いの種族にとってわずかな益もない。どうか寛大なご配慮をもってわたしたちを即刻解放していただきたいと存じます」
その言葉が果たして伝わったのか、淡い笑みを浮かべ真意を計りがたい視線を巡礼者たちに送りながら王はつづけた。
「世は午睡の夢……うつつとのあわいにあり。終焉はまだ先……あわてることはない。われら……はるか昔から……責務をおっておる。神話を……語り伝えること――おまえたちふたり、わが言葉を最後まで聞かねばならぬ」
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