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中央海嶺 12/24/2005

高本淳

「上海沖、シベリア、そしておそらくは北海。現在わかっているかぎりスージーの破片はすべてユーラシアプレートに落下した」キャメロンは筆記板にフランス語でそう綴った。
「一方われわれのいる場所は大平洋プレートの反対の端だ」
「クリスマスイブの幸運な奇跡ってわけかい?」アクアタングでオオパが答える。タヒチ語に基づいたこの人工言語は十三種類の指の形の組み合わせと口腔に響かせる音の抑揚、リズムによって意志を伝える。修得は簡単ではないが北米出身のキャメロンでもこれぐらいのセンテンスなら理解できた。もちろん独立運動の英雄の血をひくこのタフなテクニカル・ダイバー一流の皮肉なのだ。間違いなく彼の故郷では多くの環礁が破壊されただろう。
「自然のやったことじゃ腹のたてようもないね」オオパは吐きすてるようにつけ加えた。
「ムルロアでの核実験のほうがよほどむかつくってもんだぜ……」
 キャメロンは入れ墨に埋もれたポリネシア人青年の二の腕を強くつかんで内心の思いを伝えた。決して人ごとではない。カリフォルニアでの被害も他の沿岸諸国と同様深刻なものであるはずだ。大平洋全域での死者は数百万……いや、数千万人のオーダーに及ぶだろう。
「雪崩れで埋もれた資材は後で掘り出せる。地震によるシェルターの被害も軽微……確かに幸運だったと思うわ。万一スサノヲが大平洋プレートを直撃していたらこのあたりの海嶺一帯で噴火活動が始まったかも知れないんだから……」
 ケイトの気丈さにキャメロンはあらためて感嘆した。彼女は被害状況を調査すべく海中に出ている作業艇から超音波変調回線を通じてそう書き送ってきたのだ。沖縄こそ潰滅的な被害を受けたに違いないのに……彼女が少女時代を過ごした八重山諸島の美しい海と山は、もはや地上から永遠に失われてしまっているはずだ。
「痛めつけられた世界に涙している場合じゃない。補給ケーブルが切断された時点で否応なくわたしたちはこの深海で独立独歩でやっていくことを運命づけられたのよ」
 その言葉にうなづきながら新たな決意とともにキャメロンは深く息を吸い……そして酸素飽和液が気管を流れ下っていく異様な感覚にいまさらながらとまどうのだった。

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