小惑星が地球に衝突するらしい、というニュースが世界中を駆けめぐって以来、彼は夜ごとに同じ夢を見るようになった。夢の中で彼は海上の虚空に立ち、大気との摩擦で狂ったように炎を噴き出しながら突進してくる巨大な塊を、真正面から見据えているのだ。
老齢のサイコセラピストであった彼は、自分の見た夢を予知夢などとは考えず、社会や自分自身が抱えている不安が、燃える惑星の姿をとって現れたものだと解釈した。衝突回避のための計画は世界規模で進み、信頼できる科学データが公開されているにも関わらず、巷にはことさらに人々の不安を煽るような流言飛語が溢れている。シェルターへ入るための権利を巡って争いごとや詐欺事件が絶えず、その一方で、一足早い死を選べと人々の耳元で囁く、怪しげな宗教団体も存在していた。
彼の仕事は、これらの対極に立ち、不安に脅える人々に冷静さを取り戻させることだ。それは今や、この地上において、最も困難な仕事の一つとなりつつあった。だが、目に見えず、後世に名誉や形あるものを残すわけでもないその仕事を、彼は毎日黙々とこなした。
夢の中の小惑星は、日ごとに大きさを増し、近づくにつれて熱すら感じられるようになった。彼は夢の中で汗を拭い、近づいてくる星を毎日凝視した。現役のセラピストとして働き続けて五十年。この仕事に定年はないのだと思い知らされながら、彼は可能な限り多くのクライアントとの面談を続け、彼らの魂に活力を取り戻させる手伝いをした。
そして、落下当日の昼下がり、彼はうたた寝の夢の中で、鼓膜を破るような轟音と共に、最大級の規模まで膨れあがった星の姿を目の当たりにした。青白い炎が凶暴な竜のように踊り狂い、熱波と光が押し寄せた。彼の皮膚は一瞬にして燃え尽き、最後の光景が眼球の底に突き刺さった。消滅の寸前、彼は、なぜか清々しさに似たものを感じた。自分が仕事を全うしたとは思えなかったが、この身が罪科と共に焼かれねばならないのだとすれば、それは煉獄の炎によるのではなく、燃えさかる星の炎であるほうが相応しく思えたのだ。
夕刻、彼が自宅のソファにもたれたまま絶命しているのを、彼の友人達は発見した。惨事の前に逝って幸せだったと、友人達は、その後何度も語り合うことになる。それほどまでに、目を閉じた彼の表情は、友人達にとって静かで穏やかなものに見えた。
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