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祭りのあと

中条卓

 隣に強引に割り込んできたやつがいる。合宿で寝泊まりするだだっ広い本堂には布団を敷く場所がいくらでもあるのに、そいつはわざわざ僕のすぐ隣に寝ころぶのだ。汗に濡れた裸の肩がぶつかって気持ちが悪い。僕は思わず声を上げた。

「なんでこんな狭いところに割り込むんだ」

 それでもそいつは無言でぐいぐいと肩を押しつけてくる。僕は掛けていたバスタオルをはねのけて立ち上がった。

「あっちの隅が空いてるじゃないか」

 指さそうとして僕は声をのんだ。闇の中に何かがひしめいている。目が慣れるにつれてその正体が見えてきた。

 あたりは死体で埋め尽くされていた。

 死体はどれひとつとして完全なものがなく、頭がなかったり手足がもげていたり、胴体がまん中でふたつに切断されていたりして、どれもずぶぬれだった。割り込んできた男は顔から片目をだらりとぶら下げていて、両肩から先がなかった。ぬらぬらするのは血なのだった。もはや布団さえ見えないほど足元は死体で埋まっている。本堂の床も柱も天井も見えない。目の届くかぎり死体死体死体……僕は全身を死体に囲まれているのだった。僕の上にも死体、下にも死体。いったいどれほどの高さに積み重なっていて、そのどのあたりに自分がいるのか見当もつかない。

 ようやく思い出した。

 ここはお寺の本堂なんかじゃない。JR茅ヶ崎駅の近くで国道1号線を北に折れ、高台に向かって走り出した途中のどこかなのだ。今は学生時代の夏休みではない。2002年12月30日の夜、スサノヲが海に落ち、巨大な津波が通りすぎた直後なのだ。カーラジオがヒステリックな声で避難勧告を叫び続け、少しでも海岸線から離れようとする車で道路はごった返した。やがて不気味な地響きが背後に迫ってきた。誰もが恐怖にかられて車から飛び出し、山に向かって走ったのだ。誰も津波から逃げきれなかった。僕は一度だけ後ろを振り返った。眼の届くかぎり一面濁った水の壁だった。色とりどりの車が泡立つ水に持ち上げられて迫ってくるのが異様に鮮やかに見えた。そして………

 今のこの静けさはどうだ。動くものといえば死体から滴り落ち、ゆっくりと海へ還っていくしずくだけ。ひしめき合い、互いにすり潰し合った死体が混沌の中で居場所をみつけ、早くも腐りはじめている。もちろん僕ももう死んでいるに違いない。

 僕はまぶたのない目を閉じ、意識の最後のかけらが海に還るのに任せた。

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