ママが階段を登ってくる音がする。
「れのんちゃん、カモミールのお茶、入れたわよ」
バカみたい。彗星が地球に衝突するって、こんな日に。
でも、あたしの部屋にはドアがないから、ママは勝手に入ってくる。
まえに三回ドアに鍵かけてかみそりで手首切って、その度にパパが庭からはしごをかけて窓を壊して入ってこなくちゃならなかった。三回目の時、パパは、
「パパ、もう疲れたよ」
って言って、それから工具箱を持ってくると、黙ってドアの蝶番をはずしはじめた。
ちょうどその日の夜だった。
テレビの23時のニュース番組で彗星が地球に衝突するって大騒ぎしてた。
毎日23時のニュースを見てるなんて、暗い趣味かな。
中学校の同級生たちに知られたら、また何か言われるんだろうな。
どうせクラスの誰とも、もう長いこと口を聞いていないから、本当はそんなこと、どうだっていいんだけど。
彗星が地球に落ちてくるって分かった時、「やったね〜!」って思った。
これで死ねるじゃん。
クラスのみんなだって、中学生のあたしの親のくせに50歳をとうに越えてるあの人たちだって、みんな死ぬのは弱いとか負けだとか言ってるのがあっけなく死んで、何もかもめちゃくちゃに破壊されちゃって、すごいじゃん、面白いじゃん。
あの日から、毎日が楽しくなった。
あんなにわくわくしながら時を過したのは、何年ぶりだろう。
そして、いよいよ今日。彗星が落ちてくる。
「このお茶、れのんちゃんみたいにカルシウム不足でいつもカリカリしている人に良いんですって」
早くママを追い払いたかった。本当は飲みたくもないけど、しかたがない。
あたしは、黙ったままカップを受け取ると、一気に飲み干した。
「おいしいでしょ」
ママが微笑んでいる。いつの間にかパパも来てママの後ろでにこにこしてる。
二人を無視して机に向き直ろうとしたはずなのに……いつの間にか、ママとパパに抱きかかえられてベッドにもぐりこむ所だった。あれっ……なんだか意識がとんでる……
しまった。ママのカモミールティーだ。また睡眠薬を入れたんだ。
ママとパパが話してるのが少しだけ聞こえた。
「……彗星の衝突なんて怖い体験がトラウマにでもなってあの子の性格をゆがめたら大変だからな……」
あんなに待ちに待ってた彗星衝突の瞬間だったのに。
またあの人たちが、じゃまして、ダメにして、バカみたい。ほんと、バカみたい……
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