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小関理髪店閉店次第

中条卓

…おや、いらっしゃい。まあこんな晩に散髪ですかって店を開いてるあたしもあたしなんだけど、困ったね、もうお客は来ないだろうからって保健所から貰った薬を飲んじまったとこなんだけど。え、あんたも飲んだって? クルマを運転して来たんじゃないの? そう、峠越えはあきらめたか、そうですか。ひどい渋滞だもんねえ。まあ薬が効くまで間があるだろうから、その間にちゃっちゃっとやっちゃおうか。はい座って座って。

これ、前に切ってからずいぶんになるでしょう。3ヶ月くらい? 自分で切ってたの、そう。床屋はどこもやってなかったって、そうだろねえ。大人の髪は月に1センチ伸びるんだよ、こどもはもっと早いけどさ。いつからやってるかって、もう40年よ。はたちで店を出してそれからずっと立ちっぱなし。前はおとうさんとふたりでやってたんだけど、10年前に亡くなってねえ。例のすい星だっけか、あの騒ぎがあってからお客もめっきり減っちゃったし、町内のみんなも逃げろ逃げろって言ったんだけどね、どこへ行けっていうのよ。あたしゃこどももいないし郷里は海べりだし、ここから離れる気がしなくてね。耳のとこ、これくらいでいい? 後ろはそろえますか? まったくうるさいラジオだね、止めちまおうか。

ああせいせいした。さあこれでいいでしょ、流しましょうかね、お客さん、お客さん?…あらやだ、寝ちまったのかい。いびきをかいてるよ、この人は。おっとあたしも眠たくなってきたよ。ハサミを落としちまいそうだ。洗わなくてもいいか、津波だ津波だって騒いでたもの、きれいさっぱり流してくれるでしょうよ。どっこいしょっと、隣に座らせてもらいますよ。おや、よく見たらこの人、亡くなったおとうさんに似てるねえ。おとうさんが帰って来たようだ。ねえ、おとうさん、なんだか店が揺れてますよ。地鳴りだかなんだか、まるでふるさとの海の音みたいだねえ…

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