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ローマ 12/24/2005

高本淳

 私室の扉をそっと後ろ手に閉めると大使は長官の傍らに並んだ。
「長々とお待たせして申し訳ありませんでした、大使。なにぶん今宵の準備に忙殺されておりましてね……」彼は椅子の中で身をにじるようにして来訪者に手をさしだした。「わがアンジェロもいっしょのところを見ると、また例のお話ですか?」
「遺憾ながら最後のお願いにまいりました。――すでに『スザンナ』は地球大気圏まで数時間の位置にあります。退避されるのであればすぐにご決断をくだされないと……」
「『スサノオ』ですな。発見者たちに敬意を表して正しくあれを呼ばなければなりません――いや、貴国政府のご配慮には重々感謝いたしております。ただ幾度も申し上げているとおりわたしはここを離れるつもりはありませんのでね」
「なんとかご再考くださるわけにはいかないでしょうか? 津波や地震に対してこの建物は十分な備えがなされているとは到底いいがたい。御身に万一のことがあれば世界がどれほどの打撃を受けるか、おわかりでしょう? どうかわれわれの用意したシェルターへお移りください」
 彼は両肩の重荷にあらためて気づいたかのようにぐったりと椅子に沈みこんだ。しかし大使はその口辺に奇妙にも満ちたりた微笑が浮かんでいることに気づいた。
「ずっと昔からつねに同種の闘いを闘ってきたように感じられる。それはつまり……わたしたちが本当にあるべき場所を見い出すという困難な闘いです。かつては過大な力と際限のない欲望とが相手でした。いま世界は逆に自らの無力を痛感している。とはいえ本質的な違いは何もありません。天のことわりは主のみが定められること。地なるわれらが思い煩うべきは自らの内に何を望み、何を信じ、そしていかにふるまうかです」
「パーパ……」市国政庁長官の言葉をかすかに手をあげてさえぎり彼はつづけた。
「いや、わたしは当面のこの話題について語っているのだ。ここは神の家であり外の広場には数えきれぬ子らが集っている。こうした状況で父親が家を捨てることなどどうしてできよう? ……ここサン・ピエトロこそ今わたしがいなければならない場所なのです」
 イタリア大使は微かなため息をつき、やむなく慇懃な別れの挨拶を法王にささげた。

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