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天国の扉

多治原冬香

イチローは家族とはぐれてしまったのだが、あるいはみんなが言うように捨てられたのかも知れず、どちらにしてもイチローは気がつくと生存競争のまっただ中に放り込まれていて、毎日食うや食わずのありさま、今日もハンバーガーのかけらを自分よりも大きなやつに奪い取られ、半分やけくそになってこの臨海都市の中央にそびえ立つ高い塔へとやってきたのだが、いつもはヒトがごった返して近寄りがたい広場がなぜか閑散としていて守衛もおらず、入り口にはシャッターが降りたまま、珍しいなと思いながらぐるっと一回りするうち、シャッターが降りきらずに床との隙間が空いているところを見つけてもぐり込み、匂いにひかれて歩き回っているうちに物陰から先客が現れたのを見るとそれはイチローと同じくらい薄汚れてやせこけた女の子だったから、ふたりは連れだって長い階段を上っていき、ついにとある階で食べ物がいっぱいに詰まった箱をみつけて仲良くがつがつと食いあさり、すっかり満足したところで置いてあったベッドにもぐり込み、じゃれあっているうちにぐっすり眠り込んでしまったのも束の間、やがて塔全体が激しく揺れだしたのに驚いてベッドから飛び出し展望室へ向かったのだが、ふたりともこんな高いところから海を見るのは初めてで、ほらあそこに立っているのが灯台っていうものよ、今日は光っていないけど、などと言う女の子の隣に並んで海を見ているところへ沖合からどろどろと低いとどろき、イチローは身を伏せてうなり声を上げ、女の子はそのわきにぴったり寄り添い息を潜めてじっと目をこらしている、と見る間に沖合が壁のように盛り上がってこちらへ近づいてくる、水の壁だ、とイチローが叫んだ瞬間、灯台がもろくも崩れ去ったが、女の子はいえきっとあれはお話に出てくる天国の扉なのよ、あの向こうにパパとママがいるんだわ、そうかそれならふたりで行こうね、とささやき合う間もなく巨大な津波は塔ごとふたりを呑み込んだ。

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