「栄誉勲章をいただいた戦士がこそどろの真似かね?」
背後から聞こえた声に金庫の中を探るKの手がとまった。ゆっくりふりかえった彼の顔には、しかしまばゆい光の背後の人物を半ば予期していた証しにこわばった冷笑が浮かんでいた。
「残念だが帳簿はそこにはないよ」
「――こちらの動きがあんたに筒抜けになっているというわけか?」
「生き延びるとはさすがだと誉めておこう。きみ相手に手飼いの組員なんかでは力不足ということかな?」
「……山本の口を割らせるためにわたしがあの時間あの場所に行くことを知っているのは、U大佐――あなたしかいない。まさか直属の上司が横流しの黒幕とはね。しかし、なぜ? 祖国をうらぎるようなことを」
侮蔑を含んだ詰問にも構えられたトカレフの銃口はゆるぐ気配はなかった。
「……売り上げを馬鹿正直に国に送ったところで上層部の連中に着服されるだけだ。国ではなんとか身内を生きのびさせたいがために高額の賄賂が飛び交っているという話だ。衝突の冬にそなえてすべての人民のために食料を貯えておくことなどできるはずもないからな。わたしだって人並みに自分の家族を救いたいのだ」
「この期を利用して南に全面的な攻勢をかけるという例の計画は?」
「ありえないね。幹部たちは自分が生き延びるのに懸命でそれどころじゃあるまい……」
その言葉が終わらぬうち不意に下の階でガラスの砕け散る音が響いた。相手の注意が逸れた一瞬、Kの手からペンライトが光の筋をひいて飛び反射的にそれをかわしたことで銃口の狙いが大きく逸れた。あわてて構え直し躊躇なく引き金を大佐はひこうとしたが、その身に厳しい戦闘訓練を叩き込んだKにとってそのわずかな遅延さえ形勢を逆転するのに十分だった。激しいタックルに背後の壁に叩きつけられ、たまらずに大佐は銃を取り落とした。それからふたりの特務工作員はデスクや椅子を蹴散らしながら暗闇のなかで延々と死闘をくりひろげた。
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