後頭部に激しい衝撃を感じKは前のめりに昏倒した。やがて意識は戻ったもののすぐには手足の自由がきかず、つっぷしたままでなかば死の覚悟を決めた耳に不意に聞き慣れた声が入ってきた。
「……大丈夫ですか?」
あやうくのど笛をつぶされかけたU大佐が息を整え応えるのにしばらく時間がかかった。
「遅かったな、リエ――そのあたりに拳銃がころがっているはずだ。奴のとどめを刺せ」
「大佐、捜している暇はありません。早くここを出ないと。いまカーラジオに緊急放送がはいりました――スサノオが上海沖に落下したんです」
「なんだと?」
服のほこりを払う手を途中でとめしわがれた声でUは尋ねた。
「タスマン海に落ちるはずじゃなかったのか?」
「何が起こったのかわかりません。とにかく数分以内に津波が東京湾まで押し寄せてくるそうです。少しでも高い土地に逃げるよう政府は警告しています。駒場公園あたりまで行きつければたぶん安全でしょう。お急ぎください――」言い捨てると返答もまたずに部屋を走り出ていく足音が聞こえ、そののち一瞬U大佐が自分を見下ろしながら逡巡している気配があった。しかしやがて意を決したのか彼もまた女の後を追って走り去っていった。
呻き声をこらえてKはわずかに身を起こし頭の後ろを探った。触れると激痛が走る。痛みと怒りでこめかみが破れんばかりに脈打ち、ふたたび彼は床に仰向けに倒れた。――まさかと思っていたが、あの女……やはり大佐とつながっていたのか。
目眩と吐き気をこらえ、ふらつく脚でたちあがりながらKはつぶやいた。
「あのふたり、許すわけにはいかない!」
彼がビルの外によろめき出たとき、すでに路面は渦巻く海水で満たされつつあった。やむなくKはふたたび事務所へつづく階段をとってかえした。この安普請のビルが津波の衝撃に耐えられるかどうか疑わしかったが。
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