わたしが発病したのは辺境星域の住民検診を終えて帰還する途上、検診ステーション「へるめす」の機内だった。
症状は微熱と咳、体重減少。住民が持ち込んだウィルスに感染したのかと思ったが、全身スキャンで肺に病巣が見つかった。わたし自身が下した診断は「へるめす」の検診プログラムが出した答えと完全に一致した。右上葉原発の肺小細胞ガン、広範なリンパ節転移および多発性の肺転移を伴っており、病期はステージ4すなわち末期。治療を行わなかった場合の平均生存期間は6ヶ月である。
最寄りの治療センターまでは最短でも6ヶ月の行程である。機内に治療設備はなく、コールドスリープ用の格納庫はすでに満員だ。わたしは死を覚悟したが、ふと、検診に来ていた住民のひとりが漏らした話を思い出した。
「この星系に評判の呪医がいる」というのだ。わたしは船長に頼み込み、呪医が住むという小さな惑星に降ろしてもらうことにした。船内でじっと死を待つよりは一か八かの賭に出ることを選んだのである。
射出されたカプセルは船内で死者が出たときには棺にもなる軽装備のものだったが、大気圏への突入で燃え尽きるようなことはなく、無事に惑星の海に着水した。
* *
親切な住民たちが案内してくれた庵でわたしを迎えた呪医は舌を焼くほど熱い飲み物を出してくれたが、それを飲むと不思議と呼吸が楽になり、咳き込まずに話すことができた。わたしはステーションでの検査結果を説明しようとしたが、呪医はそれを途中でさえぎり、ただ一言、「それであなたはなぜ、なんのために病んでいるのですか」と尋ねた。
「なぜ? なんのために?」
虚を突かれたわたしはオウム返しに繰り返し、黙り込んだ。癌遺伝子だの化学物質への曝露だの、あるいはイニシエーターやらプロモーターといった専門用語が脳裏を飛び交ったが、呪医がそんな答えを求めているのでないことは明白だった。
「あなたは息苦しいとおっしゃいましたね」呪医は重ねて問い、わたしはうなずいた。「それはあなたが眠っている間もある苦しみですか?」そう聞かれて、眠っている間はさほど息苦しさを感じていないことにはじめて気づいた。
「どうやらあなたは風の人らしい」呪医はそうつぶやくと無造作に手を伸ばしてわたしの額に触れた。
「あなたは澱んだ空気が苦手ですね」
(そうだおれは燃焼型の暖房が嫌いですぐに頭が痛くなる)
「でも濁った空気の中で暮らさなければならかった」
(たしかにおれが育った時代は大気汚染が一番ひどかった)
「あなたはこれまでずっと何かに追われるように生き急いできたのではありませんか?」
(いわれてみれば物心ついて以来ずっとある種の焦燥感を覚え続けてきた気がする)
「それはなぜですか?」
呪医が手を離したとたんにわたしの額に何かが生じた。何かは窓のようなもので、そこから差し込む光がわたしの意識の奥底を照らし出した。
「たぶんそれは…」言いかけて口ごもる。「もうおわかりなんでしょう?」わたしの方から尋ね返すが、「あなた自身のことばで語ってください」という返事。
わたしは語りはじめた。
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